最終話 死神とすれ違った夜、僕は明日を選んだ
気がついたとき、世界は途切れたテレビの砂嵐みたいに白く濁っていた。
ここがどこなのか、どうして自分が横たわっているのか、首を振って思い出そうとしても、まぶたの裏が脈打つばかりで思考がまとまらない。
周りを見渡すと薄暗い部屋の中、僕はベッドの上で横になっていた。
耳の奥で「ピッ、ピッ」と、無機質な一定のリズムが鳴り響いている。
どうやら、ここは集中治療室──ICU。
その事実を理解するより早く、鼻の奥に異物感があることが気になり、反射的に手を伸ばした。
気づけば、鼻に差し込まれたチューブを自分で引き抜いていた。
喉の奥が焼けるように痛んで、息を吸うたびに胸がつまる。
次の瞬間、胃が逆流するような込み上げが襲い、僕は必死に顔を横へ向けた。
そして──激しく吐いた。
看護師さんが慌てて駆け寄り、体を支えてくれる。
「大丈夫、大丈夫、ゆっくりでいいですよ」
その声は優しいのに、どこか切迫していた。
吐瀉物の中に、見覚えのある物が混ざっていた。
昨日、いや“あの夜”に食べた大盛りラーメンの残骸。
後から聞いたところによれば──
もしそれが気道に流れ込んでいたら、本当に詰まらせて死んでいたらしい。
死因が“ラーメンによる窒息”なんて、冗談にもならない。
でも、その時の僕に笑う余裕なんてなかった。
ただ、目を閉じると黒い影がちらつき、あの夜の瀬戸際の感覚に胸を締め付けた。
確かにあの時、死神に掴まれたような感覚がしていた。
けれど、その手を振り払ったのは──
自分の意志だったのか、誰かの言葉だったのか、
それとも、まだこっち側で生きろという運命の気まぐれだったのか。
医師がやって来て、状況の説明を一通り言ってくれた。
「手術は無事終わりました。あなたは本当に運がよかった。なにもかもがギリギリで、あと少し遅ければここにはいなかったでしょう」
不思議と、その言葉は胸の奥に静かに沈んでいった。
怖さよりも、ただ“生きている”という感覚がじわじわと戻ってきた。
あの夜、僕は確かに死神とすれ違った。
ほんの指先ほどの距離で。
でも、すれ違っただけで済んだ。
その理由を説明する言葉はまだ見つからない。
だけど──
ひとつだけ、はっきりわかることがある。
あの瞬間、僕は「明日」を選んだ。
そして今も、僕はその明日の続きを歩んでいる…
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
このあと、入院生活・退院・社会復帰と続くのですが、一度ここで物語としての区切りをつけさせていただきました。
これまでは“読む側”だった僕が、実際に物語を“作る側”に回ってみて、その大変さと楽しさをあらためて感じています。
当時、僕を助けてくれた方々。
献身的に支えてくれた家族や周りの皆さん。
そして最後まで読んでくださった『あなた』
この物語が生まれたのは、そんなみなさんのおかげです。
本当にありがとうございました。
またどこかでお会いできたら嬉しいです。
by トシミン




