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第二話 誘惑的彼女。〔3〕




 なぜこんな不穏な空気になっているのか、その理由は見当もつかなかった。


 だからどうしたらいいのかもわからない。

 萌さんが僕の問いかけにうなづき納得し、話を流して。

 そして無事に何事もなかったように、元の空気に戻るはずだったのに。


 第一、二人はいとこ同士で仲が良くて、たじろぐ僕はともかくとして、二人にとっては楽しい登校時間になるはずじゃなかったか?


 必死に言葉を探しながらも、僕はなにも言えず。

 そんな中、しばらくしてからあさひがふと笑いをもらした。


「ふふっ、冗談だよ」


 いつものエンジェルスマイル。に、心底ほっとした。

 重たかった空気が、華やかなあさひの笑みによって軽くなる。

 あさひは昔からその容姿もあって、場の空気がどんなに淀んでいても、微笑みひとつですぐに雰囲気を変えてしまう不思議な魅力があるのだ。僕はそんなところがすごく好きだった。


 でも今回の場合は、この不穏な空気を作り出したのも、あさひではあったけれど。

 萌さんも何も言わないけれど、やはり僕と同じくほっとしたのか表情を少し崩していた。


 けれどもせっかく和らいだ空気の中、あさひが掘り返すように再び口を開いた。


「でもね……、私負けないよ? いくら相手が萌ちゃんでも、ね」


 微笑みの中、あさひはしっかりと萌さんを見つめる。

 らしくない態度だと思った。確かにあさひはマイペースだ。

 けれども必要なときには空気を読み、うまくその場を取り持ってしまうのに。


 どう返していいかわからないのか、あさひの視線を受けた萌さんがきゅっと唇を引き結ぶ。


 彼女もまた、らしくないような気がした。

 眉間にしわを寄せ、誰がこんなやつ、なんて吐き捨てそうなものなのに。

 けれども僕は別に、会ったばかりの萌さんのことをよく知っているわけじゃないのだが。


 またも流れ始めようとする不穏な空気を破ったのは、今度はあさひではなく第三者の声だった。


「あさひ、おはよー」


 僕たちの後ろから何気なくかけられた、女生徒らしきその声に振り向く。

 どうやらあさひと仲のいい、あさひのクラスメイトだ。見たことがある。

 彼女はあさひと話したいような様子だったが、僕と萌さんを見て遠慮したのか、そのまま通り過ぎていく。


 そんな様子をひとしきり観察してから、あさひが思いついたように言った。

 

「私、先に行ってるね。萌ちゃん、修ちゃん。また帰りにね」


 そう言って萌さんと僕ににっこりと笑いかけたかと思うと、口をはさむ暇も与えずにあさひは駆けて行った。すぐに先ほどの女生徒に追いつき、楽しげなあさひの背中が遠ざかっていく。けれども彼女のふわふわとした茶色髪だけは、僕の目に、どこかさみしげに映っていた。


 取り残されて呆然とする僕。それは萌さんも同じだったみたいで。

 ふと僕と視線が合って、萌さんもようやくそこで我に返ったようだった。


「かっ、勘違いしないでくれる!? 私、あんたのことなんて! そもそもあんたのこと、何も知らないし!」


 先ほどあさひの前では調子を失っていただけだったのか。

 僕が最も萌さん“らしい”と思う不機嫌な表情で、語尾を強くして。

 けれども頬は赤くしながら、萌さんがぷいと視線を逸らす。

 強がっても年下とばかり、男に免疫がなくて。


 いつものペースを取り戻した萌さんにどこかほっとしながらも、僕は萌さんに笑いかけた。


「わかってるよ。あさひのためなんだよね」


 そうなのだ。萌さんが僕と登校をしたがったきっかけ。

 一緒に登校しているのも、“あさひの本物の笑顔を取り戻す”ため。

 目的はそれだけ。それ以上も以下もないのは、僕も当然のごとく承知している。


 僕は自分をわきまえている。勘違い男になることはない。

 あさひに詰め寄られた萌さんが何も言えなかったのは、まさかあさひのために僕に近づき、僕と登校しているなんて言えなかったのだろう。


 けれども、僕が勘違いをしているわけではないことを伝えたというのに。

 萌さんは、何故か複雑な表情をして言葉に詰まった。


「……っ、そうよ。……わかってるならいいの」


 大きな瞳に、繊細で長いまつげを伏せて。萌さんがぽつりと漏らす。

 さらりとしたその黒髪を細い指先で耳にかけながら、萌さんは僕に背を向けてしまった。


 会ったばかりだからかもしれないが、萌さんのことがよくわからなかった。


「なによ……、昨日あんなこと言っといて。どうせあんたも、あさひが好きなんでしょ……」


 とても小さい萌さんのその声は、かろうじて聞き取れるくらいであった。

 彼女の言いたいことがよくわからなくて、僕は「え、」と聞き返す。


 萌さんは何も答えない。思い当たることは無くて、僕は考え込んだ。

 さっぱりわからない。あんなことを言った、とは一体何のことだろうか。

 昨日、初対面の萌さんに僕は何かまずいことを言っただろうか?


 もう一度聞き返そうと思ったその時、けれども僕が口を開くよりも先に、今度は萌さんまでもが駆け出して行ってしまった。


 すらりと細い足に、見慣れない他校の制服のスカートを揺らして。

 その背中まで届いたきれいな黒髪が、彼女の動きに合わせてなびいていた。


 遠ざかる萌さんと、最早姿も見えないあさひ。

 一人取り残されたまま、僕は戸惑うしかなかった。





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