第一話 秘密はヒミツ〔5〕
さっきの続き、だって? 悪夢はまだ終わっていなかったのか。
すると完全にびびっている僕を見て、あさひがおかしそうにふき出した。
「あははっ! うそだよー。照れちゃって、可愛いんだから」
別に照れているわけではない。本能的な危機を察知した、当然の反応である。
そんな僕の内心を知ってか知らずか。
あさひがふと立ち上がり、窓際まで行き窓を開ける。
窓まで行くのにも数歩歩く。やっぱり広い部屋である。
窓の外から、冷たくも熱くもない、心地良い初夏の風が入ってくる。
僕に背中を向けたあさひが、うんと伸びをした。
「ねぇ。私たち、別れようか。修ちゃん」
何の前触れもないその言葉に、僕は耳を疑った。
……別れ話、だろうかこれは。
あまりに流れが自然過ぎて、重大なはずのあさひの言葉まで一緒に流してしまいそうだった。
自分から切り出したくせに、あさひは相変わらず窓の外ばかり見て、僕には背中しか見せない。
どうして急にそんなことを。
僕に、秘密を知られたから?
確かにかなり驚きはしたが、僕がそのくらいで嫌いになるとでも思っているのだろうか。
僕は少しむっとした。
あさひは僕の気持ちを軽く見ている。
これでも一年も付き合ってきたのだ。
「僕は別れる気はないよ。あさひ」
あさひの背中に、僕は少し口調を強めて告げた。
あさひは振り向かない。
けれど、ふっと小さく笑いをこぼしたのが聞こえた。
「やっぱり……修ちゃんで、よかった」
そう言って、やっと僕を振り向いたあさひが、にこりと笑う。
「大丈夫。別にマイナスな意味じゃないんだ。まだ修ちゃんのことは大好き。でも、作られた偽りの私で修ちゃんと付き合うのは、もう止めにしたいなって」
伏し目がちな瞳に、長いまつげ。愁いを帯びたその表情。
さっきのダークなあさひの笑みよりも、ずっと惹かれた。
押し倒されておいて何だが、あさひの根底の部分は、やっぱり純粋だと思う。
確かに作っていたかもしれないが、あさひの透明な笑顔が、全くの偽物だとは思えないのだ。
僕の手を離したあさひが、強気な笑みを浮かべる。
「もう一度、夢中にさせて見せるから。今度は、本当の私を。だからそれまで、彼氏彼女はお休み」
宣言するように。あさひは僕の目をまっすぐに見て、そう告げた。
受けて立とうと思った。天使のようなあさひも、小悪魔的なあさひも。どっちもあさひだ。
あさひの手にかかれば、多分僕はまた、簡単に彼女に夢中になってしまうんだろう。
ふと、あさひが思いついたように口を開いた。
「そうそう、修ちゃん。私の秘密、もちろんヒミツにしてくれるでしょ? でないと……」
意味深に言葉を切ったあさひが、不意打ちとばかり僕の首に両腕を回してきた。
油断していた僕は、至近距離にあるあさひの色気満載の笑みに、またも してやられてしまった。
「めちゃくちゃに、しちゃうかもよ?」
あさひは僕の耳元に唇を寄せ、そっとささやいた。
……僕はこの先、果たして自分の身を守ることができるのだろうか?
ああ。これからの受難の日々を思うと、幸せなようで、哀しいようでもあった。