第一話 秘密はヒミツ〔4〕
女の子は、まるでめずらしいもののように、僕とあさひとを交互に見比べる。
シャンプーの宣伝でもやれそうなほどの、きれいな長い黒髪がその背中で揺れる。
少し切れ長の大きな瞳が、まじまじと僕を映している。
あさひが可愛い系なら、彼女はきれい系か。そこらにはなかなかいない美人である。
あさひとはちょっとタイプが違うけれど、まなざしがどこかあさひに似ているような気がした。
そんなことを考えながら彼女を見ていると、その切れ長の瞳が怪訝な色に変わる。
得体のしれない男に対しての警戒だろうが、思わずその雰囲気に押されそうになる。
少し顔をしかめただけであるが、顔がきれいなだけに迫力があるのだ。
「……誰? あんた」
女の子が手短にそれだけ告げた。誰と言われても。名前を名乗ればいいのか?
別に、あさひと一緒にいるのだし、そこまで警戒心をあらわにしなくてもいいんじゃないだろうか。
それはそうとあさひである。彼女の出現によりすっかり忘れていた。
まだ少し緊張の残る気持ちでおそるおそるあさひを見てみる。
するとそこには、すでにエンジェルスマイルのあさひがいた。
「おかえり! 萌ちゃん。今日は早かったねっ?」
その可憐な唇から、可愛らしく明るい声のトーン。やっぱり可愛い。
まるでさっきまでの出来事は夢のようである。いや、夢だと思いたい。
そんな僕の心情なんて知らないあさひはすっくと立ち上がり、満面の笑みでその“萌ちゃん”に駆け寄る。そうして彼女の腕に自分の腕をからめるあさひ。
じゃれて甘える、これまたいつもの猫的あさひである。
「紹介するね! 修ちゃん。この子、私のいとこで安藤萌ちゃん。高校一年生だから、私たちのいっこ下だよ。二年くらい前からうちに住んでるんだ」
あさひが満面の笑顔で彼女のことを説明してくれた。
なるほど、いとこ。道理でどこか似ていたわけだ。
それはいいのだが、紹介された萌ちゃんはにこりともしないので少し気まずかった。
さっきからの態度と言い、まるで愛想がない。
そんな萌ちゃんの態度に、あさひだって気付いているだろうに。
やはりマイペースよろしく空気も読まないあさひは、紹介を続ける。
「それでね、萌ちゃん。この人は沢田修二郎くん。私と同じ学校の、二年生だよ」
「よろしく、萌ちゃん」
一応紹介されたわけだから、僕は立ち上がって笑顔を作り、萌ちゃんに向いてから握手の手を差し出す。けれど萌ちゃんはといえば余計に眉をひそめただけであった。
さし出されたまま行き場のない僕の右手が空しい。やがて萌ちゃんがぼそりと口を開いた。
「……萌“さん”」
「……は?」
彼女の言った意味がわからず、今度は僕も怪訝な顔で聞き返す。
すると彼女はさらに眉をひそめた。完全にむかついた時の表情。
「なれなれしく呼ぶなって言ってんの! 萌“さん”。わかった?」
萌“さん”の強制的なまでの問いかけに、思わず僕は考える間もなくうなづく。
握手どころではないので右手はさりげなく引っ込めておいた。
迫力がありすぎたのだ。完全に押されぎみの僕である。
「じゃ、あたし今から勉強するから、静かにしててよ? 修二郎とあさひを二人にするのは気が引けるけど……、大丈夫よね?」
萌さんは僕を牽制するようにひと睨みすると、さっさと部屋を出て行った。
さりげなく呼び捨てにされた。確か、僕が年上じゃなかったか?
初対面の年下の女の子に、まさか呼び捨てで呼ばれる日が来ようとは。
少し疲れた僕は、やれやれと元の場所に戻り、腰掛ける。
なぜあんなにも敵視されないといけないのだろう。
それに牽制する対象を間違っている。牽制するなら、僕でなくあさひのほうだ。
「ごめんね、修ちゃん。萌ちゃんかなりの男嫌いなの。男の人を見るとすぐ噛みついちゃって」
僕の横まで戻ってきて座りながら、あさひが困ったように笑った。
あさひと萌さん。この二人、キャラが濃すぎである。
……そういえばすっかり忘れていたが、萌さんの出現により助かった僕である。
だがまた二人きりになってしまったではないか。
さっきから色々ありすぎて、もうびくびくするのにも疲れてきた僕であった。
とりあえず、またもおそるおそる隣のあさひの表情を盗み見てみる。
……よかった。まだいつものエンジェルスマイルである。
あさひがその可憐な唇を開いて、けれどとんでもないことを言った。
「ねぇ、修ちゃん。さっきの続きしようか?」
「……えっ!?」
僕が驚いたのは言うまでもない話である。