第三話 Desire~あさひの場合~〔7〕
「あさひ、今日も……五組、いかないの?」
なっちゃんの声掛けに、私は苦笑いしながら首を振った。
気を遣わせちゃって悪いな。協力してくれてたのに。
保健室での一件があって以来、私は五組に行くのをやめた。
「あきらめようと思って。もう吹っ切れたし」
あの日から何度もそういっているけど。
なっちゃんの方が吹っ切れてくれないというか……。
「うそつかないでよ。私にはわかるんだからさ」
なぜか私より落ち込んだようななっちゃんが、ちょっとだけ声のトーンを強めた。
何も答えられない。確かに今は嘘かもしれないけど。
でも時間がたてばきっと、嘘は本当にできる。先輩のことがそうだったように。
もう傷つきたくないし、そもそも望みなんてなくなったんだから。
日常って、こんなに退屈だったかなって最近思う。
どうでもいい一日。沢田くんを見ない一日。
何事もなく授業は無事に終わって、生徒たちが教室からいなくなっていく。
鞄に教科書を詰め終わった私も、その波に乗って教室を出ようとしていた。
――その時だった。帰ったはずのなっちゃんが、鞄を落とさんばかりの勢いで教室に駆け込んできたかと思うと、私の腕をぐいぐい引っ張った。
「あさひちょっと来て。急いで」
「なっちゃん? どうしたの?」
「いいから、黙ってついて来て」
手を引かれるまま走っていく。
なっちゃんは普通に玄関に向かってるみたいだった。
だけど玄関についたところで、私はなっちゃんの意図を理解する。
玄関前で談笑している三人。
文化祭のとき、着ぐるみの中で見た三人。
その三人の中のひとりは、もちろん――
「あんたたち、五組の大島と川原でしょ。村田が呼んでたよ」
なっちゃんが彼以外の二人に声をかけた。
村田って、村田先生のことかな。厳しいから生徒みんなに嫌われてる。
……というかこれって、絶対口実だよね。
なっちゃんは私と沢田くんを二人にしようとしてるんだ。
気持ちは嬉しいけど、こんなこと困るよ……。
「ちょっと、なっちゃん。何考えて……」
「ん? 何よ」
焦りながらひそひそ言う私に、なっちゃんは何の悪気もなくとぼけている。
本人を目の前にして止めることもできなくて。
なすすべもないまま、大島君と川原君というらしい二人が、なんで? とかえー、とか言いながら、沢田くんに断りを入れて去っていく。頼みの綱のなっちゃんまで、自然に二人と会話しながら一緒に行ってしまった。
二人ぽつんと残されて、気まずい沈黙が流れる。
でも知り合いじゃないし……話せない。
軽く会釈してから、私は自分の靴箱に向かおうとして――緊張のあまり何かに躓いた。
そのまま派手に転ぶ私。
膝を打った痛みも忘れる勢いで慌てて起き上がる。
……沢田くん背後にいたのに思いっきり転んじゃった。スカート……。
「見た……?」
「……、ううん」
ちょっと目を逸らしながら、微妙な表情で答える沢田くん。
この反応、絶対見た感じだよね。
最悪……。恥ずかしくて消えてしまいたくなってくる。
一番失態を見せたくない人だったのに。
もうやけになってきた私は、忘れることにした。
ケガはしなかったけど、鞄の口を占めていなかったから教科書とか、いろいろ散乱している。
急いで拾い上げていると、沢田くんも拾うのを手伝ってくれた。
「大丈夫?」
あれだけ派手な音を立てて転んでいれば当然といえば当然なんだけど、沢田くんは心配してくれてるみたい。私を伺うように見てくる。
「うん……」
それだけ言うのが精一杯だった。
私、緊張してる。目が合わせられないよ……。
ようやく拾い終わってから、ぎこちなくなってしまいながらも平静を装って、私は笑みを浮かべる。
「……ありがとう。じゃあ、私帰るね」
言うなり私はさっと踵を返した。――そのとき。
「安藤さん、これも」
ふと名前を呼ばれて、心臓が破裂しそうなほど高く鳴った。
振り向くと、沢田くんが私のシャーペンを差し出していた。
教科書に挟んでいた分だ。拾いそこねていたみたい。
「どうして……私の名前?」
受け取りながら、恐る恐る、私は問いかけた。