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第三話 Desire~あさひの場合~〔5〕



 彼のクラスの体育の前の休み時間は、彼を窓から眺めるのが、密かな習慣になりつつあった。


 そして今の休み時間は、なっちゃんと五組に来ている。

 なっちゃんは協力してくれているから、時折なっちゃんの友達に一緒に会いに来るふりして、こうしてこっそり彼を見つめていた。


 沢田くんは仲のいい男子生徒と談笑している。

 男の子なのに、控えめに、少しだけ眉尻を下げて笑う。

 頼りがいがあるというよりも、なんだか――


「笑顔が好き。すごく、優しそうな笑い方だって思うの」


 ふと漏らすようにつぶやいた私に、やれやれといった顔をするなっちゃん。

 にこにこしながら、私はなっちゃんにこっそりと耳打ちする。


「沢田くん、って名前さ。なんだか好きになっちゃいそうな響きだよね」

「はぁ?」


 おかしなものでも見たような顔で、なっちゃんが私の鼻をぎゅっとつまんだ。


「っ、なっひゃん!」

「何、言い出すかと思えば。……あーあ、幸せボケしたみたいな目ーしちゃって」


 顔をしかめる私に、なっちゃんが呆れた声で言った。


「つきあってるわけじゃないでしょ」


 鋭い突っ込みに、私はしょんぼりとするしかなかった。


 こうして彼を見ていても特定の女の子と仲の良い様子はない。

 というよりも、女の子と仲良くするタイプではないみたい。簡単な会話をしているのくらいしか見なかった。どうせ近づこうとかいう気はないんだけど、ちょっとだけ安心と言うか、嬉しいと思ってしまっていたり。


 そういう彼の交友関係とか、ちょっとした仕草とかくせとか。

 彼のことについて詳しくなっていく私。

 ――何だか私、アイドルの追っかけでもやってるみたいだ。


 知られちゃったら、やっぱり引かれちゃうかな?

 そうなっちゃったらきっと立ち直れないから。

 だからこのままでいい。こっそり見つめているだけでいいんだ。

 だってそれだけでも幸せだから。


 彼の名前を聞くだけでドキドキとする。

 彼の声を聴くと、何を話すんだろうって、全神経が集中してしまう。


 だけど今日はさっきから彼を見ていて、なんだか違和感を感じていた。

 心なしか、顔色が悪いような――


「安藤さん」


 ふと、声をかけられて振り向くと、見慣れない男子生徒がいた。


「? どうしたの?」


 反射的に、社交的な笑みが浮かぶ。

 いつもの猫かぶりで答えてしまう自分が、今はちょっと嫌だった。


「最近うちのクラスよく来てるよね。梶原が気にしててさ。メールしてやってくんない」

「梶原……くん? 話したことないけど……。うん、いいよ」


 にっこりと答える。

 となりのなっちゃんがちょっと気遣わしげに私を見ていた。

 別に告白されたわけでもないし。こういうのは下手に断るよりも、いったんメールしておいて気のない返事で流す方が後が楽。


 ……なんだけど、今の私は一瞬ためらってしまった。

 沢田くんの目の前で、ほかの男子とメール交換するなんて。

 そんなことを思って、すぐにその戸惑いなんて意味をなさないことに気が付く。


 沢田くんは私のことなんて何も知らないし、私が誰とメールしようが気に留めることなんてないのに。


 次の授業は、なんだか鬱々とした気分だった。

 休み時間まで耐えてから、私は早々と保健室に向かう。 


「ああ、安藤さん。また頭痛? 辛そうね、頑張りすぎたんじゃない?」


 保健室のおばさん先生は私を見るなり、そういって迎え入れてくれる。

 頭痛持ちなのは本当だけど、今日は仮病なのに。

 こんな風にさぼったりするなんて、やっぱり私って、みんなの期待を裏切ってばっかり。


 だけどみんな信じきっちゃってるから。保険の先生でさえも。『純粋で素直で可愛い』安藤あさひは、うそなんかつかないって。それは嬉しいことなのかなぁ? 仮病なのがばれて、怒られた方が楽なのかもしれない。みんなの先入観、私にはすごく――重たいんだ。


 そんなことを想いながらも保健室の使用者名簿に名前を書こうとした私の手が、止まる。


 目に飛び込んできた特別な名前。私の書こうとした欄のすぐ上に。

 五組、沢田修二郎。……名前、こんな字を書くんだ。


「沢田くんのこと? 珍しいでしょう、友達が無理やり連れてきたの」


 あまりに凝視していたせいか、気づいた先生が声をかけてきた。


「顔色が悪いからって、周りが心配していたみたいよ。問い詰めたら、案の定徹夜していたみたい。なんでもお父様の仕事を手伝っていたんですって」


 そうなんだ、だから……今日は顔色が悪かったんだ。

 沢田くん、大丈夫なのかな……。


「友達なら、安藤さんからも言ってあげてくれない? 優しすぎるのも考え物よねぇ」


 そんなことを頼まれてしまって、ちょっと切なくなった。

 違うんだ、先生。私にはなにもできない。何もしてあげられない。


 だって私って彼のことを知ったばかり。

 その上彼と出会ってもいない、“友達未満”なんだもん。

 そしてこんな私だから、これからもずっと友達未満のままでいるしかないんだ……。


 なんだか早く寝てしまいたい気分だった。

 手早く名前を書いてから、私はベッドに向かう。

 だけど三つしかないベッドは、どれもカーテンが閉まっていた。


「先生、ベッドが空いてないみたいなので、私、戻ります」

「ああ、前の生徒がカーテン閉めて行ったのね。確か……左端が空いてたと思うから」


 言われるままに、私は左端のベッドのカーテンを開けて中に入る。

 そして今度はさらに驚いて、息を呑む羽目になった。


 だってそのベッドに、沢田くんが眠り込んでいたから。



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