第三話 Desire~あさひの場合~〔1〕※
状況に負けたとか、雰囲気に酔ったとか。
そんなのは全部、ただの言い訳でしかないんだ。
だってこの想いは、ずっと私の根底に眠っていたものだから。
「ねぇ、呼んでみて」
戸惑いを含んだ眼差しで、修ちゃんが私を見た。
大好きなその瞳を、私はじっと見つめる。
「あさひって、呼んでみて? ほら、修ちゃん……」
そうやって促してみても、修ちゃんはまだ戸惑っているみたいだった。
私が近づくと、修ちゃんが後ずさって。
それを繰り返し、ついに背中で壁を見つけた修ちゃんが、それでも逃れようとするかのように座り込む。足元にあったマットが、二人分の体重を受けてほこりを舞い上げた。
あくまで逃げ腰のその姿勢は、やっぱり面白くないから。
胸の上で強引に押しとどめた手は、放してあげない。
だって私、触れていたいから。……触れられていたいから。
壁に背中をつけたまま座っている修ちゃんの、傍らに片手をついて。
「修ちゃんと……ひとつになりたい」
私のその台詞を合図に、修ちゃんが大きく身じろぎした。
その声で、優しく名前を呼んでほしい。
名前を呼ばれると、心も体も全部、溶けちゃいそうになるから。
超☆変態的彼女。 第三話 Desire~あさひの場合~
「……あさひ」
私に視線を丸ごと奪われながら、修ちゃんがためらいがちに、私の名前を呼んでくれた。
好きだって、私の全身が訴えて。
強い想いがこみ上げるまま、修ちゃんにさらに近づく。
これ以上遠ざかれない修ちゃんは、ただ私を見つめていた。
修ちゃんの身長は、私よりもちょっと高い。
いつもは私が見上げてるんだけど、修ちゃんに覆いかぶさるような姿勢の今は、ちょっと私の視線が上。それが新鮮でドキドキする。
光の少ない、二人きりの倉庫の中で。
暗闇の中 浮かび上がるふたつの吐息が、重なる。
本当は、ずっとキスをしてほしかった。
だけど修ちゃんは優しすぎるのか、何もしてくれなくて。
付き合ってても、それがもどかしかったんだ。
片手で修ちゃんの手を胸に捕まえたまま、もう片方の手で修ちゃんの髪に触れる。
驚いたのか、また身じろぎする修ちゃん。
キスしたい、って思うのと、行動するのはほぼ同時のことで。
修ちゃんは、もう逃げるそぶりは見せなかった。
だけど唇が触れ合おうとした――その瞬間。
――“お前には失望したよ、あさひ”
唐突に蘇ったその声は、記憶の中にあっても鮮明な響きで、強く私の脳裏にこだました。
思わずびくりとした私は、動きを止める。
しばらく呆然と私を見てた修ちゃんが、私を探るような目線にかえた。
「あさひ……?」
遠慮がちに私を呼ぶその声には、心配の色が含まれている。
修ちゃんは、私の心の揺れをすぐに察知してしまったらしい。
暗闇に紛れて、気づかれないと思ったのに。
表情を保てなくなってしまって、私は思わず顔をゆがめた。
「修ちゃん。私……」
切羽詰まったようにそれだけ言って、私は言葉に詰まった。
捕まえたままだった修ちゃんの手を、無意識のうちに強く握りしめる。
好き。――あの日から、ずっと。
だから時折怖くなる。セーブをかけて、自分を隠して。
自分を押し込めてしまいたくなる。
そうやって、卑怯な付き合い方をしてきたの。
猫をかぶって、可愛い自分を演じて。安全な付き合い方で。
それで守ってたんだ。大好きな修ちゃんの近くに居られる、カノジョという条件を。
――“どうして、僕と付き合おうなんて言ったの?”
言葉を濁して誤魔化し続けてたのは、弱い私のせい。
修ちゃんは知らないこと。……出会った日は、私だけが認識してた。