第一話 秘密はヒミツ〔1〕
お互いに猫を被り、表面的に付き合っているのが、果たして恋愛といえるのか?
ずっとそう思っていた。しかしそれは、あくまで相手が普通だったら、という前提の下にある。そう。深入りしすぎることは、同時に危険な可能性を含んでいるものだ。
――“私ね、誰にも言えない秘密があるの”
どこまでも引き込まれてしまいそうな、深い色をした彼女の笑み。
あれが、あの一言がすべての始まりであった。
超☆変態的彼女。 第一話 ~秘密はヒミツ~
あれはあの日の放課後だった。
僕はまさかその日が忘れられない一日になるなんて、知りもしなかったわけである――
◇ ◇ ◇
「修ちゃーん」
教室の入り口から、聞きなれた鼻にかかった声が、僕のあだ名を呼んだ。
覚悟していただけに、来た、と思った。背筋に冷たい汗が流れる。緊張で彼女を直視できない。
けれどしっかりしないといけない。
朝起きた時から、今日こそは聞いてやろう、と決心していたのだ。
「一緒に帰ろっ?」
そう言って、彼女がにこり、とまるで天使のような顔でほほ笑む。
見慣れてはいるが、彼女の笑顔はやはりため息ものだ。
しかし今日はそれどころではない。
放課後、彼女が僕を迎えにきて一緒に帰るのは、もはやお決まりの話だが。
今日は一大決心をした僕、彼女を問い詰めるつもりであった。
そんな僕の内心に彼女は気付いているのかどうなのか。
どちらにせよマイペースな彼女の知った話ではない。
迷いなく僕の席まで歩いてくると、帰ろ、なんて言いながら僕の制服の裾をつんつんと引く。頬をほんのりピンク色に染めて。少しの恥じらいを見せる彼女。けれど僕を見てはにかむ。
僕の、初めての恋人。初めての彼女。付き合い始めてちょうど一年と三か月。
純粋で、可憐な瞳。甘えてじゃれたかと思えば、いたずら心も忘れない。
彼女はネコ属性だ。全体的にネコなのだ。
しぐさや表情、気まぐれなその性格、ふわふわとした茶色っ毛。
けれどもそのくせ八重歯が愛くるしく、黒目がちで大きな瞳。
安藤あさひ――彼女は学年内でも、可愛い子だと、ちょっとした有名人だった。
そしてごく一般市民的な僕とは不釣り合い――
「あ、あのさ、」
帰り道、僕は何気なさを装って、思い切って切り出した。
ずっと素朴な疑問だったのだ。
彼女が――あさひがきょとんとした顔で僕を見るので、僕の背中にまた冷や汗が。
しかしここでくじけてはいけない。
「どうして……僕と付き合おうなんていったの?」
決定的な一言であった。
そしてこれが、およそ一年にわたって僕が抱え続けていた疑問である。
人が聞けばなぜそんなことを、と不思議に思うほど、なんでもない簡単なことだろう。
けれども機会を逃すうちにきけなくなってしまった。
どうしてそんな簡単なことが聞けないのか、と自分でも思うのだが、なぜか聞きづらいのだ。そういった話になると必ず、あさひはうまくごまかし、自然に違う話を切り出すのだ。
中肉中背、成績も中、運動も人並み。
容姿についても、可もなく不可もなく。
学校でも目立つことなく、まさに普通な僕である。
しかも彼女とはクラスは別で、関わりもまったくと言っていいほどなかった。
それなのに、驚いたことに告白してきたのはあさひのほう。
彼女ほどの人物がどうしてそんな僕を選んだのか。
今まで長く付き合ってはきた。
今となっては彼女の気持ちを疑ったりはしていないが、僕にはどうしても単純に納得できない部分があった。
付き合うきっかけ。そこに何か、裏がある……様な気がする。
僕の直感がそう訴え続けてきたのだ。
「……。んー。まぁ、さ。恋に理由なんてないでしょ?」
けれどあさひは適当よろしくな口調でさらりと返してきた。
あまりにさらっとしているので、僕はそれ以上突っ込めない。
確かにそれは正論ではあるが、僕が聞きたいのはきっかけという部分なのだ。
曖昧にぼかしているようにしか感じ取れない。
けれどあさひはそんなことを考えている僕を知ってか知らずが、小首をかしげてまた口を開いた。
「それより今日、私の誕生日だよ! 修ちゃん、忘れてたでしょー!?」
「え……、えっ!?」
驚いた僕は素っ頓狂な声をあげてしまった。
と同時に、焦りが僕を支配する。
最悪だ。わざわざ何カ月も前から、あさひの誕生日のプレゼントを考えに考え、悩んできたのに。肝心な誕生日を忘れるなんて台無しだ。
……いやでも、今日はまだ2日のはずだ。おかしい。
あさひの誕生日は22日のはずじゃないか。
そんなことを考えていると、僕を見ていた彼女がおかしそうにふき出した。
「あは、ウソだよぉ。知ってるでしょ? あははっ!」
あさひはさもおかしそうに笑う。
いつもこの調子である。またごまかされてしまった。
いつもならば良しとするところだが、しかし今日こそはそうはいかない。
「あさひ」
いつもはあさひに甘い僕ではあるが、少し口調を強めて彼女の名前を呼んでみる。
するとさすがにまずいと思ったのか、彼女は笑うのをやめた。
彼女はやがて観念したように、短くため息をつき。
「もう、限界かな……?」
ぼそりと、そんなことをつぶやいた。
明るく屈託なく、鼻にかかっているはずの彼女の声のトーンが、今まで聞いたことないほど暗かった。
そしてその表情である。衝撃的であった。
今まで見たこともない、陰りのある、まるで共犯者のような笑み。
本性――という単語が無意識のうちに僕の頭に浮かぶ。
何となくぞっとした僕は、思わず後ずさりしながらためらいがちに声をかける。
「あ、あさひ?」
「修ちゃん。――私ね、」
言葉を切り、そこであさひはいつもの愛くるしい笑顔を作り、僕の手をきゅっと握る。
その笑顔が、いつも通りの透き通った純粋な瞳が、逆に不気味なのだ。
反射的に逃げようとする僕の手を、あさひは意外にも強い力で逃すまいとばかりに握ってくる。
「……誰にも言えない秘密があるの」
そう、夢にも出てきそうなあの日。やはりあれが、すべての始まりであった。