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死神ちゃんは有給が欲しい!~わたくしのために生きてください……お願いします。切実に~

作者: 加糖 甘

「有給、欲しいなぁ……」


執務室のすみっこで、わたくしは小さくつぶやきました。

本日も見事にファイルの山に埋もれております、死神のシエルです。


──死神。

それは人の“死”に寄り添う、影の業務員でございます。


医学でも魔術でも救えない命の“終わり”が来たとき、我々は現れます。

主なお仕事は、死の瞬間に立ち会って、魂を回収して、管理して、所定の霊界へと導くこと。事故死・病死・寿命・自殺・他殺……どんな死であれ、死神の手から逃れられる者はおりません。


かつては“神の使い”なんて呼ばれていたらしいのですが、いまではすっかり人知れぬ裏方業務員です。

誰からも感謝されず、でもぜったいに必要とされる――それが、死神という職業。


ちなみに、霊界に労基署があったなら、うちはまず真っ先に是正勧告を受けると思います。

労災とか申請しても「魂が壊れない限り該当しない」とか言われるんですよ……地獄です。

あ、地獄は別の部門ですね……。


さて、死神になって早50年。

配属されて以来、心の底から思っていることがあります。

それは―――


有給が欲しい。

有給をください。

お願いです。

いますぐください。


だって……だって……おかしくないですか?

人が死ねば死ぬほど仕事が増えるこの仕組み!

魂を回収して、処理して、分類して、引き渡して……って、ぜんぶ一人でやるんですよ?

配属された日は「まずは小規模エリアで慣れましょうね」って言われたんですけど、その“慣らし”ですらこの惨状……!


ああもう、目がしょぼしょぼします。

書類タワーに押し潰されて、ローブもしわくちゃ。

でも、わたくし、知っているんです。

有給制度は、ちゃんとあるんですよぉ……!


もちろん、実際に使った死神は見たことありません。

誰も休んでないです。

それでも……申請フォームは、あるんです。

オフィスの掲示板の一番下に、小さく書かれていました。

「年間20日発給されます」って。


いつか……いつか有給が取れたら、わたくし、霊界温泉に行くんです。

三日三晩、温泉につかって過ごすんです。

あと冥界のスイーツ巡り!

白玉パフェと、魂ソフトクリームと……あっ、あれも……!


うふふ……えへへ……。


……はっ。

いけません。

笑ってる場合ではございません。


わたくしの目の前には、今週分のファイルが文字通り“山”となっております。

書類の山がゆらゆら揺れているのを眺めていた時――わたくしはふと、思ってしまいました。


「人が死ぬから、わたくしの仕事が増えるのです。――なら、人が死ななければ……仕事は増えない……?」


……増えなければ、さばける……?

今ある分なら、頑張れば、1か月もあれば終わるかもしれません。


「……やってみせます……!」


立ち上がった瞬間、ローブがふわりと舞い上がりました。


「1か月間、誰も死なせずすべての魂業務を終わらせれば……!有給が……わたくしの手にっっ!!」


必ずや、つかみ取ってみせますとも!!





──それから、わたくしは人間界に降りました。


わたくしの担当エリアはというと、森と田畑に囲まれたのどかな村といくつかの小さな集落がある地方。

自然豊かで、空気もおいしくて、音も静か。

環境としては最高です。

“人も少ないから死者も少ないだろう”と希望して、割り振ってもらったこの地域……。


……だったのですが。

この地域は高齢化の波にのまれている真っただ中。

先輩方が担当するエリアほどではないとはいえ日々魂の回収要請が舞い込んでくるのです。


……それとなぜか定期的に焼死する少女が出るのです。

一体何なのでしょうか。


さてさて、有給取得への第一歩、“一か月死者ゼロ”ミッション。

作戦はとても単純明快です。

支給されたデバイスには人間の死期と死因がずらっと表示されます。

それを頼りに直近お亡くなりになりそうな人間を片っ端から助ければ……!

うん、我ながらパーフェクトな作戦です。



最初にデバイスに出てきたのは、高齢男性でした。

死因(予定)は窒息死。

なにやら柔らかく密度の高い食べ物をのどに詰まらせてしまうようです。

死亡日は今日となっていたので、わたくしは彼をしっかり見張っておりました。


そして、その時は突然訪れたのです!

夕暮れ時、彼はのんびりと縁側でお茶をすすっておりました。

その傍らには……大きくておいしそうな大福!


彼はそれをひょいと口に入れ、ほおばると――ほとんど咀嚼もせず飲み込もうとしたではありませんか!


ああ、いけません。

物をのどに詰めることによる窒息の恐ろしさを知らないのでしょうかあの老人は!


わたくしは苦しむ彼の背中に、思いっきりチョップをたたき込みました。

突然の強い衝撃に、彼は耐えきれず吹っ飛びました。

もちろんのどに詰まっていた大福も一緒に。


老人は訳も分からず、助かったことにただただ感謝していました。

最後には「おお、神様……!」なんて言ってました。

助けたのは死神なんですけどね!!



次に反応があったのは、またしてもお年寄りでした。

高齢女性で、死因(予定)は熱中症による夜間の突然死。

原因はなんと……エアコンの入れ忘れでした。



わたくしは、さっそくそのお宅に急行し、透明化してリモコンを操作する作戦を決行しました。

玄関から侵入し、彼女の寝室にたどり着いたところまでは良かったのです。


ですが――。


「……リモコンがない……だと……?」


そうなのです。

リモコン、見当たらなかったんです!

テーブルにも、棚にも、ソファのすき間にもない!


――というわけで作戦、変更です。



あまりにも熱く寝苦しくなれば、さすがに付け忘れていることにも気が付くでしょう。

ということでわたくしは、部屋中の窓をそっと閉め、風の通り道をシャットアウト。

ついでに、お布団の中にほんのり霊力でホットスポットを仕込みました。

気温も湿度も、じわりじわりと上昇中……!


「ん、なんだか……暑いわね……」

彼女が寝返りを打ったそのとき、わたくしは確信しました。いける!!


「……あら、エアコンつけてなかったわ」

そう言いながら、布団から出て手探りでリモコンを取り出し、ピッと電源オン!

作戦、大成功です!!


その後、彼女は涼しい室温の中でぐっすり眠れたようでして。

翌朝には、元気に味噌汁を作っておられました。

いいですね、塩分の摂取も暑い季節を乗り切るのに必要不可欠です。


ちなみにその後、彼女が見ていたテレビで「今年の夏は積極的な節電にご協力を!!」とか言っていたので、あれはもう……画面にノイズを走らせておきました。

ちょっとだけ。

ほんの、ちょっとだけ!


命を守るためですからこれくらいは許されますよね?




次の反応は、ちょっと雰囲気が違いました。

若い男性二人組。

どうやら動画配信者のようです。

死因(予定)は、老朽化した廃墟の天井崩落による圧死。



目的は“心霊スポットに潜入してみた!”という生配信企画の撮影だそうで。

……あの、わたくしには人間の考えることがよくわかりません。



建物って築年数っていう概念があるんですよ!?


朽ちかけた木材!

釘の浮いた床板!

わかりますよね!?

どうしてわざわざそんな場所に突撃するのか、理解不能です……。


しかたないので、わたくしは漆黒の外套を羽織って魂を刈り取る用の大鎌を手に取り、廃墟の前に仁王立ちしました。


「タチサレ……タチサレ……イノチダイジニ……!」


すると彼らは、

「わっ、出た!?」

「ガチ!?ガチじゃね!?逃げろ!!」

と絶叫しながら、カメラを回しつつ全力で逃走。


あのぉ……それ、撮りながら逃げるとこじゃないですよぉぉぉ!?


結局、その配信はかなり視聴者数が伸びたようでして、

「今夜の配信、過去最高のバズり!」なんて嬉しそうにしておりました。


……それ、命の危険によるバズりなんですけど?


でも、まあ、死ななければよしです。



三件目は、夜に森へ入ってしまった若い女性(推定10代・イヤホンつけて歌いながら散歩中)。

死期センサーがビンビン鳴り響いたので急いで現地へむかうと、クマの縄張りに足を踏み入れてしまっていたようです。


すでにクマが目の前まで接近していたので、わたくし、枝を拾って後ろから全力で投げつけました。


「そこの毛むくじゃらぁぁ!!命が惜しくば退きなさいぃぃ!!!」


まぐれで頭に当たったクマはびっくりして逃げていきました。

そんなこともつゆ知らず、女性は鼻歌を歌いながら目の前を通過していきました。


この時期は熊の行動範囲が広がっていますのでご注意くださいね。



さて、次が厄介でした。

デバイスが未明に異常な反応を示し、駆けつけてみると、集落の端でひとりの少女が生贄にされかけていたのです。


名前はマユちゃん。

年齢は十歳前後。

村に代々伝わる“山の神に人をささげる”という風習らしく、すでに火まで用意されていました。

……これでした。

数十年おきに少女が焼死していた理由は。


無理です。

全力で止めます。

でも物理的に介入するのは難しいので、わたくしは木の影から“天の声”を使いました。


──我は山の神なりぃ。

──人の肉など好まぬぅ。

野菜を……野菜を焼いてよこすがよいぃ……。


「えっ!?」

「神の声!?」

「野菜とは……最近の神様は健康志向なのか……?」


村人たちはざわめきながらマユちゃんを開放し、代わりにサツマイモを大量にくべはじめました。

マユちゃんはふにゃっと笑って、「……神さま、ありがと」とつぶやいて、手を合わせておりました。


……いえ、神じゃなくて、死神なんですけどねぇ。

なんにせよ、幼き命が救われたのでOKです。



「ふぅ……これで、死者は一時ゼロ……です……!」


火の気配も消え、デバイスも反応を止め、ようやく一息。

これで、少しは余裕ができるはず――そう思った、そのときでした。


「……へ?」


画面に死期のサインがずらりと現れました。

しかも、一人や二人ではありません。

村の全員、いや、周囲の集落を含めたわたくしの担当エリア一帯の人間すべてに……!


「ま、まさか……まさかです……!?!?」


空がぐらりと揺れて、地の底から地鳴りのような声が響きました。


──人の肉を捧げぬとは、何たる不敬……

──我を騙り、野菜とは何事か……


「あばばばばばばばば……」


やばいです。

やばいやばいやばいです。


「わたくし……神様を怒らせてしまったのですか……!?」


はい、完全にそのようでございます。

死期センサーがビリビリと唸り、画面上には村全域の名前が赤点滅。

赤子から老人まで、死期の印がバチバチと点灯しています。

これはもう、比喩とかじゃなくてマジのガチの祟りです。



このままみなさまを死なせるなんてことがあれば……懲罰対象指定間違いなし。

ああ、わたくしの有給、さらば。



――というわけにはいきません。

神であろうが祟りであろうが関係ありません。


「わ、わたくしの有給取得を妨げるものに容赦はしませんのでぇぇぇ!お覚悟を!」




相手は“山の神”。

大昔に土地神として信仰され、祠に宿りながら土地と命の循環を司っていた存在。

人と山が密接につながっていた時代を最後に信仰がすたれ、気が付けば祟りとなっていたよう。


そして今、その怒りは村を覆おうとしております。


「いいでしょう……。ならばこちらも、死神の本分を以て応じましょう……!」


わたくしは静かに、黒布に包まれた“それ”を取り出します。

死神の象徴たる大鎌――魂と肉体の絆を断つ、冥府直通の切断具。


本来は命が尽きた者の魂をその体から切り離すためのものですが。

対象が“この世に存在してはいけない災厄”であるなら、例外なく有効です。


つまり、今この山に実体化してしまった“怨霊となりかけの神”も――斬れる。


「申し訳ありませんが、あなたは今、“生と死のバランス”を乱す側ですのでぇ……」


山に満ちる霊圧を追い、わたくしは祠の前に降り立ちました。

そこにはもう神々しさなど微塵もない、ただただ黒い塊のようなモノが蠢いています。


「いざ――参りますっ!!」


叫ぶやいなや、わたくしは透明化を解除。

刹那、風が止み、空が歪み、時が少しだけ遅く流れるような感覚。


霊力を込めた死神の鎌が、闇を裂いて振り抜かれます。



断ち切ったのは、“神”と“山”の絆。

これでこの祟りの根源は、大地から引き剝がされ、依り代である祠に縛られる状態となります。


「――封印!」


事前に書式を仕込んでおいた封印術式が起動。

祠の四方に置いた霊符が閃き、四角の結界が形成されていきます。



神の咆哮が木々を揺らし、地鳴りが鳴り響く中。

最後の霊力を込めて、わたくしは大鎌の柄で祠の地面を叩きました。


「……あなたはここで、お休みくださいませ」


ビシィ――ン!


術式が完全に発動し、祟りの霊圧は一瞬で霧散。

死期センサーを確認すると、一帯の死者予備軍たちの名前からすべての印が消えておりました。


「ふ、ふぅぅ……。終わりましたぁぁ……!」


全身の力が抜け、どさっと地面に崩れ落ちました。

これで……これで本当に……。

あとは霊界に戻って、地上で発生した魂の報告書と書類を片づけて……。

それさえ終われば、いよいよ……




──数日後。


「……シエル。お前、自分が何やらかしたか分かってんのか?」


目の前に座っていらっしゃるのはわたくしの所属部署の長、オルガ様。

岩の様に大きな体に仏頂面。

今日も圧がすごいです。


「は、はいぃ……! 一応、業務報告のほうにも細かく記録は……っ」


「“有給のために、人間の死期を延ばした”? これ、冗談か?」


オルガ様の声が低い。

怖い。

背筋が凍る音がした気がしました。


「あ、あくまで、予見された“死に至る原因”を排除しただけでしてぇ……!」


「誤差の範囲とはいえ、死の回避が連続しすぎだ。次、これやったら正式な懲罰対象だぞ?」


「ひぃぃ……!申し訳ありませんんんんん!!」


わたくしは机に額を打ち付けながら謝罪しました。

今なら100回までなら土下座できます。


「……まあ、今回は特例扱いにしといてやる。騒ぎが露見する前に集束したしな」


「ほ、本当ですかぁ……!?」


その瞬間、わたくしは全身の力が抜けて、ぽすんと床に座り込みました。


「地獄饅頭」

「ほへ?」


「お迎え舟最中、昇魂バターサンド、うなだれサブレー、黒玉ういろう……」


オルガ様が真顔で霊界のご当地スイーツの名前をつらつらと挙げておられます。

こ、これはわたくしに買ってこいということですよね??


「お、お任せくださいませぇぇぇぇぇ!」

わたくしはオルガ様の口から次々出てくるお土産の名前を必死でメモしました。


「ふん……まあ、今回はそれで手を打ってやろう」


「お、おそれいりますぅぅぅ!!」


こうしてわたくしはギリギリで難を逃れ、正式に“有給”を取得する許可を得たのです。

霊界の勤務報告最終チェックをパスし、上司の電子サインも受領。


【――承認されました。有給休暇の取得を認めます】


「やったあぁぁぁぁぁ!!!!」


オフィスの廊下で思わずジャンプしました。

やりました。

やってやりました。

初の有給、取得成功です!!!




──そして数日後、有給は本当にわたくしのもとに訪れたです。


心霊温泉で抹茶パフェを食べ、念願の「魂スライダー」にも乗り、歴代死神の石像に鼻で笑いながら記念写真まで撮りました。

毎日寝て、食べて、寝て、もう一度寝て……それはそれは最高の一週間でした。



そして、わたくしは戻ってきました。

――お土産を両手いっぱいに抱えて、ルンルン気分で。


「ただいま戻りました~!これ、“冥界名物・地獄まんじゅう”でーす!職場のみなさまに~!」


笑顔でオフィスのドアを開けた瞬間。

わたくしの視界を埋め尽くしたのは


「……な、なんですか……この、山……?」


書類。

書類。

魂の未整理リストと、苦情対応報告と、所狭しと貼り付けられた引き継ぎ用の付箋メモ。


「……わ、わたくしがいない間に、一体何があったんですかぁぁぁぁ!!」


ぐらりと世界が回る感覚を覚えつつ、わたくしは膝から崩れ落ちました。

でも――泣いても叫んでも、これはきっと、また始まりの合図。


「……ふ、ふふふ、よーし……!次の有給、取りにいきますよぉ……!!」


そう決意しながら、わたくしは山のような書類に手を伸ばしました。


戦いはまだ、終わらない。

でも、ちょっとだけ心が軽い。

そう思えただけで、わたくしはまた、少しだけ前に進める気がしたのです


お読み頂き、ありがとうございます。


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死神というユニークな設定と主人公シエルの人間味あふれる葛藤がとても面白かったです。有給が欲しいという切実な願いから死神が人の死を回避させるという発想が斬新でその奮闘ぶりに共感しながら読み進めました。お…
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