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時の番人 時守ノノ

私が生まれたのは、“時間”が生まれたあと。


時間とは、変化そのもの。生物が代謝し、草が枯れ、鉄が錆び、雲が流れ、人が忘れていく。


その一つひとつの事象の連なりが、“時間”という概念を生み出した。


私はその概念からこぼれ落ちた、小さなひとかけらのような存在。


だから私は、時の番人のような顔をして、ここにいる。


でも、本当は番人でもなければ、管理者でもないのかもしれない。


私は、ただ“時間の残響”みたいなものなのかも。


朝は、陽の光が時計塔の高い窓から差し込んで始まる。


目を覚ました私は、いつものように身体をゆっくりと起こす。


床は冷たく、煤けた木の香りが微かに鼻をくすぐる。


ぼさぼさの金髪を手ぐしで整え、少しだけ顔を洗う。


鏡はないけど、別にいい。私の見た目は、誰かに見せるためのものじゃないから。


紅茶を淹れる準備をしながら、火を起こす。


この塔には電気なんてない。全部、手作業。


でも、それがいいと思う。何かを“待つ”時間が、私は好きだから。


(待っている間、色んなこと考えられる)


そんな、ゆっくりとした瞬間が、私は好き。


茶葉を入れたポットの中で、小さな渦ができる。


蒸気が立ち上る音が、塔の静けさをやさしく壊す。


一杯目の紅茶を手に、書きかけの日記を開く。


昨日の記録を読み返し、今日はどんな変化を加えるか考える。


毎日、ほとんど同じはずなのに、香りも、音も、ほんのわずかに違っている。


(変わらないものなんて、どこにもない)


それを確実に感じる存在を、この世界が必要としているから、私は生きているのかもしれない。


掃除をする。


塔の床はすぐに埃をかぶるから、ほうきでざっざっと掃いて回る。


歯車の隙間に溜まった灰色の塵を見て、(これも時間のかけらだ)と思う。


ひと通り掃除を終えると、今度は道具棚の整理。


壊れた懐中時計、止まった置時計、針のない腕時計。


全部、どこかから流れ着いたもの。私が集めたわけじゃない。


でも、ここにある。


私は、それらを並べるだけ。直すことはしない。これがこの子たちの自然な時間の流れの姿だから


お昼になると、パンを一切れだけ温めて食べる。


町のパン屋から風に乗って香ってくる匂いと同じ味。


私はそれを噛みながら、窓から見える町を眺める。


(人は、ほんとうに忙しそう)


「間に合わない」「急がなきゃ」「もう遅い」


そんな声が、聞こえなくても届いてくる気がする。


私は時間に追われない。


でも、その代わり、誰かと時間を共有することもない。


午後は、塔の中で静かに本を読む。


といっても、書かれた本ではない。


記録の束。過去の“出来事”だけが並んでいる紙たち。


私はそれを、丁寧にめくっていく。


(このページには、誰かの“はじめて笑った”が記録されている)


(こっちは、誰かの“最後に名前を呼ばれた”が書いてある)


みんな、時間の流れの中で息をしている。


私はそれを感じ取って、心の中で過ぎ去った想い達に共感してあげる。


夕方になると、歯車の音が少しだけ重たくなる。


日が暮れると、音の響きが低くなるのだ。


私はそれを合図に、もう一度紅茶を淹れる。


一日の終わりに、一番落ち着く時間。


一口飲んで、今日の味を確かめる。


(昨日よりも、少しだけやさしい)


私はそう思って、カップを両手で包み込む。


夜は、塔のランプをひとつだけ灯して、ベッドに横たわる。


寝る前に、最後の記録をつける。


今日、私が感じた時間のすべてを、一言だけ書き記す。


「今日は、“やわらかい”日だった」


私は、そう書いた。


布団にくるまって、目を閉じる。


(時間は、やさしい。

時間があるから、物語が生まれる)


歯車の音が、子守唄のように響く。


(今日は、どんな夢を見るのかな?)


私は、今日も、静かに時の中で生きている。

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