ピンク髪男爵令嬢TS転生前記
続いた。後ろに。
その一家の没落は、突然であった。
夫婦揃っての外遊のようなもの。
視察とも、旅行とも、遅いハネムーンとも言えるそれは、旅の終わりとして「ただいま」と言う“帰宅”を欠かしながら終わった。
物言わぬ躰すら帰ることなく、送り付けられたは既に誰かによって記入された死亡届の類と当主権利に関する云々、そして今ここに届いた日付よりも前を示した葬儀の日程。
それだけだった。
手元に届くまでに幾度も散々に暴かれ続けたであろう、王家由来のはずなその紙質は、白磁のように滑らかなそれを黄ばませ土埃に彩られ、何もかもが手遅れなことばかりをもったいぶって飾り付けながら物語っていた。
邸宅はその日の内に掃除された。長女と長男、それと次女が、その屋敷の薄汚れた埃と身分を同じくした。
彼ら・彼女たちに狩人がかつて使っていた小屋だけでも残されたのは、家督と権力を穀物一粒足りとも逃さず簒奪した者たちによる過大な慈悲だろうか?
なるほど確かに、魔物素材を調達するために建てられ運用されるも、採算が合わず放置され、四半世紀経ってなおも健在な魔物の森のど真ん中に据えられた廃屋は、とても贅沢であった。
普通は、死んでいる。「一家全滅」でも何も問題無く、どころか早かったのだから。
『どうか目の届くところで、逃げずにちゃんと勝手に死んで欲しい』、そんな真心が見て溢れるほどに籠もった贈り物であったのだろう。
幼子と若者の間、長女が齢13なら長男は12で、次女に至っては10才を前の週に迎えたばかりであった。
両親は港町で土産を買ってあげるのだと。
長女には輝石を、長男には小剣を、次女には螺鈿をと。
末娘が10になって浮かれた、その隙にねじ込んだ要望たち。
今となっては、それが履行されたかも分からない。
身の着のままで追い出されながらも、ただ追い出されるだけで、長男が冒険書目当てに邸宅へ出戻った時に何の監視も無しにそのまま蔵書を抱えきれないほど抱えて持ってきたのは、天の恵みと言う他なかった。
ただの、怠慢であろうが、油断だろうが、それに縋るしかなかったのだ。
倫理の犯し方は、簒奪者たちが教えてくれた。
長女は日持ちする食料を、次女は身の回りの物を、「盗んで」いった。
それらはもう彼ら・彼女らの物ではないはずなのに、何故か何処にあるのか分かるのだ、あるのがいけない。
先に盗んだのは、簒奪したのは、そちらなのだから。
そして、魔物の出る森の前で立ち尽くす兄弟姉妹達は「どのようにして目立たずに奥深くの狩猟小屋に運び入れるのか」と、家財一式を背景に、目の前の難敵たる魔物の森を見据えた。
次女はつまらなさそうに家財へ腰掛けながら言った。
「誰も来ないわよ。」
本当におかしなことながら、何故かこの兄弟姉妹は、兄弟姉妹以外の人に出会わなかったのだ。
強いて言えば、掃除夫達だろうか?
しかしながらあの日以来、本当に他人に出会っていないのだ。
こちらに見つからないように監視がいるのなら、もっと可怪しい。
差し押さえた邸宅から家財一式を運び出すのを、指をくわえ込みながらただただ見ていただけなのだろうか?
邸宅から運び出した量は二往復程度とはいえど、朝から夕の時間まで掛かった大仕事だ。
街から外れた敷地で、用もなければ来ることもないとは言えども、人は居ないことも無くはないのだ。
荷馬車ぐらいは遠目に見ることもない、かもしれない、というのは物心が付いたときにはもう、いやしかし……な、辺境であったが故に。
もしかしなくてもそれが全ての原因では???
何を隠そう、この国の中心たる王都に行くために掛かる所要時間なんとたったの3ヶ月。
両親がこの国の「裏側」と言っても過言でない港町まで行くのに掛かる日数の2倍も早い。
おお、我が領地はなんという都会なのだろうか。
馬で馬車を牽いているところなど、我が領以外の何処にもないだろう。
それも、途絶えて久しいが。
とにかく。
邸宅から洗いざらい持ってきた保存食料が尽きる前に、家財を狩猟小屋に運び入れてはあーでもないこーでもないと配置を詰め、結局は増築することにした。
長女は、これ以上になく必要に駆られた。
魔法にである。
覚醒イベントなんて無い。必要に駆られた時が魔法の芽生えであった。それがこの世界であった。
そして長女はこの上なく思ったのだ。
鉄を操作させろなんていうバチクソチートは望まないから、こう、木を綺麗に切り出したり製材できる魔法ねーのかよ、と。
……恐るべきに長女、この時点で既に無意識で転生知識が薄っすらと表出していた。
必要に駆られたからだろうか?
調達は長男がやった。
棒を持って振り回すは漢の性である。
剣や斧はなおさらだ。
……と、手斧片手に半日掛けて一本を切り倒し、終わった。
希望は絶望へと変わった。結構前に。
あからさまに時間が掛かっていたからだ。
それでも一つの大仕事を終え、
「どーすんだよ。皮剥いたり薄切りにしたりして板材にしなきゃだろ。乾燥もさせないと反り返るし。えってことはこれ、使えない?」
長女は何の悪意も無く言い放った。
長男は拗ねた。
次女は原木に腰掛けながら、昨日の寝床である布張りのテントとも狩猟小屋から伸びた庇とも言えないソレを指差した。
「もう寝よ。」
否定の声はなかった。
そして、長女は思い出したのだ。
続かない。