褒美に結婚しろと? 冗談じゃない
主人公の言語がひらがななのはわざとです。漢字の場合もありますが誤字ではありません。
「聖女アサヒよ。よく魔王討伐までの長い旅に耐え、魔王を封じてくれた感謝する」
陛下の言葉に頭を下げるように教えられたので頭を下げて、
「もったいないことばでございます」
と拙いこの世界の言語で答える。
「で、褒美として、我が息子と結婚を許そう」
「はぁぁぁぁ!!」
今、ふざけた言葉が返ってきた。
「“それ罰ゲームだろう”」
日本語で悪態をついたが、この世界に日本語を知っている人はいないので分からない。
「どうだ。聖女を」
「――おことわりします」
すぐに返事を返さないと無理やり決められると返答をする。
流れる沈黙。
誰もが聖女が頬を染めて受け入れると思っていたのにそんな返答が返って来て困惑しているのだ。
「ああ、そうか。聖女さまはこの国の言葉に不自由だったから了承しますとお断りしますを言い間違えたんだな」
何処からかそんな言葉がしたのを皮切りに、
「ほほっ。そっ、そうよね」
「殿下との結婚を断るなんてありえないからな」
と先ほどは聖女の言い間違えだというムードに持っていこうとするが、
「いやです。ことわります。だれがけっこんしたいとおもうか」
聖女から続く心底嫌そうな表情とともに告げられる言葉。
「無礼だぞっ!!」
王子が顔を赤らめて怒鳴ってくるが、一応立場は王子よりも……勇者よりも聖女が上だ。………召喚したこの国ではそんな事実を教えてくれなかったが。
「――聖女アサヒよ。聖女であるそなたと勇者である我が息子は特別な関係であると息子から聞いていたが」
特別な関係?
「いえ、ぜんぜん。ああ、ゆうしゃだからじぶんのいうことがただしいとセクハラしようとしていたのをさけていましたが」
「せくはら?」
「ああ、このせかいにはないことばなんですね。きょかなくせいてきなせっしょくをしてくることです。あと、せいじょのほうがかみからちょくせつおくられてきたそんざいというぽじしょんだとしらなかったのでおうじのおこないをパワハラだとおもっていましたよ」
「パワハラ?」
「ゆうしゃって、せいじょがゆうしゃだとはんだんしたらゆうしゃのしかくをえられるんですね。そんなきまりをしらされないでであってそうそうにちからをあたえろとめいじられたのであたえてしまいましたよ」
旅をして他の神殿の所属の聖女から聞かされた時はショックだった。それなら勇者の力を別の人に授けたかった。
「無礼な!!」
王子があまりにも腹が立ったのだろう。自分が持っていた【勇者の剣】を私に向けて攻撃をしてくる。
王子は殺すつもりだったのかただ攻撃して脅すつもりだったか不明だけど、【勇者の剣】で【聖女】を攻撃しようとする時点で、天罰はあっさり落とされる。
王子は急に腕の筋肉が無くなり痩せ細っていき、急激に老いていく。それだけではない、故国でずっと崇めていたはずの【勇者の剣】がいきなり錆び始めて劣化していく。
(聖女のお姉さまたちの教えてくれたとおりね)
それに動揺している人々の視線が一瞬だけ自分から外れたと思ったと同時に、足元に転移門が出現してこの場を立ち去る。
「やっと解放されたわ」
「おめでとうございます。旭さん」
お城の阿鼻叫喚ぶりが見えてそうで見えない微妙な位置にある丘の上に転送して、今まで奪われていた自由を噛み締める。
「ありがとう。スティンガーさん。時間ぴったりだったよ」
先ほどの転送陣はスティンガーが事前にこちらで待機して実行してくれた。彼がいなかったら成功しなかっただろう。
此度の脱走も。――魔王封印も。
話は聖女召喚まで遡る。
「“これが聖女か!!”」
受験地獄から解放されて、無事第一希望の合格を確認して、春から迎える大学生活に想いを馳せながら帰路に着いた矢先いきなり見たことない場所に出現していた自分の気持ちが分かるだろうか。
数分前に母に合格したよと報告をして、お祝いに私が好きな食事を作ってあげると言われたので魚のムニエルと頼んでいたはずだったのにいきなりの状況変化に戸惑うのも無理ないだろう。
「“いつまでぼんやりしている!! さっさと俺を勇者にしろ!!”」
知らない人間にいきなり怒鳴られて、命じられて言語すら理解しにくいのに何かをさせられた自分の気持ち。
強制的に何かをさせられて、ろくな説明をさせられずに――言語が通じていないからと説明を放棄され、最初に自分に何かさせた人物に怒鳴られる日々。
泣けば叩かれた。
文句を言えば嘲笑われた。
人を見せ者扱いして、マナーとか礼儀とかを鞭を使って教え込まれて、こちらの知りたいことを教えてもらえないで心労で弱っていった。
『殿下やり過ぎです!!』
心が壊れかかっていた時にどこからか声が聞こえた。
『殿下はもしいきなり自分の世界が奪われたらどう思いますか?』
この世界の言語を教えてもらっていないのに彼の声ははっきり聞こえた。
『確かに世界の危機を回避するためにありとあらゆる手段を取っていくのは大事なことですが、彼女の……聖女の立場からすれば世界の危機など知らないで、安心安全な平和な世界だったはずなのにいきなり自分の知らない世界が危機だから救えといきなり連れ攫われた立場なんですよ。それなのにろくに説明もせずに、彼女を労わることもせず、自分たちの都合を押し付けて説明もしない。それでも勇者ですか?』
彼の言葉で初めて私は聖女という立場だと知らされた。てっきり珍しい生き物を見たい人間が異世界人召喚をしただけだと思い込んでいたから。
『黙れスティンガー!! たかが教育係のくせに煩いぞ!!』
彼に関係あることからだろうか。王子の声も鮮明に理解できた。
彼の名前がスティンガーであると言うこと、王子の教育係という立場であることがたった少しの言葉で理解できて、今までのまったく通じなかったのが嘘みたいに鮮明に理解できて来た。
どんな人だろうとその人を探そうとしていると一人で物置のような部屋に閉じ込められていたのが意識だけ煌びやかな豪華な部屋に現れて、あの時私に怒鳴っていた王子が長身の男性を壁に押さえつけていた。
「殿下っ!!」
「以前から不愉快だったんだ。あれ、これをしろとかあれをするなとか」
「それは……わたしは殿下の教育係で……」
「そう。教育係でありながら俺に命じ続けてきた!!」
王子の剣が鞘から抜かれる。
「ちょうどいい。一度試してみたかったんだ。【勇者の剣】を」
「それはっ!! 魔物を切るための!!」
「だから煩いっ!!」
目を背けたくなるほどの光景だった。王子は自分の持っている剣でスティンガーを残酷に残虐に甚振って斬り続けた。殺すつもりはないのだが、後遺症が残ってもおかしくないほどのやり方で。
「こいつは捨てておけ」
「はっ」
ずっと傍に王子の行いを見ていた者たちが乱暴にスティンガーを持ち上げて捨てに行く。それをずっと精神体になったまま追いかけていき、死なないように祈り続けてきた。
スティンガーが誰も来るような事のない森で捨てられるのを見てから意識体のまま駆け寄って、傷の様子を確かめるように触れたら、
「貴方は……?」
ひどいけがが一瞬でふさがっていき、私の姿を認識してきた彼を見て、無事であったことと見てくれたことが嬉しくて涙が流れた。
スティンガーはこのまま殺された……表向きには行方不明のままという状態で過ごすことになった。私は精神体になって彼に何度も会い、彼を通してこの世界のことを教わった。
やっと世界のことを知りえたことで使い物になったと判断されて、魔王討伐に連れて行かれた。そこでいろんな人に出会った。魔物に怯えつつも日々の暮らしを大事にしている商人や農民。魔物を狩って生活をしている冒険者。
他の国の聖女と。聖女と仲睦まじい勇者とも。
王子は私が他国の聖女からいろんな話を聞いているとは思っていないだろう。王子からすれば私は言葉が拙い出来損ないの辛うじて使えるようになった聖女なのだから。だけど、他の国の聖女とは流ちょうに喋れた。逆に、
「貴方のところと勇者が言葉通じていないのは……強制的に聖女の力を使わせて勇者になったからでしょうね。聖女が勇者を選ぶし、聖女と心の繋がりが強ければ強いほど勇者は強くなるのよ」
彼女らはすべてを見通していた。だけど、王子を勇者でなくす方法は自分達にはできないと謝罪していた。
「神同士の不文律もあるし、強制的であれ、自分の聖女が決めたことに神が口出したら調和が崩れてしまう。まあ、本来の勇者にも力が流れているからその辺は心配ないでしょう。……念のため勇者を辞めさせる方法を教えておくわ」
私は魔王を討伐する事だと教えられていたけど、彼女たちはそれぞれ別の世界救済の方法を自分の選んだ勇者と行うと教えてくれた。世界の危機の理由は一つではないから。だから、魔王を討伐することに遠慮とか躊躇いは無くしていい。いや、むしろ今の勇者と縁を切りたいのならさっさと討伐した方が確実に出来るからと教えてくれた方法を実際祝勝会で出来たので、彼女らに感謝してる。
で、王子は王子で、聖女との絆が深ければ勇者の力が上昇するという知恵をどこからか手に入れて、それで私に親密な関係になろうとしたのだ。私と結婚すれば、結婚後も聖女の加護は自分のところにあり続けると実際そんなことがあった勇者も居たそうだったから。それを欲したのだ。
恋愛はない。
……………多少別の欲望はあったみたいだが。
「王子に迫られれば迫られるだけ嫌悪感が増して、貴方に助けを求めていたわね」
「それがより強固な繋がりを作って、私に勇者の力が流れてきた」
私の呟きにスティンガーが答える。
魔王は討伐した。表向きはあの王子が勇者として戦って、だけど、実際には王子がトドメの一撃を与えられるほどスティンガーが事前に弱めてくれていた。
「おね~さまたちに教えてもらった。勇者を辞めさせる方法。【勇者が聖女を害しようとした】も無事達成したし、召喚されていた時に付けられていた奴隷刻印も無効化したし、あとは」
「他国の聖女と勇者がそれぞれ世界の危機を消し去ってからかの国のしでかしたことが公表されるでしょうね」
聖女を奴隷にして自国の王子を勇者にした愚かな国。聖女を害して天罰が下った国。せいぜい、他国の聖女たちの活躍が耳に入るたびに怯え続けるといい。
「旭さんと私の絆が強いので旭さんを元の世界に戻せそうです。ついでに私の戸籍も作って住むことも可能です」
「ホントっ⁉」
「はい。――旭さんと結婚が前提ですけど」
遠回しなプロポーズに喜びつつ、
「異世界に召喚されて何年もたっているから家族に気付いてもらえないかも」
戸籍を作り直した方がいいのかなと思って弱音を吐くと。
「何なら召喚されたすぐの元の年齢の姿で戻せますよ。まあ、私もその分若返らないといけないようですが」
「それは助かる。スティンガーも若返ってくれないとスティンガーが犯罪者になっちゃうしね」
「犯罪……」
それは困ると話をしながら元の世界に移動するために術を起動させるのだった。
スティンガーもすでに自分の国に思い入れはないですし、家族も自分のしたことを悪しき様に罵っていたの家族に思い入れはなくなりました。