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第3話 人形の外出

 カルムティルドと協力することになった翌日。パペティアーナは復学した。

 

「半自律型魔導人形パペティアーナです! ご存知の方も多いかもしれませんが、わたしは人間ではなく男爵令嬢リモーティアの作った人形です。実験の一環としてこれから再び授業に参加させていただきます。どうかよろしくお願いします!」


 一時限目の授業の始まる前。リモーティアは研究室からパペティアーナを遠隔操作して教壇に立たせ、堂々と正体と目的を明かした。余計な詮索を避けるためである。


 休み時間になると生徒たちが集まり、様々な質問を受けた。

 リモーティアは基本、一人で研究を続けているため、人づきあいが得意ではない。もしこんな風に囲まれたらパニックに陥っていたかもしれない。

 だが人形越しの対応で、投げかけられた質問の大半は技術的な内容だった。それならリモーティアが恐れることは何もない。理路整然と、様々な質問に答えていった。

 

 婚約破棄に関する質問もあったが、「その質問は伯爵令嬢エクセーシア様のいないところではお答えできません」と断ると、引いてくれた。あの騒ぎから一か月過ぎたが、その衝撃は未だ生徒を黙らせるに足る威力を保っていたのだ。

 

 そんな騒動も三日ほどで収まった。結局のところ、パペティアーナはほとんど人間に見えるというだけの人形だ。傍から見る分にはごく普通の生徒なのである。しかも操作するのはリモーティアという有名な変人だ。カルムティルドのように、踏み込んで関わろうという者もいなかった。

 

 落ち着いたころ、カルムティルドに誘われて学園のテラスでお茶をすることになった。


 さすがにカルムティルドとパペティアーナの二人がそろうと注目を浴びた。

 一人だけ、この奇妙な組み合わせについて問いかけてくる生徒がいた。カルムティルドは落ち着いた態度でこう答えた。


「男爵令嬢リモーティアの人形の実験のため、改めておつきあいすることになりました」


 それ以上、問いかけてくる者はいなかった。

 カルムティルドは公爵家の子息だ。貴族の中でも上位に属する。その行動に異を唱えられる者は少ない。婚約破棄の騒動のこともあり、好奇心だけでまとわりついてくる者もいないようだった。

 

「これでようやく、交際を再開できそうですね」

 

 カルムティルドはニコリとほほ笑んだ。その余裕の態度に、意外と肝がすわっているなあと、リモーティアは思わず感心してしまった。

 

「ここ三日、だいぶ忙しかったようですね。大丈夫でしたか?」

「ええ、大丈夫でした。一般生徒からの質問は、いい刺激になりました」

「それならよかったです」


 リモーティアとしてはパペティアーナを復学させるつもりはなかった。カルムティルドの提案が無ければ、これまで通り研究室で技術開発に勤しんでいたことだろう。

 だが、こうして復学して見れば、予想以上に得る物があった。それだけでもカルムティルドには感謝したいと思った。

 

「それで、こうして学園での交際を再開するわけですけど……君としては、なにか考えがありますか?」

「そうですね。実のところ、学園での日常生活については、既に十分データが取れています。あとは学内の行事などでしょうか。期末試験や学園祭では得る物も多いと思います」


 期末試験は基本的にはリモーティアの遠隔操作で対応することになるだろう。あるいは、『制御魔導書』を試験用に調整して、自律動作でどこまで点数を取れるか試すのも面白いかもしれない。

 学園祭では事前の準備作業で活躍できるだろう。将来、人形を世に送り出すにあたり、有益な情報がたくさん得られることだろう。

 あれこれ考えていくと、リモーティアはなんだかワクワクしてきた。


「でも、今期の期末試験はもう終わってしまいました。次は秋です。もうじき夏季休暇に入ります。学園祭も夏季休暇の後ですから、その辺のことを試すのはしばらく先のことになりますね」

「ああ、そうでした。研究室にこもっているせいか、日付の感覚がいまいち鈍くて、お恥ずかしいです」


 今期の期末試験は婚約破棄の一件から二週間ほどで行われた。研究のために授業を免除されているリモーティアも形式上、受けなければならなかった。しかし、彼女の能力なら難しいものではなく、研究の片手間にこなしたという感じで、あまり印象に残っていなかったのだ。


「せっかく夏季休暇が始まるのだから、街に繰り出してみるのはどうですか?」

「街!」


 リモーティアは思わず、パペティアーナに大きな声を出させてしまった。

 

「以前から行ってみたかったんです! パペティアーナの自律行動だけでは街で起きる様々な状況に対応できません。かと言って、遠隔操作では、現地でトラブルがあった場合に対応が遅れてしまいます。わたし一人では、パペティアーナを街に行かせることができなかったんです!」

「それはよかった。なら、善は急げです。今度の休みの日に、美術館はどうでしょう? 学校から歩いて行ける距離にありますから、ちょうどいいと思います」

「ええ! ぜひお願いします!」


 そこまで話して、ふとリモーティアは気づくことがあった。


「いっしょに美術館に行くなんて、デートみたいですね」

「僕とパペティアーナは交際しているのですから、デートで間違いないと思いますけど……」

「!」


 当たり前のように答えるカルムティルドに、リモーティアは戦慄した。


 ……この公爵子息は実験を名目に人形とデートしようとしている!


 リモーティアですら実現したことのないことだ。できれば代わって欲しい。だが現状、パペティアーナの遠隔操作はリモーティアしかできない。

 人形好きの仲間ができることはいいことだ。だが時には、先を越されてしまうこともある。そんなことをしみじみと考えてしまうのだった。




 休日の昼下がり。学校の前で待ち合わせをして、カルムティルドとパペティアーナは馬車に乗って美術館へ向かった。美術館は歩いて20分程度の場所にある。それでも、公爵子爵が徒歩で行くというのはさすがに許されないようであった。

 

 リモーティアは学内の研究室から遠隔操作だ。研究室に用意した増幅用の魔道具を駆使すれば、理論上はこの街のどこででも、タイムラグなしにパペティアーナを操作可能だ。

 しかし学外で操作するのは初めてだ。パペティアーナを馬車に乗せること自体もまた初めてだった。初めてづくしで気が抜けなかった。




 しばらく馬車に揺られていると、到着したのは貴族向けの高級洋服店だった。


「あれ? 美術館に行くんじゃなかったんですか?」

「せっかくだから服を買いましょう。今後も実験を続けたいと思いますので、外出着があると便利です。僕がプレゼントします」


 パペティアーナが今、学校の制服を着ている。これも立派な正装で、どこに行くにも問題はない。制服以外では簡素な物しか用意していない。研究費用は限られていて、その多くは技術開発に費やしているから、服にまわす費用がなかなか捻出できないためだ。

 

 だが、今後も街中の様々な場所に行かせるとなると、制服では困る場面もあるだろう。確かに洋服は必要だった。

 

「ありがとうございます!」


 リモーティアは全力で乗っかることにした。

 パペティアーナに服を買ってくれるなんて、なんていい人なのだろう。やはり人形好きにはいいひとしかいないに違いない。 リモーティアは研究室で一人、泣くほど喜んだ。

 

 うきうきしながらパペティアーナを洋服店に向けて歩かせる。スキップさせたい気分だったが自重した。

 そんなパペティアーナを眺めながら、カルムティルドはふと尋ねた。


「そう言えば、服は幻覚魔法を使わないんですか?」

「理論上は可能です。でも、本体の幻覚に加えて服まで偽装するとなると、魔力の消費が増えて稼働時間に影響がでてしまいますね」

「なるほど、それはちょっと困りますね」

「でも、たとえ魔力消費の問題が解決しても、幻覚魔法で服の着せ替えなんてしません」

「どうしてですか?」

「だって服の着せ替えは、人形の楽しみのひとつです! 布の感触がいいんです! ボタンを一つずつはめていくのが楽しいんです! それを魔法で済ますなんて、つまらないじゃないですか!」


 パペティアーナは拳をぐっとにぐって力説した。

 今まで見たことのない人形の仕草に、カルムティルドは目をぱちくりとさせた。


「……なんて言うか、遠隔操作だとリモーティアさんの個性が色濃くでますね」

「すみません。ちょっとテンション上がり過ぎました。お恥ずかしい……」


 リモーティアは研究室で一人深呼吸をして気分を鎮めた。

 でも、それ気分が落ち着いたのは一時の事だった。

 

 なにしろ洋服店である。それも貴族向けの高級店だ。どの洋服も華美でありながら上品な物ばかりだった。これを愛する人形に実際に着せられると思うと、リモーティアのテンションはどんどん上昇していった。

 

 何着も試着させてもらった。遠隔操作で服の着替えは難しいと思ったが、さすが高級店。店員がサポートについてくれたのでスムーズに着替えができた。

 下着姿になっても幻覚魔法に影響が出ないとわかったのも収穫だった。リモーティア本人は制作過程で確認したが、さすがに他人に披露する機会はなかったのだ。

 

 着替えるごとにあらたなパペティアーナの美しさを楽しめた。このままいつまでも試着を続けたいと思ったが、それはさすがに迷惑なので、わずかに残った理性でどうにかその欲求を抑えた。それでも夢のような時間だった。

 

 そして気がつくと、10着もの洋服を買ってもらってしまっていた。

 

「カルムティルド様、すみません! わたしったらすっかり調子に乗ってしまって……」

「いいんですよ。僕も楽しかったです。このくらいは研究への出資と思って、どうか受け取ってください」


 高級洋服店の洋服である。男爵子息のリモーティアからすれば、ちょっとびっくりするような値段になった。これを軽くプレゼントしてくれるのだから、公爵子息との身分の隔たりと言うものを感じてしまうのだった。




 再び馬車に乗り、今度こそ美術館に到着した。

 あたりを行きかうのは高級な衣服に身を包んだ貴族が多い。入場料は一般の平民が来るには少々高いのだ。

 

 カルムティルドはスーツを着ている。身長がやや低めで幼い顔をした彼だが、こうした服を着ると大人びて見える。いつもはかわいい印象が強いが、今はすこしかっこよく思えた。

 パペティアーナが身にまとうのは、先ほど買ってもらったばかりのワンピースだ。上品な空色のワンピースを身にまとったパペティアーナは、どこから見ても貴族の令嬢に違いない。

 たまに二人に目を向ける者もいたが、驚いた様子はない。幻覚魔法は正常に機能しているようだった。リモーティアはほっと息を吐いた。

 

「そういえば、リモーティアさん。あまり深く考えずに美術館をえらんでしまいましたが、遠隔魔法で絵や彫刻を楽しめるのでしょうか?」

「パペティアーナとは視覚と聴覚を共有しています。どちらも感覚の精度は人間並みなので、大丈夫なはずです。でも、そうですね。美術館をどの程度楽しめるかというのも、実験として有意義だと思います」

「そうですか。それならよかった」


 そうして、二人で美術館に入っていた。

 リモーティアにとって美術館に来るのは久しぶりだ。人形に関する展示があると聞いたときには真っ先に訪れた。でもそれも、人形の展示へ一直線で、他の物をじっくり見たことはなかった。


 カルムティルドは慣れているようだった。落ち着いた様子で、時折絵や彫刻について教えてくれた。

 そうして、二人でゆったりと美術館を巡った。




 美術館を出ると、美術館に隣接した喫茶店で休憩を取ることにした。屋外に設置された席についた。

 

「そう言えばパペティアーナって、飲食はどうやってるんですか?」

「飲み物は口から摂取できます。食べ物は処理が難しいので、幻覚魔法で食べたふりをして、こっそり服の下に隠した袋の中に入れてしまいます」

「ああ、ダイエットしていると言ってお茶菓子にほとんど手をつけなかったのは、そういうことだったのですか……」


 ちょっとした雑談の後、美術館の感想を話すこととなった。


「それで、美術館はどうでした?」

「視覚の共有に問題まありませんでした。人の目で見るのと変わらなかったと思います。わたしは絵のことはあまりわかりませんが、彫刻は楽しめました。あの洗練された造形技術には感嘆させられました」


 パペティアーナは夢見るようにうっとりと語った。。

 そんな人形のあまりに人間らしい仕草を目にし、カルムティルドは、こんな仕草までできるのかと、あらためて感心していた。

 

「実のところ、美術品より、そこで働く人たちに目が行きました。展示物の各所に案内人がいました。案内なら、人形でも代わりができると思います。館内の清掃や美術品の設置などでも働けると思います」

「目の付け所がさすがですね。そうやって、世界に人形を広める夢に向かって進んでいるんですね!」

「ええ、そうですとも! 今日は得る物がたくさんありました! 服もたくさん買ってもらったし、すごく感謝しています!」


 リモーティアは研究室で一人、ぺこりと頭を下げた。同時にパペティアーナを操作し、頭を下げさせた。意味はないとわかっていても、そうすることで少しでも感謝が伝わるような気がしたのだ。

 

「それはよかったです。ところで、ひとつ提案があるんです。実験にも役立つことだと思います。聞いてもらえますか?」

「ええ、ぜひお聞かせください!」

「今日はパペティアーナの遠隔操作で美術館を楽しみました。でも、それだけでは実験として不足していると思うのです」

「不足……ですか?」

「はい。遠隔操作と、実際に来た場合とでは、自然と感じる物が違ってくると思うのです。それらを比較して初めて実験は完全になると思うのです」

「なるほど。まさしくその通りだと思います」

「ご理解いただけて良かったです。では明日、僕とリモーティアさんとで美術館に行きましょう」

「え」


 理路整然とした話の流れの中で、突然予想外のことを言われて、リモーティアは絶句してしまうのであった。

2024/11/10

 誤字指摘ありがとうございました! 修正しました!

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