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第2話 人形の仕組

 ひとまず事情を聞くために、リモーティアはカルムティルドを研究室の中へ招き入れた。

 部屋の広さは10メートル四方。様々な器具が収められた棚と本が詰まった棚に囲まれている。

 部屋の隅にはパペティアーナが椅子に座っていた。今は機能停止中のようで、無機質な人形として陶器のような肌が鈍く光を反射していた。

 

 研究室の中央に置かれたテーブルに向かい合って座る。


「あ……」

「どうしました?」


 カルムティルドのつぶやきに、リモーティアは問いを返した。


「い、いえ。リモーティアさんのお顔を初めて拝見したもので……」

「ああ、そう言えばそうですね」


 リモーティアからすればカルムティルドの顔は見慣れている。だが、実際に顔を合わせたのはあの夜会の時だった。あの状況で、しかも帽子とローブに隠れていて、リモーティアの顔を見ることはできなかったのだ。

 研究室の中と言うことで、帽子を取ったため、カルムティルドは彼女の顔を初めて見ることになったのだ。

 

 襟足でまっすぐに切りそろえられた黒髪。大粒の瞳もまた、黒。かわいらしい顔立ちに、やや大き目の丸メガネがよく似合っていた。しかし、化粧っけはまるでない。

 リモーティアは自分の容姿に自信はない。そしてこだわりもない。美しくなるために費やす時間があるのなら、人形作りに捧げたいと思っている。

 だからそんな自分の顔に興味を持つカルムティルドの意図がよくわからなかった。そもそも、訪問の理由すらまだよくわかっていないのだ。

 

「それで……うちのパペティアーナともう一度おつきあいしたいとのことですが……どういうことですか?」

「それは、あの……あなたの研究に、協力したいと思ったのです」

「協力?」

「僕はあの夜会の日まで、パペティアーナが人形だとは夢にも思いませんでした。あなたの研究は素晴らしいものです。そのために、協力したいと思ったのです」


 カルムティルドは真剣だった。とても冗談を言っているようには見えない。でも、リモーティアからすれば、ますます謎が深まるばかりだった。


「……わかりませんね。わたしは、あなたにひどことをしてしまいました。正直、恨まれているものと思っていました」

「すべてはエクセーシアの仕組んだことでしょう? あなたのことを恨んでなんかいません。むしろ技術者として敬意を感じています」


 カルムティルドはおかしかった。話している内容もそうだし、態度も不審だった。

 頬をわずかに赤らめ、落ち着きがなくきょろきょろとしている。

 この表情は知っている。カルムティルドとパペティアーナとのつきあいで何度も見た、恋をする顔だ。

 

 でもそんなことはあり得ない。夜会での一件。あれほどひどい裏切りの後で、その仕掛け人の一人であるリモーティアを前に、こんな顔をするなんてありえないことだ。

 

 だが、リモーティアはひらめいた。彼女は聡明で、そして人形が大好きだった。だからこの状況を完璧に説明できる理由に思い至ることができた。


「なるほど、性癖がぶっ壊れたんですね」

「え……性癖?」

「失礼、なんでもありません」


 失言だった。こうしたことについては、始めは自覚できないものだ。無理に教える必要はない。

 

 婚約破棄の宣言のあのとき。カルムティルドは、自分が愛していた女性が実は人形だったと知ってしまった。

 あまりにも劇的だった。これまでの人生観を変えてしまうほどの衝撃だったに違いない。

 その瞬間、目の前に在ったのは人形だ。

 白磁の滑らかな肌。機能的で丸くかわいらしい球体関節。透き通るような白金の髪。生きた人間とは別種の美しさを持つ人形を目にしたのだ。

 そこで性癖がぶっ壊れ、人形を愛する種類の人間に変わってしまったに違いない。


 あんなことがあって、人形しか愛せないとなったら、普通の人間なら彼を哀れむことだろう。

 だが、リモーティアにとっては違った。彼女にとっては歓迎すべきことだった。彼女は幼いころから魔導人形の作成に人生を捧げてきた研究者にして技術者である。事情はどうあれ、人形好きが増えるのは喜ばしいことこの上ない。


「わかりました! そういうことなら、お願いします!」

「あ、ありがとうございます」


 リモーティアが握手を求めると、カルムティルドはその手を取った。

 相手が人形好きとわかれば、リモーティアのやることは決まっていた。自分の作品の紹介である。

 カルムティルドはこれまでパペティアーナを人間と思ってつきあってきた。人形としてどんなものか知らない。

 技術者として、人形としてどんなものであるか。リモーティアはそのことを、ぜひとも教えたくなったのだ。


「パペティアーナ、起動!」


 部屋の隅に座っていた人形が、ぶん、と低い音を立てた。

 硬質な表面は柔らかな肌へと変わり、表情のなかった無機質な顔は赤みのさした少女のそれに変わった。

 パペティアーナは物言わぬ人形から、可憐な少女に変貌を遂げたのである。

 

「改めてご紹介します。『半自律型魔導人形パペティアーナ』です」


 パペティアーナは椅子から立ち上がると、スカートの端をつまみ優雅に礼をした。その所作は完璧で、どんな令嬢にも見劣りしない見事さだった。


「パペティアーナが動き出すのを見るのはこれで二度目ですが、本当にすごいですね……」


 カルムティルドは感嘆のため息を吐いた。

 目が合うと、パペティアーナはにこりと微笑み返した。

 

「表情の変化も凄く自然です。とても人形とは思えません。どうやって動かしているんですか?」

「あー……それ実は人形が動いているわけではないのです。実はただの幻覚魔法なのです」

「げ、幻覚魔法? 罠とかに使われるあの幻覚魔法ですか?」


 カルムティルドが驚くのも無理はなかった。

 幻覚魔法は大きく分けて二つある。ひとつは対象者を催眠状態にするものだ。あらゆる幻覚を見せられるが、それは夢のようなもので、魔法が解ければ幻覚だったことが自覚できる。

 もうひとつは目くらましだ。これは場所に対して使われることが多い。例えば、森の中にある秘密の建物を隠したり、ダンジョン内の特定の通路を隠すためなどに使われる。

 そういった幻覚魔法は大雑把なものだ。優れた目を持つ人間が注意して見れば、大抵は実物との違いに気づく。


 催眠状態に陥らせたりせず、人形に細かな表情をさせ、そのことに違和感を抱かせない。そんな高度かつ繊細な幻覚魔法など、カルムティルドは知らなかったのだ。


「まあ幻覚魔法とは言っても、独自のアレンジを加えていますけれどね。パペティアーナがまとっているのは、『イメージ利用型幻覚魔法』というものです」

「イメージ利用型幻覚魔法?」

「観察者のイメージを利用してリアルな姿を作る幻覚魔法です。カルムティルド様が『人間の女の子ならここはこうなってるはずだ』と想像すると、そのイメージを利用した幻覚をまとうのです」

「なるほど……じゃあ、僕が人形と疑って見たらどうなるのですか?」

「その場合、あなたは矛盾点を見つけ出すために、頭の中で人間のリアルなイメージを想像することでしょう。パペティアーナはそのイメージを利用して幻覚を纏うことになるので、疑えば疑うほど人間と見分けがつかないことになりますね」

「すごいじゃないですか! 完璧な幻覚魔法ですね!」

「いえ、あんまり大したことはないのです。ごまかすのはあくまで視覚のみです。鑑定系の魔法やスキルなら簡単に看破できます。感覚の鋭い獣人にも通用しないでしょう。そもそも使い道と言えば人形を人間に見せかけるくらいです。他にはほとんど応用できません」

「それでも大した魔法です! やっぱり、人形を限界まで人間に近づけるために開発したんですか!?」


 興奮するカルムティルドを前に、しかしリモーティアは平静を保ったまま、静かに解答を告げた。


「いえ、コストダウンのためです」

「え、コストダウン……?」

「人間の肌に見せるためなら生体部品を使えばいいし、表情を作るならそのための機構を作ればいいのです。作成にお金も時間もかかります。メンテナンスも大変です。

 でも幻覚魔法なら、最初に術式を確立させるだけで、そのあとは魔力の補給だけで済みます。これは大変なコストダウンとなります」

「はあ、そうなんですか……」


 凄い技術と感心していたら、まるで費用をケチるためだけみたいに言われて、カルムティルドはどう受け止めていいかわからず微妙な表情をした。


「ああ、そういればお茶も出していませんでしたね。パペティアーナ、紅茶をお願いします」

「承知しました。少々お待ちください」


 パペティアーナは研究室をパタパタと出て行った。

 その動きには迷いがなかった。慣れたことらしい。

 カルムティルドはそこに疑問を覚えた。


「リモーティアさん。パペティアーナは今、自分で動いているように見えました。あなたがずっと操作しているのではないですか?」

「パペティアーナは半自律型魔導人形です。半自律とはすなわち、ある程度は自分で動き、足りないところは遠隔操作でサポートするというものです。お茶の準備くらいなら、人形だけで対応できます」

「……じゃ、じゃあ! 僕とおつきあいしていたときはどうなんですか? ずいぶん自然に会話していましたが、『決められたとおり』とは思えませんでした」

「カルムティルド様とのおつきあいは、だいたい7割が自律動作でしたね。3割くらいはわたしが操作してフォローしました」

「7割も!?」


 カルムティルドは相当驚いていたようだ。

 それは当然だろう。あの夜会の時まで、人間と疑わなかった少女。これまで交わしてきた会話の7割が自動的なものだったなど、普通は信じられるものではない。

 

「その秘密はこれにあります」


 そう言ってリモーティアが取り出したのは一冊の分厚い手帳だった。バインダー式で、ページの入れ替えができるようになっている。

 リモーティアが手帳を開くと、びっしりと文字が書きこまれていた。


 ・朝の挨拶 おはようございます、おはよう

   ※対象がカルムティルド様の場合、にっこりかわいらしく微笑む

 ・昼の挨拶 こんにちは

   ※対象がカルムティルド様の場合、にっこりかわいらしく微笑む

 ・夜の挨拶 こんばんは

   ※対象がカルムティルド様の場合、にっこりかわいらしく微笑む


 こんな感じで、会話の様々なパターンが書かれていた。

 


「パペティアーナの体内には、こうした会話パターンや行動が書かれた『制御魔導書』が収められています。いまお見せしているのはその複写版です。彼女は『制御魔導書』にしたがって自律動作する仕組になっているのです」

「挨拶のたびに微笑んでくれると思ってたら、こういう仕組だったんですか……」


 カルムティルドは『制御魔導書』をペラペラとめくっていった。


「ああ、これも……あのときのこれも……! こんな簡単な記述で……!? まさかここに書いていある通りに行動していただけだなんて……!」

 

 カルムティルドはがっくりとうなだれてしまった。


「なぜそこで落ち込むのですか?」


 リモーティアとしては、ここは技術に感動してほしいところだった。その流れで語りたいことがたくさんあった。

 『制御魔導書』から必要事項を探し出す検索ロジック。『制御魔導書』に書かれた自然文章を行動に落とし込む演算機構。『制御魔導書』に関わるいくつもの技術は、リモーティア自慢の傑作揃いなのだ。

 

「落ち込みますよ……僕は本当に恋をしていたつもりだったんです。でも、パペティアーナはただ紙に書かれた行動を自動的に行っていた。そう思うと、やりきれないものがあります……」

「何を言っているんですか。確かにパペティアーナの行動の多くは『制御魔導書』に基づいたものです。でも、それを書いたのは人間です。あなたを想って、あなたに愛されるために書いたものなのです!」

「僕を想って……」

「そうです。あなたは自動的な行動に恋したのではなく、それを書いた人の気持ちに恋をしたのです。そこを忘れてはいけません」


 カルムティルドへの対応を事細かに書き上げたのは、伯爵令嬢エクセーシアだった。カルムティルドの好みを知り尽くした受け答えのパターンの豊富さは驚くべきものだった。その膨大なパターンに対応するため、パペティアーナを調整するのは、リモーティアにとっても大変な作業だった。

 

 エクセーシアの愛は本物だった。その情熱をカルムティルド本人に正しく向けていれば、婚約破棄の騒動など起こさなくてもよかったのだ。リモーティアは何度か進言したが、そのたびにエクセーシアがガチ切れするので意見を引っ込めざるを得なかった。

 とにかく、この『制御魔導書』に込められた想いは軽々しく扱っていいものではないのだ。


「そうですね……人の造ったものには人の心が宿る。確かにリモーティアさんの言う通りです。それに、三割はリモーティアさんが話してくれていたんですよね?」

「ええ、まあ」


 エクセーシアのことについても触れたかったが、本人のいないところで話すのははばかられた。

 そのため、リモーティアは曖昧に答えざるを得なかった。

 

「それならよかった」

 

 何が嬉しいのか、カルムティルドはにっこりと笑った。その笑顔があまりにも素敵だったので、リモーティアはなんだかドキドキしてしまった。

 

「お待たせしました!」


 話が一段落ついたところでパペティアーナが紅茶と茶菓子を持ってきた。

 パペティアーナ丁寧かつ手早くテーブルに並べていき、紅茶を淹れた。

 

「ありがとう、パペティアーナ」

「どういたしまして!」


 カルムティルド人間に対するのと同じように、パペティアーナの労をねぎらった。

 パペティアーナはにこりと笑顔を返した。


「紅茶を用意する動きも実に洗練されてますね。これも『制御魔導書』に記されているんですか?」

「ええ。会話と異なり、動作パターンは専用の魔導文字で記してあります」


 リモーティアはパラパラと机に置いた『制御魔導書』をめくった。

 開いたページには普通の文字は書かれていなかった。複雑な記号がびっしりと並んでいた。


「こうした給仕作業は使う機会が多いので細かく調整しました。今では本職のメイドにも劣らない腕前です」

「すごい技術ですね……」

「ええ。おかげで大幅なコストダウンの目途が立ちました」

「またコストダウンですか」

「人形の自律動作の一般的な方法は、精霊などを宿らせることです。召喚するための触媒が高価ですし、教育には時間がかかます。でもこの『制御魔導書』を使った方法なら、それらの費用を要しません。複製も容易です」

「ずいぶんコストダウンにこだわりますね……」

「ええ、もちろんです。だってわたしの夢は、『一家に一人の自動人形』なんです」


 高い魔力を持った優秀な魔法使いが、より高い効果を発揮するために、高品質な素材や触媒を使う。

 だからこそ希少な素材に需要が生まれる。世の冒険者たちは報酬目当てに希少素材を持つモンスターに挑む。

 お金をかけて高品質を追求するというのが、今の世界における魔法の常識だ。

 だが、リモーティアは違った。


「わたしは人形が大好きです。だから世界中で人形を増やしたい。そのためには高性能な高級品より、ほどほどの性能の量産品が望ましいのです。

 自律的に動く人形を不気味に感じる人は少なくないですが、幻覚魔法で覆えば緩和できます。『制御魔導書』を調整すれば様々な仕事に対応できます。このタイプの魔導人形なら、文官の定型的な事務処理や、メイドの掃除洗濯と言った単純労働を肩代わりできるでしょう。人形たちの働ける場所は世界のいたるところにいくらでもあります。パペティアーナは人形が当たり前にいる世界を切り開く希望の星なのです!」


 夢を語るリモーティアの瞳は輝いていた。

 その姿に、カルムティルドは思わず拍手を始めてしまった。

 パペティアーナもつられて、自律的に拍手に加わった。

 二人に祝福されると、さすがにリモーティアも恥ずかしくなった。

 

「まあ、そんなわけで。カルムティルド様に協力いただけるのは、とてもありがたいことなのです」

「はい! ぜひお手伝いさせてください!」


 こうして、リモーティアは、公爵子息カルムティルドという協力者を得たのだった。

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