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第1話 人形と婚約破棄

「ぼ、僕はこのパペティアーナと出会い、真実の愛を見つけました! 伯爵令嬢エクセーシア! あなたとの婚約を破棄します!」


 夜会のなか、その声は唐突に響いた。

 参加している貴族たちの視線が集まる。

 そこには向かい合う三人の男女いた。

 

 声を発したのは公爵子息カルムティルド。16歳にしては背は低く手足も細い。さらりとした鮮やかな金の髪に澄んだ翠色の瞳。整った顔立ちには幼さが残る、美しい少年だった。

 

 カルムティルドの陰に隠れるように立つのは子爵令嬢パペティアーナ。

 肩まで届く白金の髪。ふっくらとしたかわいらしい頬に、大粒の緑の瞳。芽吹く花を思わせる、可憐でかわいらしい少女だった。

 

 その前に臆することなく立つのは伯爵令嬢エクセーシア。燃えるような紅い髪に凛とした赤い瞳。身にまとうドレスもまた赤。金で縁取られたそれは、絢爛にして豪華だった。エクセーシアという宝石の輝きと燃え盛る炎の熱さをあわせもつ令嬢に、よく似合っていた。


 婚約破棄を宣言したカルムティルドは、しかし、腰が引けていた。後ろに寄り添うパペティアーナに支えられ、辛うじて踏みとどまっているというありさまだった。

 対してエクセーシアは、婚約破棄を告げられたというのに、全く動じていなかった。

 その対峙はまるで伯爵令嬢エクセーシアと言う炎の熱の前に、カルムティルドたちがあぶられているかのようだった。

 

 婚約破棄の宣言に対し、エクセーシアは笑みを見せた。まるで獲物を前にした気高いライオンのような、攻撃的な笑みだった。

 

「真実の愛! 真実の愛とおっしゃいましたわね? あなたは愚かにも、『それ』に対し、真実の愛を見つけたとおっしゃったのですね!」

「か、彼女に無礼なことを言わないでください!」


 愛する者を「それ」呼ばわりされカルムティルドが反駁する。それを鼻で笑うと、エクセーシアは手を叩いて呼びかけた。


「リモーティア! リモーティア! ここへ来てくださいまし!」


 声に導かれ、ぬっと会場を横切るものがいた。

 大きなつば広の帽子。その下から丸いメガネが不気味に光っている。全身を覆うのは紫の大きなローブ。夜会には似つかわしくない姿だった。

 見た目からは男か女かもわからない。だが、その姿に学園の生徒たちはざわめいた。


「リモーティア? リモーティアってあの?」

「わたし、初めて見ましたわ!」

「へえ、人形使いのリモーティアが夜会に来るとはね!」


 男爵令嬢リモーティア。彼女の姿を見たものは少なくても、その名はよく知られていた。

 彼女は魔法によって動く人形……魔導人形について研究している。

 その高い技術によってほとんどの授業を免除され、研究室にこもって魔導人形の技術を磨いている。そのため、名は知られていても姿を見た者は限られていた。



「さあリモーティア! 哀れなカルムティルド様に、真実を告げてあげてください!」


 ローブ姿……リモーティアがそばまで来ると、伯爵令嬢エクセーシアはすぐさま命じた。

 リモーティアは佇まいを正すと、ローブ姿のイメージからは遠く離れた、少女らしい涼やかな声で告げた。


「カルムティルド様……あなたの隣にいるのは、残念ながら人間ではありません。私の作った人形なのです」


 周囲がどよめいた。

 子爵令嬢パペティアーナ。彼女は今年の4月に入学し、この三か月間を学生として学園で過ごした。

 控えめでおっとりした態度。花のようにかわいらしい笑み。その可憐さに惹かれる生徒も少なくない。それが人形であるなどと、疑うどころ想像した者すらいなかった。


「あ、あはは。何を馬鹿なことを言っているんだ……?」


 冗談にしても意味がわからない。戸惑った様子で、カルムティルドは自らの愛する人、パペティアーナに目を向けた。

 パペティアーナは何も答えない。ただ悲し気に目を伏せた。その様子に、カルムティルドはひどく嫌な予感を覚えた。

 その時、リモーティアは静かに命じた。

 

「パペティアーナ、全機能停止」


 その声を聴いた途端、パペティアーナはぐったりとへたり込んだ。


「パペティアーナ!? ど、どうしたんだ!?」


 驚き、手を差し伸べようとした。だが、彼女に触れる前にその手は止まった。

 彼女が彼女で無くなったからだ。

 

 先ほどまでふっくらと柔らかだった頬は、陶器ような白くなり、無機質な光沢を見せていた。瞳は美しい緑色のままだが、潤いの消えたそれに生気とよべるものはなかった。整えられた白金の髪は、しかし、無機質な顔と合わせてみれば、人工物であることを強調するばかりだった。

 肩、肘、手首も人間のそれではない。人形特有の球体関節となっていた。

 彼女は瞬く間に、少女から人形へ、生物から無機物へと変わってしまったのである。

 

 驚くべき変化を至近距離で目の当たりにして、カルムティルドは悲鳴を上げた。

 

「パ、パペティアーナ!? パペティアーナが人形になってしまった!?」

「いえ、最初から人形だったのです。『パペティアーナ、再起動』」


 落ち着き払ったリモーティアの声に、再びパペティアーナは変化した。

 ぶん、という低い音と共に、パペティアーナを燐光が包んだ。

 すると、硬質だった頬は丸みと柔らかさを取り戻し、腕は柔肌を取り戻した。球体関節は消え失せ、乙女の細腕となった。

 人形が再び少女と化したのである。

 

 驚愕に震えるカルムティルドに対し、にこりと柔らかな微笑みを向けた。

 それは彼が大好きだった、彼女のいつもの微笑みだった。そのことが何より彼を打ちのめした。

 カルムディルとは顔色を失い、へたり込んだ。絶望のあまり、顔を上げることもできなかった。

 

「これでおわかりになったかしら、カルムティルド様! あなたのお相手は人形! 真実の愛などどこにもありません! すべてはまやかし! 何もかもが幻だったのです!」

「そんな……そんな……!」

「さあ目を覚ましてくださいカルムティルド様!」


 絨毯の上にへたり込んだまま、カルムティルドはようやくその呼びかけに目を向けた。

 信じられないものを見るような目で、エクセーシアを見た。


「なんで……なんでこんなひどいことをするんですかああああっ!?」

「婚約者がいるというのに! 他の女に手を出すのがいけないのです!」


 カルムティルドの慟哭を、エクセーシアはにべもなく正論で斬り伏せた。

 あまりに救いのない真実の愛の終焉だった。

 その光景を見て、この舞台の仕掛け人の一人であるリモーティアは、胸を痛めていた。




 男爵令嬢リモーティアは、幼い頃よりずっと、人形を作る研究をしてきた。。

 この魔法学園に入ったのも人形の研究をより深く進めるためだ。優秀な能力と高い技術を有していた彼女は、特別待遇で迎え入れられた。ほとんどの授業を免除され、研究室にこもって研究に勤しむ権利を与えられた。

 

 恵まれた環境で彼女の技術は花開いた。そして一年足らずで魔導人形を一体、完成させた。独自の技術で構築されたその魔導人形は、並の者では人形と見抜けないほどの完成度に達していた。

 伯爵令嬢エクセーシアはそんな彼女に目をつけた。

 

 エクセーシアはリモーティアに相談を持ち掛けた。彼女の婚約者であるカルムティルドは浮気癖がある。このまま放置すれば、将来大変なことになってしまうかもしれない。

 そこでエクセーシアは策を思いついた。カルムティルドと人形を恋仲になるよう誘導したうえで、その恋をぶち壊す。そうすれば、カルムティルドも他の女に手を出すことは無くなるだろう。

 だからその優れた人形を使わせてほしい。そうエクセーシアは持ちかけてきたのだ。

 

 リモーティアとしては乗り気ではなかった。彼女は自分の造った人形を愛している。それを人を騙す道具に使うなど、本当ならやりたくなかった。

 だが、彼女は男爵令嬢だ。伯爵令嬢であるエクセーシアより数段下の身分である。強く出られれば抗うことなどできなかった。

 

 リモーティアは常に、今できる精一杯の、全力を心がけていた。やると決めたら躊躇わなかった。技術のすべてを尽くして、準備を整えた。

 

 そしてリモーティアの自信作、「半自律型魔導人形パペティアーナ」は、この春にこの学園に新入生として入学した。学校側には魔導人形の実験の一環ということで、どうにか許可を取り付けた。その完成度は素晴らしいもので、パペティアーナが人形であると疑う生徒はいなかった。


 エクセーシアの監修の元、パペティアーナの容姿、仕草、言葉遣いは、カルムティルドの好みに調整された。エクセーシアの手引きにより、彼と人形は無事に出会った。

 そしてカルムティルドはパペティアーナに夢中になった。パペティアーナの導入からわずか三か月で、今回の婚約破棄の舞台が出来上がったのである。

 

「でもまさか、あんな人のいっぱいいる場所で大々的にやるとは思いませんでした……」


 朝。いつものように研究室に向かう学園の廊下で、ふとリモーティアはつぶやいた。

 あの婚約破棄から一か月ほど過ぎた、ようやく学園で飛び交う噂も鎮まってきたころ、思い返してしまったのだ。

 

 婚約破棄に至るまでの日々。正直、とても充実していた。彼女は自分の造った魔導人形に自信があった。それでも長期間、学園の生徒として生活させるなんてことは初めてだ。まして男性と恋仲になるなど、およそ不可能とすら思える難事だった。

 

 でも、だからこそやりがいがあった。罪悪感を覚えながらも、リモーティアは全力でその技術を揮った。彼女は常に今できる精一杯の、全力を心がけていた。そこに妥協はなかった。あの三か月で数年に匹敵する技術の革新を為しえたような気がする。

 

 男女のおつきあいと言っても、休み時間にお話ししたり放課後にふたりっきりで過ごす程度だった。肉体的接触はほとんどなかった。

 アダルトな機能は未実装だったので、仮にカルムティルドが一線を越えるようになったら、その時点で終了とする予定だった。これはエクセーシアも納得済みのことだ。

 浮気性と聞いていたが、意外と清純なおつきあいだった。

 

 そこまではまあよかった。カルムティルドへの種明かし糾弾は、内々で行うものと考えていた。

 まさか夜会で暴露するとは思わなかった。

 エクセーシアによると、周りに知らしめて浮気の可能性を完全に断つのが狙いとのことだった。

 さすがに考え直すように進言したが、伯爵令嬢エクセーシアは頑なだった。男爵令嬢に過ぎないリモーティアでは止めることができなかった。

 

 そんなことに頭を悩ませつつ歩いていると、研究室の前に誰か立っているのに気がついた。

 小柄な男生徒。その整った顔の美少年は忘れるはずもない。公爵子息カルムティルドだった。

 

 リモーティアは戦慄した。まずい。研究室は学園の中では外れにある。偶然訪れたということはありえない。間違いなくリモーティアを待ち伏せていたのだろう。

 何のためか。それはもちろん、復讐するつもりに違いない。夜会と言う大勢の前で恥をかかされたのだ。その仕掛け人であるリモーティアを許すわけがない。


 逃げることを考えた。研究室の中にはリモーティアの愛する人形、パペティアーナが保管されている。パペティアーナを置いていくことなど、彼女にできることではなかった。

 悩み、動けないうちに、カルムティルドが近づいてきた。

 

「おはようございます、リモーティアさん」

「お、おはようございます」

「朝からすみません。あの……あなたにお願いがあるのです」

「な、なんでしょうか……?」

「実は……パペティアーナと、もう一度おつきあいさせて欲しいんです!」


 カルムティルドの必死さすら感じさせる真剣な声。あまりに予想外の提案に、リモーティアはメガネの下で、これ以上ないほど大きく目を見開いた。

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