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花鳥諷詠 アメツチの姫君

作者: 幸村侑樹

【登場人物】


朱櫻しゅおう 真菜まな

主人公。高校生。毎晩炎に焼かれる悪夢を見るようになってから怪奇現象にさいなまれている。

周囲から孤立しているが、現実を冷静に見つめる強さを持っており、探究心が旺盛。父が陶芸家の為、幼い頃から伝統や古のものを重んじている。サツマイモが好き。



群青ぐんじょう 龍士りゅうじ

「ひとりで行動しないように。そばから離れるな」

高校生。真菜の一学年上の幼馴染。剣道部主将。

堅物で冗談を言わない性格。親衛隊がいるほど女子に人気があるものの本人は自覚していない。孤立する真菜を気遣い、常にそばに寄り添う。

結構天然で本人も気づかない内に女子がどきっとする発言をしてしまっている。



水野みずの あきら

「ボクも味方だからね。いつも心は君と共にある」

真菜の通学路沿いにある花屋の店員。

常に微笑みを湛え、中性的な容姿で女性客から絶大な人気を誇る。孤立する真菜を気に掛けている。非常に穏やかな性格で声を荒げることすらない。博愛主義者で虫も殺さないの字の如く。害虫や雑草も大切に扱う。



黒﨑 北斗くろさき ほくと

「暑苦しいのは苦手だ・・・・・・お前の体温は心地いい」

高校生。真菜のクラスメートで隣の席。

無口でいつも寝ていて蛇皮を縫い付けた濡れ羽色の学ランを着ている。この出で立ちの為校内では浮いた存在だが、唯一真菜と会話するクラスメート。意外とマメで特技は家事全般。



胡渡こわたり 南海みなみ

「非科学的な事は信じなくてもいいんですよ~~~、でも人の心は奇跡といっても過言ではないでしょうね~~~」

社会科担当教諭。歴史のロマンと風水をこよなく愛する。他の教師陣が真菜を疎む中で唯一変わらずに彼女と接している。非科学的な事は一切信じない主義。好きなものは甘いものとパンダ。あだ名はにこにこメガネとみなみちゃん。



西名にしな 秋仁あきひと

「せんぱいすんげぇいい匂いするー!ずっとはなさねぇからっ」

高校生。真菜の後輩。琥太郎の双子の兄。

表情豊かな明るい性格で悪戯好き。自分と琥太郎を即座に見分ける真菜を慕っている。

泳ぎが特技水泳部のエース。好物は唐揚げで大食い記録を連覇している。ピーマンが大嫌い。



西名にしな 虎太郎こたろう

「あんまり子供扱いしないでくださいね。俺も男なんですから」

高校生。秋仁の双子の弟。

ドライでツンデレな性格。秋仁の行動に呆れているが逆らえず不本意ながら共犯にさせられている。走るのが速く、陸上部のエース。地獄耳で様々な情報を持っている。目上の人間を敬うのである意味秋仁より要領がいい。


(――――――なに?)

轟音と灼熱の風、むせかえる何かが燃えるような匂い。

目を開けるとすべて赤赤赤赤それ以上何も見えないくらい紅蓮の炎が轟々と渦巻いている。呆然と立ち尽くしていると燃え盛る炎越しに人の手らしきものが陽炎のように蠢き叫び声が聞こえた。炎熱地獄のようなありさまに恐ろしくなり耳を塞いで目をつぶり蹲った。焦熱で我に返り再び目を開けると私は業火に飲み込まれていた。無我夢中でもがいて叫ぶ。熱風で喉が焼け付き炎光に目が眩む。

ぐらり、暗転する世界。

その刹那、炎とは違う温かい熱を腕に感じた。うっすらとした視界に誰かの手が見えた気がした。目を凝らした瞬間私の身体は黄色い光に包まれてはじき出された。

――――――ガバッ!

その衝撃で飛び起きるといつもの私室の風景。真夏の熱帯夜から目覚めたように、汗でパジャマが皮膚にべったりと張り付いている。目覚まし時計の針を見ると遅刻が決定しそうな時刻をさしていた。

(またか)

もうこのままベッドで二度寝してしまおうか、そんな考えに身を任せ再び瞼が落ち始めたら携帯が鳴った。仕方なく出るものの、いつもこの時間にかけてくるのは一人しかいない。

「真菜、今何処だ」

「家のベッド」

「早々に登校するように」

「わかったってば龍士の過保護」

一学年上の幼馴染である龍士は剣道部の朝練終了後必ず私の携帯に連絡してくる。

(私が登校しない方が龍士にとってもいいんだと思うんだけどな)

気が進まないが休んだら休んだであの幼馴染は看病に押しかけて来るに決まってる。

幼馴染というよりおかあさんみたいだ。


シャワーを浴び制服に着替え手早く朝食を済ませ鞄を手に家を出た。

両親は只今海外出張中で私は留守を預かっている。

雲一つない快晴だけど気分は鉛を抱えているかのように重苦しい。焦る気持ちと億劫な気持ち両極端な気持ちが同居して足取りが定まらない。

(東ビルまだ解体終わらないんだ)

進行方向に見えてくるシートに覆われた摩天楼。

街の真東に位置する東ビルは昨年老朽化による解体が決定したがなかなか着工せず今年に入って漸く足場が組まれた。正確な状態は分からないものの最上階部分は形を変え始めているようだった。

「おはよう真菜ちゃん」

今日の天気にぴったりの空気のような軽い明るい声。振り向くと通学路沿いの花屋でバイト中の水野さんがオールドローズの鉢を手に立っていた。中性的な容姿に可憐な花がとても絵になる。

「わぁっ咲いたんですね」

甘い香りに心が華やぎ思わず身を乗り出す。

「後で切り花にして分けてあげるよ」

「ありがとうございますっ!」

「学校でいろいろ辛いと思うけど僕も真菜ちゃんの味方だから」

「・・・・・・ありがとうございます」

核心を突かれて痛いような解されるような気持になる。水野さんはふわっとした口調なのにスッと心に入り込んでくるところがある。彼がどことなく龍士に似ているせいだろうか。浮足立っていると今度は遅刻という現実に引き戻す着信音。

「油を売ってないで早々に登校するように」堅苦しいメール文が表示された。

「相変わらず仲良しだね」

「水野さん、何度も言ってますけど龍士はただの幼馴染ですよ」

「わかってるよもちろん」

本当にわかっているのかわからない水野さんに行ってきますと言って走り出した。


全力疾走したつもりだったけど正門をくぐったところで無情にも予鈴が鳴った。

昇降口に駆け込むと同時に険しい顔の幼馴染が目に入る。既に制服に着替え終わっていてさっきまで竹刀を振っていたとは思えない清閑な佇まいだ。

「まだ例の夢を見ているのか」

「うん毎朝汗ぐっしょり」

話しつつ下駄箱を開けると案の定「学校くるな」「呪われ少女」などと書かれた紙が押し込まれていた。ぐしゃりと音を立て龍士が紙を下駄箱から掴み出し近くのゴミ箱に破り捨てた。龍士の眉間に皺が刻まれていく。

「べつに平気だよっ気にしてないし」

明るく言ってみるが龍士の眉間の皺はさらに深くなった。

「真菜、放課後は部活が終わるまで待っているように。昨日みたいに一人で帰宅するな」

「いや私ひとりでいる方が安全だって一緒にいたら龍士が」

バシャンッ!

突然天井から水が降ってきた。龍士は咄嗟に私を庇った為もろに水を被ってしまった。

「大丈夫っ?」

言ったそばからこれだ。真夏じゃあるまいしこのままでは風邪をひいてしまう。鞄からハンカチを取り出し龍士の髪を拭く。

「いい、タオルがある」

髪を拭く私の手を龍士の左手が遮る。左手に巻かれた包帯に心がチリチリ痛んだ。

「私のせいでこうなるんだから、せめてこれくらいは」

「真菜のせいじゃない」

どこまでも過保護な幼馴染はどこまでも優しい。

「ちょっと!今の見た!?」

「うえぇ~マジだったのかよ1組の呪われ少女の噂!」

心が優しい体温を持ち始めたところで廊下から野次馬めいた声が飛んできた。今の現象を目撃した生徒の声が玄関に異様に響いた。あの悪夢にうなされるようになってから私の周りで不可解な現象が起こるようになった。今みたいに天井から水が降ってきたり大きな音がしたり物が落ちてきたり、所謂怪奇現象。私のそばにいることでいつ自分も怪奇現象に見舞われるか分からない、そんなロシアンルーレット状態が周囲の恐怖心と好奇心を余計に煽っているようだ。

幼馴染の龍士は心配していつもそばにいてくれるけれど、その為に一番彼が被害に遭っている。「怖~」「近づくと呪われる」とからかい半分の言葉で去って行く生徒の背中を見つめる。自分の意志とは関係なしに起こるこの為になす術もない。お祓いに行ったりもしたけれど出来るのはなるべくひとりでいることだけだ。

「部活が終わったら連絡する」

「・・・・・・」

そう言う彼の左手の包帯をじっと見つめる。昨日は東ビルそばの商店街で夕飯の買い物をする為龍士からのメールを無視して一人で帰った。言えば部活を中止にしてでもついて来そうだったからだ。学校以外では何もないし、ひとりでいる方が気楽だから。でも買い物途中龍士に電話で怒られ店頭で落ち合う事になった。ここでまた無視したら二度手間をかけさせてしまう素直に従い龍士が来るのを待っていた。でも私は後悔した。龍士が店先に辿り着いた瞬間―――。

ガシャアンッ

何かが割れる音。店の棚に飾られていた大きな花瓶が落ちてきた。寸前に私は龍士の腕に抱えられ無傷で済んだけれど龍士は割れた花瓶の破片で手を切ってしまった。その時目に入った龍士の左手を伝う赤い筋が脳裏に焼き付いて離れなかった。

「この事なら気にしなくていい、大した事はない」

「よくないよ、これよりもっとひどい怪我したら」

今まで学校以外では何も起こらなかったのに。思い出された恐怖と相まって涙腺が緩み思わず龍士から視線をそらす。


「運動音痴のお前と一緒にしないように」

龍士に頭を撫でられる昔からよく知っている手のぬくもり。安心する気持ちと正直私もそれ相応の年なのだから男の子に頭を撫でられるのは恥ずかしいという気持ちが湧く。

「失礼な」

緩む涙腺と比例して頬も少しだけ緩む。過保護な幼馴染はどこまでも優しくてお人好しだ。

「おふたりさ~ん仲睦まじいのは美しき事ですが予鈴ですよ~~~」

独特の長い語尾の声。胡渡先生が資料を片手に立っていた。

「群青くん可愛い彼女が心配なのはお察ししますが」

「ただの幼馴染です、では」

胡渡先生に会釈をして龍士は自分のクラスに戻って行った。

「朱櫻さん教室までご一緒しましょう」

出来れば遠慮したいが一時限目は胡渡先生担当の歴史。なるべく一定の距離を保ち廊下を歩いた。私が廊下を歩き始めると今度はラップ音が景気よく鳴り響いた。既に授業が始まっている各教室から冷たい視線を一斉に浴びる。中には私が教室の前を通る事で危険が降りかかるのではと机に突っ伏して頭を抱え込む生徒までいる。見慣れた光景だが胸の奥が痛くなる。

「みなさん非科学的ですね~~~」

メガネのブリッジを押し上げながら胡渡先生が情況とは不釣り合いな声音で言葉を口にする。

「科学で証明出来ない事は信じなければいいんですよ。恐れも一種の信仰です、恐れるという事は何かしらそこに執着があるからです。こんな事フツーはあり得ない、その思い込みが恐怖となるんです。ですから朱櫻さん、今身の回りで起きている事をご自分が原因だと思う必要はないんですよ~~~」

分かるような分からないような胡渡先生の持論。けれど気持ちは楽になる。

怪奇現象が起こるようになってから生徒たちだけでなく先生たちも私に近づかなくなった。けれど胡渡先生だけは今まで通りに接してくれている。


ガラリと教室の前と後ろのドアを開けて私は後ろのドアから入った。クラスメートたちはひとりたりとも反応しない。最初は偶然という言葉で不安を包んでいたクラスメートたちも、それが包みきれなくなると私に近づかなくなった。この手の話はすぐに広まる。全校生徒が私を遠ざけるようになった。


「ハ~イみなさんおはようございま~す今日は郷土の歴史についてですよ~~~」

テンション十割増しの胡渡先生の声が教室中に響く。焦りながら教科書を机に出した。

(・・・・・・あ)

机の端にチョークの粉が付いている今日もまた落書きがされていたみたいだ。内容は下駄箱に入れられていた紙と同じだろう、跡形も無く消されているけど。隣で机に頭を突っ伏して授業を聞こうとするカケラもない黒服の男子に話しかける。

「黒﨑くん、袖真っ白だよ」

「んー・・・・・・おまえ、また遅刻かよ」

「自慢の一張羅汚しちゃってごめんね」

ふあぁと欠伸をして黒崎くんは椅子の背に凭れ掛って寝始めてしまった。濡れ羽色の学ランに蛇皮の装飾が艶かしい光を放っている。無口でこの出で立ちなので校内では有名人。コワいと噂されているけど私にとっては唯一ふつうに会話してくれるクラスメートだ。教室内でもラップ音は鳴りやまず今は黒﨑くんの頭上でガンガン鳴っている。ヒソヒソと話したり私に嫌悪の眼差しを向けるクラスメートもいる中で隣の彼は気にも留めず気持ちよさそうにくーくー寝息を立てている。


「かつてこの地域には平安京・江戸と同じく四神相応の黄鸝が奠都されていました。四神相応とは風水では最高の吉相といわれる、東に豊かな流れの河、西に大きな道、南に広大な平野・海、北に巨大な山のある地形の事です。清流河、白蓮大路、紅池、亀甲山がそれにあたいします。因みに豊臣秀吉は四神相応を守らなかった為三日天下に終わったといわれていますね~~~」

(うわ、胡渡先生キラキラしてる)

胡渡先生は風水が趣味で多くの流派を研究している。非科学的な事は信じないが風水は自然科学であり数学理論と同じだと言っていた。教室の後方から発せられる騒音などお構いなしに授業を続行している。

「黄鸝の各方位には四神獣を守護神とする大名屋敷があり中央の藩主の城に仕えていました。長きに渡り藩主一族は都を治め繁栄させて来ましたが、あるとき急な大火事により落城したといわれています。原因は四神相応の結界が破られたから、ともいわれています」

四神相応の結界とは、と胡渡先生は黒板に東・西・南・北の文字をそれぞれダイヤ形の各頂点に位置するように書き文字同士を線で結んだ。

「このように四方同士が結ばれている状態、これが結界です。各方位は応龍・白虎・鳳凰・霊亀の四神獣によって守られています」

そう言うと先生は東の文字を黒板消しで消し去った。

「こうなると結界を結べなくなり悪しきものが流れ込んで来るというわけです。現在城跡と大名屋敷跡には石碑が建てられ四神相応の地形も白蓮大路と亀甲山しか残っていませんが、大名屋敷跡に建てられた東ビルを含む各方位を司る色に塗られた建造物によってこの街の四神相応が成り立っています。横浜中華街と同じ原理ですね~~~」


ふと教室の窓から見えるシートに覆われた一際高いビル。昔と今では四神相応もだいぶ事情が違うらしい。オリジナル版とリメイク版みたいな感じだなぁと思った。灯台下暗しとはよくいうけれどいつもいる場所にこんな秘話が眠っていたなんて少し感激してしまう。

「ですがここまでお話しした通り四神相応は一つでも欠けると成り立ちません。今現在応龍の相である東ビルが解体中の為この地の四神相応は崩れているといっても過言ではないでしょうね~~~」

それまで胡渡先生の風水談義を興味津々で聞いていたがイキナリの爆弾発言にうろたえる。

だって私があの夢を見始めたのも東ビルの解体が始まってからだ。

「みなみちゃーんじゃあこの辺とか火の海になっちゃうのー?」

クラスメートが面白半分に質問する。

「そんなスペクタクルな現象は起きませんよ~、ただし解体現場は危険ですから良い子のみなさんは真っ直ぐお家へお帰りくださいね~~~」

笑うクラスメートたちとは反対に私は心がざわついていた。

授業終了後私は胡渡先生に詰め寄った。未だにラップ音は鳴り続け今は胡渡先生の頭上で鳴っている。クラスメートの視線が突き刺さる。

「せんせいっ、さっきのこの街の四神相応が崩れているって話―――」

「ああ~少し脅かしすぎましたか~~~すみません風水の話になるとついつい」

あっけらかんとした答えが返ってくる。

「でも、そのために昔あったお城は大火事になったんですよね」

「あくまで伝説ですからね~~~個人的には一因だと思いますが」

「じゃあ」

「東ビルの解体中で四神相応の結界が崩れているとは言っても一時的なものですから。再建されれば元に戻りますよ~~~」

「そうなんですか?」

「朱櫻さん、恐らくあなたのお考えになっている事とは違うと思いますよ。風水は自然科学であり数学的理論ですからね~~~」

先生は私の考えを見抜いているようだ。深刻にならなくても大丈夫ですからね~と言われるがまだもやもやする。すると一冊の本を渡された。

「どうしても気になるのでしたらこれを読んでみてくださいね~~~」


昼休み。私は中庭にある大木の下のサークルベンチに座り胡渡先生に渡された本を読んでいた。かなり古い本らしくあちこちが黄ばんだり色褪せたりしている。紅 雀という人が書いた本で授業に出てきた都の歴史と四神相応の詳細が載っている。

『四方の大名家は四神獣家と呼ばれ、かつて清流河沿いにあった応龍を守護神とする雷家は四神獣家の長であり藩主の黄家とは密接な関係にあったという。それ故か黄家滅亡の切欠を作ったともいわれている―――。』

(また東)

偶然だろうけどやたらと一致する点があるように思える。考え過ぎだよねと自分に言い聞かせていると腰のあたりに何かがしがみついてきた。

「朱櫻せんぱーい!」

「わあぁっ!」

見ると満面の笑みを浮かべる後輩の顔があった。

「秋仁くん、また琥太郎くんのふりしているの」

此方に平然と歩いて来る私にしがみついた男の子とそっくりなもう一人の後輩に声を掛ける。

「だから言っただろアキヒト。シュオウ先輩には通用しないって」

不服そうな声で私に抱き付いていた琥太郎くんが赤面しながら離れる。すみませんという声が聞こえた。

「ちぇー、せっかく油性マジックで黒子まで描いたのにさぁ」

たった一秒前まで能面みたいな顔を作っていた秋仁くんがいつもの百面相に戻ってその場に座り込んだ。

「秋仁くん、琥太郎くんはそんなに仏頂面じゃないよ」

「エエ―!?コイツいっつもサイボーグ面してんじゃんっ!」

「アキヒト、先輩には敬語使いなよ」

並ぶと鏡に映したようなふたり。殆どの人は見分けがつかないらしく今みたいによく入れ替わって驚かしている。私には秋仁くんは秋仁くん、琥太郎くんは琥太郎くんにしか見えないけれど。

「くっそぉ~琥太郎てめぇもっと笑え!」

「アキヒトうるさい」

秋仁くんに胸ぐらを掴まれ揺さぶられても当の琥太郎くんはいつものドライな反応。ふたりとも可愛い後輩である。だからこそ遠ざけておきたい。


「雨?」


空から何か降ってきた。

雹がばらばらと石つぶてのように降り注ぐ。空は朝と同じ快晴なのに私たち3人のいる中庭にだけ落ちてきている。

「櫻せんぱいこんなのヘーキだって!」

「天気雨と同じですよ」

ふたりは制服のジャケットを頭に被って笑う。対照的なふたりだけど太陽のような雰囲気は共通するところがある。その明るさに救われたことも多い。

「うへぇ~おれ無理かも」

「かもじゃなくて無理だろ」

私の手元にある本を覗き込むふたり。秋仁くんは大嫌いなピーマンを目の前にしたときの顔をしている。私は今日の授業の事を話した。

「あ~そーいや東ビルってやべぇ噂あるじゃん」

「ああ、確か無人解体」

「無人解体?」

不気味な単語が琥太郎くんの口から発せられる。

「ここ数か月、前日にまだ解体していなかった部分が翌日には崩れ落ちているんだそうです」

「ボロいから崩れただけなんじゃん」

「崩れ落ちた部分は鋭利な刃物で切断されたような跡があったそうです」

秋仁くんの発言を遮るように琥太郎くんは話を進める。

「解体作業中もケガ人が続出していてこのまま続行するかどうか揉めているらしいですよ」

琥太郎君の地獄耳にはいつも感心させられる。やっぱり四神相応の結界が崩れている影響なのだろうか。

「あと着工が遅くなったのも昔あった清流河の祟りじゃないかって噂もあります」


祟り――――――。


完全なるオカルト現象だけど東ビルは清流河沿いにあった大名家跡地に建てられた。清流河は何十年も前に埋め立てられてしまっているし、祟りとか噂が立つのも無理ないかもしれない。そういう類ではありそうな話だ。

「あのにこにこメガネ胡散臭いんだよなー。ふーすいとオカルト、なぁにがちがうってんだよー」

「アキヒト、風水は自然科学だよ。科学で証明出来てないのは一緒だけど」

邪魔者は退散しま~すとふたりは走り去って行った。入れ替わりに龍士がこっちに歩いて来る。

「もう、私はだいじょうぶだってば」

先ほどからの雹は龍士にも容赦なく降り注いだ。

「真菜、あまりひとりで行動しないように」

「いっしょにいない方がいいってば私一人ならなにもないんだから」

バキバキバキッ!

背後から嫌な音が聞こえたと思った瞬間、私は龍士の腕の中にいた。音のした方を見るとたった今私の座っていたベンチに大木が倒れていた。真ん中から無残に折れている。これまでに得た情報と重なり余計に恐ろしくなる。

(やっぱり祟り?)

小さい頃はよく東ビルの屋上遊園地で遊んでいたけれどもう7年くらい行ってない。そもそも私自身東ビルとは何の関わりもない。

「・・・・・・ほらっ、やっぱりわたしとはいない方がいいよ」

たくましい腕の中から主張した。身長差で顔に届かないため必死に身を乗り出す。


「俺は何があっても真菜から離れない」


真剣に言われドキッとした。龍士とは付き合いが長い。彼が冗談を言わない堅物なのは私が一番よく知っている。商店街での花瓶の一件もそうだけど軽くはない私の身体をいとも簡単に持ち上げてしまうことに男の人なんだと意識せざるを得ない。

「じゃあ真っ直ぐウチ帰るから!それならいいでしょっ どの道みんなさっさと帰れって感じだから」

「――――――わかった、帰宅したら連絡するように」

「はーい」

煩悩を滅するようにまくしたて彼の望む偽りの返事をした。

心配してくれるのはありがたいがなるべく一緒にはいたくない。一番被害を被っているのは龍士だ。元凶であるわたしは一切被害に遭っていない。これ以上幼馴染を巻き込みたくなかった。

放課後授業終了のチャイムでわたしは学校を飛び出した。クラスメートは掃除当番をアッサリ代わってくれた。怪奇現象と天秤にかけたら言わずもがなの結果だろう。

花屋の前に差し掛かり何気なく店内を見やるが水野さんは配達中らしい。

家に着き帰宅完了メールを龍士に送信。時が来るのを待った。


空がオレンジ色と青色のグラデーションを描き始める頃私は敵陣に乗り込む武士のような気持で東ビルへと向かった。考え過ぎかもしれないが今日胡渡先生が授業で言っていた事、借りた本に書かれていた事、東ビルの噂。私の身の回りで起きる不可解な現象と関係が無いとは言い切れない。怪奇現象が起こるようになったのはあの悪夢を見始めてから、東ビルの解体工事が始まってからだった。このまま訳の分からない状態にずっと振り回されるのはごめんだ。そんな歯痒さから早く解放されたい何か手がかりをつかみたい、その一心だった。

工事が始まってから初めてそばでまじまじと見上げた33階建ての東ビルは圧迫感たっぷりにそびえていた。暗くなってきているので人通りは殆どなく気味が悪い。当然建物の周りを歩き回ってみても入れるようなところはない。

(無駄足だったかも)

いや何かあっても困るけれど。

収穫はなかったけど思った通りに行動したことで少し気が晴れた。龍士怒っているよね、そう思い踵を返したときだった。突如竜巻のような突風が巻き起こり私の身体を宙に放り投げた。無重力に翻弄されながら私の身体は下へと叩きつけられた。ドンっと身体に大きな衝撃が走る。やっと立ち上がり周囲を見回すが真っ暗で何も見えない。ひゅううと上の方から風が吹き下ろされてくる。見上げるとすごく遠くに真っ暗な夜の空が四角いフレームから覗く。東ビルの中らしいどうしよう出口を探さなければ、ふらふらとあてもなく歩き始めたとき脚に激痛が走った。

「――――――ッ!?」

何か固いもので殴打されたような感触。その場に倒れこみ脚をおさえる。

カラン、という音が耳に入って来た。次の瞬間私は自分の目を疑った。

鉄パイプがひとりでに立ってこちらへ近づいてくる目を凝らすと一本二本ではない。

恐らく工事現場に置いてあるもの全部ではないかという数。操り人形のような不気味さをたたえている。脚をおさえながらずりずりと座り込んだ体勢で動くが鉄パイプたちは容赦なく距離を詰めてくる。今度襲われたらただでは済まない。ダメージを最小限に抑える方法はないか考えようとしても鉄パイプに襲われるという非現実的なこの状況と脚の痛みで混乱して何も出てこない。無意味な葛藤も虚しく無機質な軍勢は標的目掛けて襲い掛かってきた。反射的に目をぎゅうっとつぶる。瞬間強い力に身体を覆われ背中に地面を感じ、鈍い音を全身に受けた。

目を開けると蒼い髪に赤い色。

「龍士ッ!」

自分の身体に覆い被さる彼の頭から血潮が幾重にも。

「りゅうじッ!りゅうじッ!」

頭が真っ白になりただ彼の名を叫ぶ。

「・・・・・・また、ひ、とり で・・・・・・」

弱弱しくも私をたしなめる彼の声。

「は、や・・・・・・く に、げ・・・・・・っまた、君を・・・・・・」

「え?」

彼の口から耳慣れない言葉が出る。狙いを外しばらけた鉄パイプが魚の大群のように螺旋状に宙を旋回する。現実とは思えない光景。鉄パイプの大群は私たち目掛けて再び襲い来る。

「――――――ッ!」

龍士の頭を両腕で抱え目をつぶる。

カランカランカラン――――――。

無機質な音が空間に響き渡る。

まるでプツリと魔術が解けたかのように動いていた鉄パイプが一瞬間で地面に散らばる。その音が嫌に不気味に聞こえた。冷や汗が体中を這い浅く速い呼吸を繰り替えす。どくどくと心臓が凄まじく鳴っていた。

「真菜ちゃんっ!」

その直後水野さんが血相を変えて走ってきた。


「・・・・・・水野さん?」

「っ!群青くん! 救急車を呼ぶから!」

水野さんは状況を把握すると携帯で救急車を呼ぶ。両手で龍士の頭の傷を抑えても出血は止まらず後から後から溢れ出てくる。手と服が鮮血に染まっていくのを見つめながら自分の軽率な行動に痛みがこだましていた。


私の怪我は軽傷だった。骨にヒビが入っていたようでしばらく通院する事になった。

「車玄関につけてきたから」

病院のロビーから水野さんに車椅子を押され車に向かう。

「ご両親に連絡はしたけれど此方にはすぐに来られないそうで」

「だと思います海外ですし」

心配はしてくれているのだとは思うが海外ではおいそれとは駆けつけられないだろう。


さっきのあれは一体なんだったのだろうか。これまでは自然現象のように発生したという印象だった。でもさっきのは無機質な鉄パイプがまるで意志を持っているかのように襲い掛かってきた。走馬灯となって先刻の出来事が頭の中で再生され思わず自分を抱きしめる。数えきれないくらい怪奇現象には遭遇してきたけれど私自身に被害はなく私のそばにいた人が被害に合っていた。

でもさっきのは明らかに私を狙っていた。やっぱり今までの現象もすべて私が狙いだったのだろうか。龍士に迷惑を掛けたくなくてひとりで行ったのにそのちっぽけなエゴのせいで彼にひどい怪我を負わせてしまった。彼は今もベッドの上で眠っている。私が狙いなら私だけに矛先を向ければいいのに無関係の人間を巻き込まないで欲しい。得体の知れない大きな力が動いているとしか思えない、四神相応の結界が崩れているから?これも清流河の祟りなの?ぐちゃぐちゃとたくさんの思考が一気に頭の中で混ざっていく。


「・・・・・・うっ」


嗚咽が漏れる。頭がいっぱいで何を考えているのかさえ分からなくなった。めいっぱいの感情が行き場を失くして一気に溢れ出る。自分の不甲斐無さにうつむいて溢れるものにただ流されるしかできない。手で顔を覆うとまだ彼の血の匂いと感触が残っていて余計に涙を後押しした。

ふわ、と髪をやさしく包む感触がして顔を上げる。涙で滲んで輪郭はぼやけていたけど水野さんの顔が目の前にあった。甘い香りが鼻孔に広がるのを感じた。

「約束通りオールドローズだよ」

水野さんが私の手に花を握らせそのまま私の手を温かい手で包んだ。

「真菜ちゃんが無事でよかったって群青くんも思っているよ。」

泣き止んだ子供の様に花を見つめる。涙でずれたピント越しに咲き誇る花は今朝と同じ優しい香りを放っていた。


暗くなった夜道を車が滑るように走って行く。オールドローズを手にぼんやりと暗闇にまばらに灯る街の明かりを見ていた。水野さんが来てくれなかったらふたりとも、嫌な現実感に身震いした。なんだか怠い緊張が緩んだせいかどっと倦怠感が身体を侵蝕していく。


今になって思えばこのとき隣でハンドルを握るそのひとを何故不自然だと思わなかったのか。今日起こった説明のつかない異様な事態を飲み込もうとするのに必死だった私には気付く余裕すらなかった。



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