7.ストーンゴーレム
古代文明の技術で作られた魔法で動く機械人形。
そんなモノがこんな場所にいて、言葉が通じることに驚いた。
「古代の人と、言葉が同じってことなのかな。
いくら魔素の振動で思考が伝わると言われても、ピンとこないな」
「そりゃ、振動の帯域が同じなのニャ」
「でも、さっきヤマネコさんと会話した内容は、リンプーに伝わってなかったよな」
「アタイには、魔法使いさんほどの帯域幅は無いニャ。
あんな下等動物とは、コミュニケーションできないニャ」
リンプーは、皮肉めいた物言いをする。
「同じねこ族じゃないか。
おやつを取られたから、下等動物扱いか。
でも同じねこ族なのに、帯域が違えば話の内容は伝わらない。
そうか、考える時に帯域を意識すれば、リンプーに考えを読まれる心配が無くなるのか」
「くっそー、バレちまったか」
「リンプー、もしかしてニャー、ニャー言っているのって、可愛いと思わせるためなのか?」
「な、何のことかニャー?」
向こうを向いて、鳴らない口笛を吹いている。
おっ、こいつ焦ってるな。
心は読めなくても、めっちゃ分かりやすい。
「お前、食い物のこととか、とっさの時にはニャーとか言わないじゃん」
「あ、アハハハハ、それは、ご主人の勘違いニャー。
アタイは、いつでもニャー言葉ニャよ」
俺は、疑惑の目でリンプーをジッと見る。
「そ、そんなジト目で見られたら困るニャー。
あ、そうだ。奥の扉の向こうも調べてみるニャー」
それを聞いて、オートマタのスージーが歩き始める。
「新マスターのご命令は、奥の扉の向こう側の調査ですね」
「おっ、手伝ってくれるかニャン?」
「ハッ、仰せのままに」
この機械人形は、リンプーの命令に従うみたいだ。
マスターの権限を手放すんじゃ無かったかなと、ほんの少しだけ後悔した。
ただ、確かに気になる。
この倉庫のような建物の大きさに対して、廊下からの扉は2つ。
一つ目の部屋が、小さすぎる。
一体この建物は何なのだろう。
考えながら、廊下を進み段差を見下ろす。
廊下のこの大きな段差。
幅というか長さというか、10メートル以上あるだろう。
深さも、3メートルはある。
どうして、廊下にこんな段差を付ける必要がある?
考えながら、俺たちは梯子を使って溝の底に降りる。
溝の底も、普通に石のブロックが敷き詰めてあり、特に変わった所は無い。
ただ、入った所の廊下と違って、苔が生えている。
高さが低いと、地下水に近付いて湿気が多いのかな。
「ここを登れば、すぐにあの扉ニャン」
軽快に梯子を登っていくリンプーに続いて、俺も登っていく。
この溝を超えるのに、そこそこの時間を取られた。
あの溝は、障害物か?
まさか、あの扉を開けた途端生命力を吸収するような怪物が現れて、この段差のせいでうまく逃げられないようにしてあるとか?
「リンプー、ちょっと待て。
扉を開けたら、危ないかも知れないぞ」
「もう遅いニャー。
開っけちゃったニャー」
リンプーが、リズミカルに声を上げながら扉をバーンと開けた。
(声をかけた時は、まだ開けてなかっただろ)
と思ったが、声には出さなかった。
いつの間にか、スージーは俺たちの横にいる。
こいつは、梯子を使っていなかった。
溝に飛び降りて、ジャンプして登ってきたのだろうか。
扉の向こうは、乾ドックだった。
一段低くなったところに、大きな木製の帆船が一隻、船台の上に乗っかっている。
この船は、ここで建造されたみたいだ。
木材の切れ端なんかが落ちていて、この船が一度も出航していないことが分かる。
完成は、しているのかな?
低くなった場所に水を張れば、船は浮かんで移動できる。
廊下の溝は、この船の通り道だったんだろう。
「こんな陸地に、これほどの大きな船を格納して、どういうことなんだろう。
海までには、ちょっと距離があると思うんだがな」
「昔はこの辺まで海だったのかも知れないニャ」
「こんな立派な帆船だから、作られたのは、そんな昔では無いんじゃないか?
この施設の木も、そんなに古く無いぞ」
俺は手すりをコンコンと叩いてみた。
俺は、木が百年経ったらどうなるかとか、知らないけどな。
ズーン、ズーン
どこに隠れていたんだろう。
部屋の奥から、石で出来た巨人が、赤い目を光らせながら歩いてくる。
「ストーンゴーレムだニャ。
すごい魔力を感じるニャ。
危ないから、すぐ逃げるんだニャー」
「了解いたしました。マスター」
スージーは、音もなくスーッと逃げて行く。
「えっ? 今の命令なの?」
俺の質問には答えずに、リンプーがダッシュしてスージーの後に続く。
ちょっと待ってくれ! 俺だけ走るの遅い。
ズーン、ズーン
ストーンゴーレムの動きは鈍いが、歩幅がデカい。
俺は、必死の速度で走っているんだが……
あっという間に俺の背後に近付く。
ブーン
横殴りのパンチで攻撃してきた。
躓いて転んだおかげで当たらなかったが、当たってたら一撃死だったな。
スージーもリンプーも、梯子を使わずに溝に飛び降りている。
「トモヤー、飛び降りてくるニャ!」
「ヒエッ」
飛び降りる前提で見下ろすと、結構高い。
人間が飛び降りたら、タダでは済まない高さなんですけど。
でも梯子のある所まで横移動したら、追いつかれて、また攻撃される。
迷っていると、リンプーがまた叫ぶ。
「大丈夫ニャ。
アタイを信じるニャ。
ちゃんと受け止めてやるニャ」
ここは、信じて飛び降りるしかない。
「タアーッ」
ポフッ
クッションのように上手に受け止めてくれた。
「ありがとうリンプー、助かったよ」
「どういたしましてニャ」
ゴーレムは、溝の上からこっちをのぞき込んでいるが、降りては来ない様子だ。
こうなってみると、本当にこの溝は深いことが分かる。
この隙に反対側の梯子を登っていくと、すでにスージーが待っていた。
溝をはさんで向こう側から、ゴーレムが赤い目を光らせて、こちらを凝視している。
俺は、(帯域、帯域)と考えて、ゴーレムとのコンタクトを図る。
だが、何も頭に流れ込んでこない。
ゴーレムは、何も考えていないのだろうか?
同じように、スージーの方にもコンタクトを図ってみたが、結果は同じだった。
まあ、スージーは言葉が通じるから良いんだけど。
『ダメニャ、アタイの心を読んだら、許さないニャよ』
リンプーの方は、ガードされた。




