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4.名前のない怪物

 俺は、念願の異世界に来た。

 そして、俺は今魔法使いだ。

 まず、魔法の確認からだ。


 俺は、呪文を唱えてみる。

「火炎魔法、ファイアボール!」


 右手を前に出して、もう一度唱えてみる。

「火炎魔法、ファイアボール!」


 両手を胸の前に持って来て、カメハメ波のポーズで唱えてみる。

「火炎魔法っ、ファイアーボールッ!」


「何をしているニャ?」

 リンプーが、不思議そうな顔で聞いてくる。


「いや、何でもない」

 どうやら、俺が思うような魔法は使えないらしい。




 とりあえず、朝飯にしよう。


 俺は、濡れたリュックサックから、カップラーメンを取り出した。

 フィルムで包装されているから一応防水なんだろうけど、一晩海水に漬かっていたことを考えると、こういった食べ物は早い目に処理しておこうと思った。


 ねこみみ少女は、ねこなのか人間なのかよく分からない。

 確認しておいた方が、良さそうだ。

「一応、人間の食べ物の他に、キャットフードも買っておいたけど、どっちを食べる?」


「キャットフードって、具体的に何だ?」

 この世界に来てから、初めてリンプーのマジ顔を見た気がする。


「食い物の話になると、ニャーとか言わないのな。

 缶詰とチューブ入りおやつだよ」


「それでは、人間の食べ物とチューブ入りおやつをいただこう」


「欲張りだな」

 そう言うと俺は、カップラーメンを2個砂の上に並べて、フタを半分くらい開けた。


「それは、お湯をかけて3分ってやつだろ。

 ここには、お湯は無いはずだニャ」


「フッフッフ

 リンプー君、不勉強だね。

 カップラーメンは、水でも作れるんだぜ」

 そう言って、ペットボトルの水を入れる。


 時計が無い、というか時間の流れが同じなのかどうか分からないが、1時間くらい経ったところで、俺はラーメンのフタをはがした。

 実はキッチンタイマーを百円ショップで買ってきていたのだが、海水に漬かってダメになっていた。




 一口食べる。腹が減っているからだろうか。

「う、うまい。五臓六腑ごぞうろっぷにしみわたる」


「あ、アタイにも、よこすニャ」


 二人で砂浜にあった岩に腰掛けて、並んでカップラーメンをすする。

 しばらく、無言でラーメンをすする音だけが響く。

 せっかく可愛いねこみみ少女と二人きりだが、ムードもクソも無い。




「食べ終わったニャ。

 ハアー、美味かったのニャー。

 さっき言ってた、チューブ入りおやつを出せ!」


「えっ? 覚えていたのか。

 ラーメン食ったんだから、もう良いだろ」


「おやつは別腹。

 いいから、早く出せ!」

 リンプーが、マジ顔になる。


 俺は、異世界では食べ物に苦労すると考えて、荷物の半分以上は俺とリンプーの食べ物を買っていた。

 とは言えチューブ入りおやつは、そんなにたくさん買っていない。


「節約して食べないと、無くなっちゃうぞ」


「ご主人が、スルメとかも買っているのをチェック済み。

 いざとなれば、それをもらう」


「仕方ないなあ。

 あ、それと俺が買ったのは、『スル』メじゃ無くて『アタリ』メな。

 異世界に行くなんて超ギャンブルなんだから、すっちまったら嫌だろ。

 だから、当たりを選んだんだ」


「そんな、下らないウンチク話は聞いていないから」


 勢いに押されて仕方なく、リュックサックの中をまさぐる。

 本当に貴重なリュックサックのスペースを使って、持って来てやったのにな。


「それは、感謝している。

 でも、さっさと出せ」


「ちょ、ちょっと待て。

 リンプー、お前俺の心が読めるのか?」

 俺の手に持ったチューブを、パシッと奪われる。


「大賢者ニャンだから、当たり前のはずだけど。

 マグロ海鮮ミックスー、楽しみにしていたやつー

 ンフフー」


 嬉しそうなリンプーが、体を左右に振りながらチューブのフタをねじって開ける。

 さっきおはしを使ってラーメンを食べてた時も思ったが、完全に人間の手だな。

 獣人ぽいのは、ねこみみだけか。




 砂浜の横の茂みから、ヤマネコのような顔がこちらを見ている。


 チューブ入りおやつの匂いに引き寄せられたか?

 この手のおやつって、ねこを惹きつける成分が入っているらしいからな。


 ヤマネコはジャンプして、俺たちの前に着地した。

「ガルルルー」

 威嚇いかくしてくる。

 姿はヤマネコだが、デカい。


 地球では、トラとかライオンの大きさだ。

 異世界のモンスターというやつだな。


 何故だろう。

 『吾輩は猫の怪物である。名前はまだない』

 とか思い浮かんでしまった。

 命の危機なのにな。




「マグロ海鮮ミックスは、渡さないニャ。

 フーッ」

 威嚇し合っている。


 カラーン

 風が吹いて、カップラーメンの容器が倒れる。

 スープをほとんど飲み干していた俺のカップだけ、倒れたようだ。


 俺とリンプーの目線がそっちに行った瞬間、ヤマネコの怪物はリンプーに飛びかかる。

「そんな攻撃アタイには、通じニャ…… えっ?」


 リンプーはサッと体をかわしたが、手に持っていたチューブ入りおやつを奪われていた。


「あっ、こら、待てっ!」

 リンプーが叫ぶ。

 目的のモノを手に入れた怪物は、走って逃げて行く。


「逃がさないニャー」

 リンプーも、すごい速度で追いかけていく。


 茂みの中を2匹の獣が追いかけっこしていく。


「トモヤ、一言言っておくけど、アタイは獣じゃニャいから!」


 リンプーは、こんな時でも余裕だな。

 ハアハア、お、俺は無理。

 こんなに走ったのは何年ぶりだろう。

 さっき食ったラーメンを戻しそうだ。




 必死で走って、リンプーに追いついた。

 リンプーは、レンガ造りの建物の前で立ち尽くしていた。

 かなりデカい建物だ。


 渋沢栄一が関与した大阪市中央公会堂より、大きいんじゃなかろうか。


 建物の周りは密集した茂みになっているので、反対側には回り込めない。


 出入口は一つしか見当たらず、窓もない。

 まるで倉庫のようだ。

「この中に逃げ込まれたニャ。

 危ない雰囲気が漂っているけど、マグロ海鮮ミックスを取り返すためには、踏み込むしか無いニャ」


「いやいや、リンプーさん。

 マグロ海鮮ミックスは、あれで最後じゃないから。

 まだ俺の荷物の中にもあるから」

 あんな恐ろしい怪物から取り返すなんて、あり得ないし。


「さっき、トモヤが自分で『貴重だ』って言ってたニャ。

 それに、荷物の中のは『カツオ海鮮ミックス』だニャー。

 絶対に取り返す! 殺してでも奪い取る!」


「いつの間にか、ご主人様だったのが呼び捨てになってるぞ。

 それに危ない雰囲気って、別の怪物もいるとかじゃ無いのか?」


「ご主人、細かいことにこだわるなあ。

 アタイは、中世ヨーロッパ『風』の異世界って言ったニャー。

 ご主人はそれを聞いて、無双するとか言ってたニャ。

 当然、モンスターとの戦いは想定して、準備しているよね?」


「い、いや。

 最近の異世界モノって、現代知識を持ち込んで見せるだけで、『すごいすごい』って持ち上げられるやつが多いんで、そんなのばっかり読んでました。

 モンスターとの戦いは、すっかり意識から抜け落ちていました」


 リンプーは何も答えないが、表情が『えっ? マジ?』と語っている。


次回投稿は、明日の午前中の予定です。

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