3.魔法使いとねこみみ少女
立派な扉を開くと、そこは水面だった。
波があるので、海なのだろう。
登ってきた階段がドンドン消滅していく。
一歩を踏み出さないと、階段と一緒に消滅してしまうのだろうか?
思い切って扉を越えて、一歩踏み出す。
ドボーン
見事に、水の中に落っこちた。
普通に服を着ているのと、背負ったリュックサックのせいで、泳ぎにくい。
しかも暗い。そして、シトシトと雨が降っている。
夜の海だ。
陸地が見えない。
拙いぞ。
人間は、そんなに長時間海に浮かんではいられない。
うう、ちょっと苦しくなってきた。
ちょっとじゃないかも。
「こういう場合、目の前にステータス画面が出てきたり、大賢者だと言って頭の中に語り掛けてくるのが、定番なんだけど」
『残念ながら、ステータス画面は用意して無いニャ』
頭の中に、聞き覚えのある声が響く。
「そ、その声は……」
『お察しの通り、大賢者ニャ』
「そ、そうなのか。何か怪しいけど。
どっちに泳げば、陸地にたどり着けるんだ?」
『分からないニャ』
「いや、大賢者なんだろ?」
『いくら大賢者でも、分からないものは分からないニャ』
「ここは、海しかない世界なのか?」
『違うニャ』
いいけどさ。いや、良くないぞ。
「このままじゃ体温を奪われて、おぼれ死ぬことになる。
せめて、泳ぎ続ける体力とか、水中でも体温を維持できる能力とか、もらえないのか?」
『お勧めしにゃいけど、魚をイメージするといいかもニャ。
さっきも言ったけど、今の肉体は原子の単位まで分解されて再構成されてるニャ。
上手くイメージ出来れば、魚の能力が手に入るニャ』
「魚の能力か。ここを生き延びるためには必要だな。
さかな、サカナ、魚、ぶり、タイ、ヒラメ」
『外見もイメージした魚になるから、気を付けるニャー』
「ええっ? それを先に言えよ。
カッコいい魚。えーと、マグロ、カツオ、イルカ?」
『でも、さっきご主人は、金髪碧眼の美少年になりたいなあって願ったニャ。
今、そんな感じにニャってるから、混ざると半魚人になるかもニャ』
「ううっ、究極の選択だな。
どうしよう」
『命がかかっているのに、ご主人は暢気だニャー。
仕方ない。
特別に、つかまるものを与えましょう』
「おっ、そうなのか?
頼む」
「後ろを振り返るニャ」
頭の中の声じゃなく、本当に声が聞こえた気がする。
振り返ると、板切れにつかまった、ちょっと可愛いねこみみ少女が浮かんでいる。
「ニャー、特別にこの救命具に、つかまらせてやるニャ」
「お、お前、リンプーか?」
「そうだニャ」
「そのねこみみ少女の出で立ちは、どういうことだ?」
体は水の中なので、胸より上しか見えないが、白いエプロンをしたメイド姿のように見える。
頭には、ねこみみが生えている。
ご丁寧にメイドの象徴、頭に付けるフリル、ホワイトブリムが乗っかっている。
「ご主人が持っていた本に、載っていた絵を真似てみたニャ」
お、俺の本を見て、ねこみみ娘でメイド姿?
完全に俺の趣味を、掌握されている。
大賢者というのは、本当だったのか?
「ま、まさか、その本は薄かったか?」
「そんなこと聞かれても、分からないニャン」
板切れにつかまってプカプカ浮かんでいると、雨が止んで、視界が少し開けてくる。
周りをグルっと見回してみると、遠くに灯りが見える方向がある。
「こういう場合、近いように見えてもすごく遠いから、その場でじっとして救助を待つのが正解だって、昔じっちゃんが言ってたな」
「この世界は、弱肉強食のファンタジー世界だニャ。
誰も助けにニャンか来ないから、自力で何とかしないと助からないニャ」
そりゃ、そうだよね。
板切れにつかまって、少しずつ泳いでいく。
潮の流れも味方してくれたのだろう。
明るくなる頃には、砂浜に着いた。
夏なのだろうか、暖かい地方なのだろうか、寒くはない。
だが、ヘトヘトだ。
何とか体力が持ってくれて、よかった。
リュックサックは、ビショビショだ。
せっかくコンビニで買ってきた色々なモノも、大部と海水でやられているだろう。
とにかく、スマホを点けてみる。
「おお、さすが防水仕様。
まあ、電波も無いし、GPSも働かないか」
「そんなもの、この世界に持ち込んで、どうする気ニャ?」
「フフフ、時計にもなるし、照明にもなる。
カメラにもなるし、動画も撮れる。
こいつを使って、異世界無双生活だ」
「充電はどうするニャ?
すぐに電池切れで、タダの板になるニャー」
「やっちまった」
俺は、ガックリと膝をついてしまった。
とりあえず、必要な時が来るまで電源オフだ。
朝日が昇って、陽がさしてくる。
俺は、上着を脱いでパンツ一丁になると、着ていた服を木の枝に掛けて干し始めた。
靴とか靴下とか、しっかり干しておかないとな。
リンプーも真似をして、下着姿だ。
「ナナチー」
俺は思わずリンプーに抱きついてしまった。
「んなあー。
な、何するニャー。
アタイは、そんな名前じゃ無いニャ」
「す、すまん。
で、でも、俺の長年の願いが叶う時がやって来た。
ねこみみ少女の匂いを嗅いでみたかったんだ。
クンカクンカ。
潮の匂いだ」
「そりゃさっきまで海に漬かっていたんだから、当たり前ニャ。
サッサと離れるニャー。
度し難いやつニャ。
アタイに愛想をつかされたら、ご主人はこの世界で生きていけないんじゃニャいか?」
確かにその通りかもしれない。
俺は、サッとリンプーから離れた。
「まったく、油断も隙も無いやつニャ。
せめて、アタイの名前を呼んでくれたら、少しは、ブツブツ」
聞き取れない位小声で、何か言っている。