断章3B.船上の調理人
※セリカ視点です。
断章3Aの続きです。
お母さんが寝込んでから、5年が経った。
私も14才になった。
お母さんが働かなくて良い様に、私はずっと頑張って宿の仕事の切り盛りもしている。
お父さんは、本当にブキッチョなんだ。
病気で寝込んでいるお母さんを助けるために健気に働く娘と思われて、毎年来てくれるお客さんもいる。
それなりに暮らしていけている。
でも、お母さんが寝込んでいるのは私のせいなんだ。
「セリカ。そんなに根を詰めて働かないでくれよ。
ワシも頑張って、宿のことをやっていくから。
お前がお母さんの病気に責任を感じて元気が無いと、ワシも辛いんだ」
お父さんにそう言われて、ハッとした。
お父さんも辛いんだ。
そして、私のためを思ってくれた、おばあちゃんの指輪。
辛い思い出から逃げてばかりいたら、おばあちゃんの思いも浮かばれない。
出会いなんてどうでも良いから、指輪をはめてみた。
ちょっと緩めだけど、中指にスポッと入ったので、そのまま付けてお父さんに見せてみた。
「セリカ。おばあちゃんの指輪だな。
それを付けてくれたってことは、少しは吹っ切れたってことだな。
良かった、良かったよ」
喜んだお父さんが、お母さんにも報告する。
お母さんも、言葉少なだけど喜んでくれた。
私は、指輪を付けて暮らすようになった。
お昼の間は、気晴らしになるからと外で山菜を摘みに出かけるようになった。
いつも、魔物が出る森には近付かないんだけど、その日はお母さんの大好きなキノコがポツポツと生えていて、採っているうちに森に入っていた。
気付いたら、大きなヤマネコの怪物に威嚇されていた。
刺激してはいけないと分かっているんだけど、口を大きく開けたのを見て叫んでしまう。
「キャーーッ」
声を聞きつけたのか、男の人が助けに来てくれた。
人の入って来ない森に男の人がいたなんて、すごく幸運だった。
ただ、その男の人はパンツ一丁で手ぶらだ。
この人、一緒に食べられちゃうかもという私の心配をよそに、その男の人はヤマネコと目で会話して追い払ってしまった。
この人はトモヤ・フタガワさん。お連れの女性二人は、リンプーさんとスージーさんだった。
よく見れば、トモヤさんはまだ子供だ。
話を聞くと、私より一つ下の13才だという。
トモヤさんと知り合ってから、事態が急変した。
まず、毎年泊りに来てくれていたお爺さんリブジーさんが、お医者さんだったことが分かった。
お母さんを見てもらったら、マナというのが不足しているのが原因だという。
そして、トモヤさん達はそのマナを補給できる聖杯を探しに航海に出ると聞いた。
もしかしたら、これが運命の出会いなんだろうか?
命も助けてもらったし、お母さんも助かるかも知れない。
航海は命の危険が大きいそうだが、付いて行きたくて仕方なかった。
トモヤさんに付いて行くためには、女の子だったらダメだと言われた。
私は、父と母と相談して、髪の毛を切った。
男物の服を着て、何とか男の子に見えるように頑張った。
トモヤさん達が出発すると言っていた前日に、男の子用の旅行道具が何とか間に合った。
コックさんとして、航海に付いて行くことが出来たんだ。
何週間も平和な航海が続いていたんだけど、ある日の夜、用を足そうとすると、普段人が来ないタイミングでゼロさん達がやって来た。
私は、とっさにリンゴ樽の中に隠れたんだけど、ゼロさん達船員は全員海賊だった。
私たちの船から、宝の在り処の地図や海図を奪い取って、宝物を奪い取る気のようだ。
そして、その日がやって来た。
その日、私たちの船レヴィー号は、海賊たちに蹂躙された。
トモヤさんの飼いねこが海に投げ込まれ、トモヤさんはそれを追って海に飛び込んでしまった。
「ハッハ、海に飛び込んじまったら、もう助からねえな」
ゼロさんは、冷たく吐き捨てると、私を連れて海賊船に移って行った。
私は、海賊船でもコックを任された。
あり合わせの材料で料理した所、ひとまず評判は良かった。
食事の後は、レヴィー号から奪った大量の酒をみんな浴びるように飲んでいる。
トモヤさんやリブジーさんのことを思うと、私は食事も喉を通らない。
次の日の昼食が終わって、またみんな酒を飲みだした。
私は、飲んで盛上っている人達の間を縫って、食器を集めた。
私は、命が危なくてもレヴィー号に残りたかった。
あの海賊たちが宝物を手に入れた時、聖杯を手に出来る機会は、ほとんどない気がしている。
こちらの船に来ても、お母さんの病気を治せる可能性は、ほとんど無いように思う。
たとえ宝物が手に入らなくても、トモヤさん達と一緒に旅をしたかった。
もうその願いは叶わないと思うと、涙が出てきた。
まず食器を海水で洗っていると、男が一人厨房に入って来た。
長い銀髪で目つきの悪いひょろ男、シウバ・ウオーターだ。
氷の魔法を使うので、魚を冷凍するのに厨房に出入りすることはあった。
ただこの人は、ほとんどしゃべらないんだけど、レヴィー号が襲われたときに私をこの船に連れて行こうと言った人だ。
「スープラ君よ。
こっちの船の厨房には、慣れたかい?」
この人がいなければ、少なくとも私はレヴィー号に残ることが出来たはずだ。
そう思うと、返事もつっけんどんになった。
「いえ。慣れません」
「なんだよ、つれねえなあ。
俺がお前をここに連れて来てやったんだぜ。
あのレヴィー号に残ったら、食料も無く、進むための帆を張ることも出来ずに立往生だ。
待っているのは、『死』だけだ。
言ってみれば、俺はお前の命の恩人なんだぜ」
「ボクは、あの船に残りたかった」
「ケッヘヘ
そういう訳にはいかねえんだよ。
スープラ君、いやスープラちゃんと言うべきなのか?」
下卑た笑いを浮かべて近付いてくる。
「ボクに何か用なのか?」
「ああ、スープラちゃんには、俺の熱い思いを受け止めてもらおうと思ってな」
「な、何を馬鹿なことを言っているんだ」
「スープラちゃんよ。
お前、女の子だろ。
俺は、だいぶ前に気付いてたんだ。
ずっと二人きりになれるのを狙ってたんだ。
レヴィー号では、あのチビ船長がずっと一緒にいやがったから、手を出せなかった」
「近付いたら、タダじゃおきませんよ」
私は、包丁を構える。
「へっ、そんなへっぴり腰で刃物を構えたって、百戦錬磨の俺たちに通用する訳無いだろうが」
右手をつかまれて、包丁をはたき落とされた。
「へっへっへ。スープラちゃん。よく見たら可愛いじゃねえか。
安心しな。他の奴らには、お前が女だってバラさないでおいてやる。
俺だけに、奉仕してくれりゃあ良いんだよ」
バシッと平手打ちを食らって、床に転げる。
シウバさんが、ズボンを降ろす音が聞こえる。
「た、助けて。トモヤさん。
こ、こんなことをされるなんて、いや!」
「へへへへ
誰も助けになんか来ねえよ。
特に、あのチビ船長たちは今頃海の藻屑だ」




