断章3A.パパラチアサファイアの輝き
※セリカ視点です。
ずっと回復が見込めないお母さんの病気に、お父さんも私も希望を失いかけていた。
近所のお医者さんには、単なる虚弱体質だと言われたけど、納得いかない。
私が小さい頃のお母さんは、男勝りと言われて一人でも宿屋を仕切っていた。
お父さんは髭を生やした大男だけど、ずっと体の小さなお母さんの尻に敷かれていた。
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『トラねこの憩い亭』
お母さんのおじいちゃんが、この港町に流れ着いて始めた宿屋。
お母さんは、昔この宿の看板娘だったらしい。
そしてお父さんは近所の悪ガキだったらしいけど、町に出て料理を勉強してきた。
ずっとお母さんのことを好きだったから、一心不乱に勉強して料理の腕前を上げてきたって自慢していた。
お父さんのお魚をさばく腕前は、多分私の住んでいるサウスパースの中でも一番だと思う。
お父さんは何をやってもブキッチョなのに、料理の腕だけはすごいから、本当にまじめに勉強してきたんだろうな。
私は、おばあちゃんが亡くなる前に指輪をもらった。
「セリカ。この指輪はね、このサウスパースの町に代々受け継がれてきた魔法の指輪なんだよ。
この石は『睡蓮のサファイア』と言って、運命の出会いを導くそうなんだ。
カリーナにやろうと思ってたんだけどね。
もうカリーナは運命の人と出会っちまったから、セリカ、お前にやるよ」
私は、薄いオレンジピンク色の小さな宝石の付いた指輪をはめてみた。
まだ子供なので、ブカブカだった。
よく見ると、宝石に線が入っている。
「おばあちゃん、この石縦に大きな傷があるよ」
「セリカ。それは、キャッツアイというんだ。
指輪を動かしてごらん」
言われたとおりに動かしてみると、縦の線が横に移動していく。
「本当だ。ねこの目みたい」
「指輪の部分は、おばあちゃんの指に合わせてあるから大きいだろ?
お前が大きくなったら、自分の指の大きさに作り替えてもらいな。
それを付けていれば、きっと運命の人に出会えるからね」
私は、ブカブカの指輪をして落としたら嫌なので、いつも窓際の棚に指輪を入れた宝石箱を置いていた。
陽が沈む前になると、その窓際に行って宝石箱を開けるのが習慣だった。
夕方の陽射しでキラキラ光る宝石を見るのを楽しみしていた。
この指輪をもらった後、優しかったおばあちゃんは、ほとんど間をおかずに還らぬ人になってしまった。
「毎日毎日、そんなに眺めてよく飽きないもんだねえ」
お母さんが呆れていた。
「うん。だって、おばあちゃんの形見だもん。
それに、宝石の中にねこの目が入っているんだよ」
「どれどれ、本当だ。
ウチは『トラねこの憩い亭』だから、女主人がねこの宝石を持ってると良いのかも知れんな」
お父さんは、いつも私の味方をしてくれた。
ある日、いつもと同じように窓際で宝石に日の光を当てて、輝きを楽しんでいた。
バサバサバサッ
フッと目の前を黒いものをよぎったと思うと、私の指輪は消えていた。
家の中に入ったカラスが、奪っていったのだ。
カラスは、あっという間に窓から外に飛んで行く。
あのカラスは灯台に住む大ガラスだ。
岬の方に飛んで行くのが見えたので、私はすぐに家を飛び出した。
「セリカ、こんな時間にどこに行くの?
今日は、セイレーンの鳴く日だから、遅い時間に海に近付いちゃダメよ」
お母さんの声が聞こえる。
「大変なんだよ。おばあちゃんの形見の指輪を灯台の大ガラスに盗られたんだ。
すぐに取り返してくる」
私は、灯台守のマーベルさんに事情を話して、灯台のてっぺんに上らせてもらった。
大ガラスも、灯台の灯りに宝石のキャッツアイを照らしたかったのか、灯りの前に置いていた。
キラキラ光って、そこに有ることがすぐに分かった。
取り返そうとしたが、大ガラスは本当に大きくて、子供の私では威嚇されて近寄れなかった。
「セリカ。あのキラキラしているのがそうね?」
後ろを振り返ると、お母さんが助けに来てくれていた。
「あっ、お母さん。そうなんだけど、カラスが邪魔をして取り返せないの」
「カラスは所詮野生動物だから、追い払うのは火を使えば良いのよ」
そう言ってお母さんは、持って来ていた松明に火を点けた。
カラスは逃げ際に、おばあちゃんの形見の指輪をくわえて逃げようとする。
「コラーッ」
お母さんが大声でカラスを威嚇した。
驚いたカラスは、くわえていた指輪を落とす。
お母さんと私は、大急ぎで灯台の近くの地面を松明で照らして探し回った。
松明の光に反応してキラッと光るものがあって、そこへ駆け寄ると指輪があった。
「お母さーん。あったよー。
おばあちゃんの形見。本当に良かった」
私は指輪を両手で握りしめて、本当に良かったという嬉しさで涙が出てきた。
アアアーーッ、アアアアーーッ
何やら、歌うような叫ぶような声と共に、海から顔の無い妖精のようなものがフワフワと浮かび上がって、こっちに飛んでくる。
「セリカーッ、セイレーンよ。
すぐ海から離れなさい!」
お母さんは言うが早いが、私を抱きかかえて走り出した。
お母さんは、まとわりついてくる妖精を振りほどいて、走りに走った。
何とか家に辿り着いたけど、お母さんはそのまま倒れてしまった。
「心配しなくても大丈夫よ。
ちょっと必死で走り過ぎて、疲れただけだから」
お母さんは、気丈に強がりを言ったけど、次の日もその次の日も起き上がってくることは、出来なかった。
その年の大漁祭りが近付いてくると、お母さんは無理をして起き出してきた。
「この書き入れ時だけ頑張れば、後は寝ていても暮らせるからね」
そんなことを言いながら、いつも通りに働く。
「おいカリーナ。寝てないとダメなんじゃないか?
宿の方は、ワシが頑張って切り盛りするから」
いたわるお父さんにも、大丈夫と言って働き続けたが、大漁祭りの花火の後からお母さんは、無理をしても起き上がれなくなってしまった。
どうしよう。私のせいだ。
私の指輪を取り戻すために、お母さんはセイレーンの呪いを受けて生気を吸い取られちゃったんだ。
そう思うと、居ても立っても居られない。
一生懸命看病したけど、お母さんは元気にならないし、私も心が沈んでしまった。
怖くなった私は、おばあちゃんの形見の指輪を、戸棚の奥深くにしまい込んだ。




