31.生きてることは、死んで無いこととは違う
ゼロが飼っているドラゴンパピーのフリントが、リンプーをつかんで空を颯爽と飛ぶ。
俺は、それを眺めるだけで何もしてやれない。
そして、暗くなり始めた海の上で、つかんでいた両足の指を開いた。
ヒューッと落下していき、リンプーは海に落ちる。
ボチャーン
ゼロが大笑いする。
「ハハハハ、おめえの飼いねこは、海の中だ。
この辺はサメが多い。
溺れて沈んじまえば魚の餌になっちまうが、浮いていてもサメに食われるだろうな」
「スージー、助けに行かないのか?」
答えが無い。
トラねこ状態のリンプーは、マスターだと思っていないようだ。
今日の海は、そこそこ波がある。
クソッ、リンプーの姿が波間に見えたり、見えなくなったりしている。
ねこの姿のままじゃ、泳げないだろう。
あっという間に海の藻屑だ。
直ぐに暗くなって、見えなくなってしまうだろうし。
放っておけない。
ザッパーン
俺は、いつの間にか海に飛び込んでいた。
リンプーの姿を探す。
見つけた。
まだ何とか浮いているみたいだ。
そっちに向かって泳いでいく。
『トモヤー、どうして飛び込んだニャ。
アタイのことなんか放っておけば良かったのに』
頭の中に、リンプーの声が響く。
「へっ、損得で考えたら損かも知れないけどな。
もう飛び込んじゃったんだから、手遅れだ。ゴフッ」
波が口に飛び込んでくる。
海水は、しょっぱいぜ。
さっき殴られた傷跡にもしみる。
俺は急ぐが、そんなに泳ぎが得意なわけじゃ無い。
波に翻弄されつつ、必死で泳ぐ。
何とかリンプーの所に泳ぎ着いて、リンプーを抱きかかえる。
ハアーッ、何とか見えているうちにたどり着くことが出来た。
こんな所で、見失ったら二度と会えなかったかもしれない。
間に合って良かった。涙が出そうだ。
船の方を見るが、水面からは船の甲板に戻る手段はない。
確かに飛び込んでしまったら、船に戻るのは無理そうだ。
やっちまったかな。
いや、間違いなくやっちまったな。
でも、あそこで眺めていたら、リンプーは夜の波間に消えてしまっただろう。
俺をここまで連れて来てくれた恩人。
いや、恩ねこというべきか?
『本当に、バカな奴ニャ。
このままじゃ、二人ともサメの餌ニャ』
「サメの餌?
サメが多いとは言っていたが、海はサメだらけじゃない。
浮いてるだけで、そうそうサメに襲われるはずはないぞ」
疑問に思った俺は、船の方をよく見る。
ゼロと船員たちが、何かを海に撒いている。
今までリンプーを助けることに必死で、ゼロ達のことを忘れていた。
「奴ら、魚の切り身を撒いているニャ。
すぐにでも、サメたちが寄ってくるニャ
なんで、アタイなんかのために大事な命を粗末にするニャ」
「お前の命が大事なんだから、仕方ないじゃないか。
リンプー、お前言ってただろ?
お前がいなかったら、俺はこの世界で生きていけないって」
「それは逆だニャ。
トモヤがいなくなったら、アタイの方こそ生きている意味が無くなっちゃうニャ。
生きていられないニャ」
リンプーの声が、何だか泣き声だ。
「じゃあ、両方とも生き残らなきゃいけないってことだな」
「無理だよー。
アタイには、水中の音が聞こえるんだよ。
サメが、こっちに向かって来てるよ。
トモヤ、ゴメン。本当にごめんなさい」
完全に泣き声だ。
「何を泣きながら謝っているんだ?」
「全部だよ。
アタイがこんな世界に連れて来なければ、トモヤもこんな海の上で死ぬことも無かったのにさ」
「何で、死ぬ前提なんだよ。
俺は、ここからでも助かるぜ」
「その根拠のない自信は、何処から来るニャ?」
「この自信は、お前がくれたんだよ」
「アタイは、トモヤがドキドキワクワク冒険できたらいいなって思って、この世界に連れてきたんだけど、ここはそんなに甘い世界じゃ無かった。
所詮アタイは物の怪の類なんだから、死んだってどうってことないけど、トモヤの命が危なくなるんなら、連れてくるんじゃなかった。
日本でなら、住む所が無くなったって、お金が無かったって、生きていけたのに」
「住む所もお金も無かったら、生きていけないぜ。これ豆知識な。
それに、これだけは言える。ウプッ」
波に揺られて、話をしにくい。
でもこれだけは、そうこれだけは言っておきたい。
頑張って、大声を出す。
「俺はこの世界に来るまで、生きていなかった。
死んでなかったかもしれないけど、生きてもいなかった。
リンプー。お前のお陰で、俺の人生は再開したんだ。
本当に感謝しているんだ」
「本当? こっちの世界に来て、本当に後悔してない?」
「してねえよ。
それより、リンプー。お前分かり易いな。
ねこ言葉じゃ無くなってるぞ」
「なんだよ、トモヤ。
アタイだけトモヤの心が読めて、ズルいとか言ってたくせに。
全部分かってるんじゃニャいか。
アタイがトモヤを大好きだってことも、全部知ってるのかニャ?」
「最後の方、波が耳に入って良く聞こえないんだが、お前の浅い考えなんかマルっとお見通しだからな」
「クスッ
仕方ないやつだニャ。
最後の最後でイケズな所まで、本当にどうしようもないニャ。
でも、絶体絶命なのは間違いないニャ。
もうすぐ、サメがやって来るニャ。
水中の敵に攻撃手段のないアタイ達には、どうしようもないニャ」
「リンプー、あきらめるな!
あきらめたら、そこで人生終了ですよ。
試合終了じゃ無いぞ」
「エヘッ。
こんな絶望的な状況で、よくそんな冗談が言えるニャ。
こんなバカな奴となら、一緒に死んでも納得できるニャン」
トモヤとリンプー、絶体絶命!
次回は、少し間を開けて5月19日(水)更新予定です。
以後、週一更新予定です。




