30.裏切りの夕焼け
「先制攻撃すれば、何とかなるかも知れん」
リブジーさんが、思い詰めたように言う。
「先制攻撃? 俺たちには武器が無いのにですか?」
「奴らは、まだ動き出していない。
一人ずつ、3人で囲んで麻酔で眠らせる。
向こうの数が少なくなれば、何とかなる可能性が上がる」
「やってみるしか、ありませんね」
俺は頷いて、リブジーさんから消毒用アルコールと麻酔薬の瓶を受け取った。
ちょうど、おあつらえ向きにネズミ獣人のアンヘルが、甲板の縁から用を足そうとやって来た。
ソーッと後ろから近づいて、俺が両手をつかみ、リブジーさんが口に麻酔薬を染み込ませたハンカチを咥えさせた。
少し暴れたが、すぐに大人しくなった。
猿ぐつわをして縛り上げて、医務室のベッドの下に隠した。
あと5人だ。
リンプーが人の姿に戻って、スージーが味方に付けば、何とかなるかも知れない。
だが、その後奴らは5人で固まって行動している。
時間だけが過ぎて行き、焦りが募る。
スープラは、疑われないように食事の用意を始める。
俺も、リンプーを探して船内をウロウロする。
あっという間に日が沈む時間になる。
夕焼け空が今日もきれいだ。
薄暗くなろうとする海の夕方、背の高いディエゴがマストに登って、灯りを左右に振る。
まさかと思ったが、夕陽の赤い光を浴びて真っ赤に染まる海賊船が近付いてくる。
あっという間に俺たちの船に並走して、渡し板を甲板に置かれてしまう。
10人以上の海賊団が、俺たちの船に乗り込んできた。
万事休す。
「レヴィー号に乗っている諸君。
全員、甲板の上に集合だ!」
ゼロの大きな声が、響き渡る。
俺とスープラ、スージーを20人くらいの海賊が取り囲む。
リブジーさんがいない。
そして取り囲む海賊の中に、ネズミ獣人のアンヘルがいる。
俺は、小声でスージーにささやく。
「この状況、お前の力で何とかならないか?」
ゼロが気付いたのか、俺とスージーの横にやって来る。
「ハッハッハ、スージーは危険だな。
俺は、よーく知っている。
だが、スージー。お前は、俺を攻撃したりしないよな」
「トモヤ殿もゼロ殿も、今は航海の仲間だ。
二人とも私のマスターでは無い以上、二人の命令優先順位は、同列だ」
クソッ、こいつ、スージーの扱い方まで分かっているのか。
「さて、トモヤ船長殿。
宝の地図を出してもらおうか」
ゼロが、俺の頬にカトラスの刃を当てながら、すごむ。
「宝の地図を渡したら、俺たちの命は助けてくれるのか?」
「ああ、構わないぜ。
お前らだけじゃ船は動かせないし、助かるのかどうかは知らないがな」
ここは、地図を渡すしかなさそうだ。
お宝より、命だ。
俺は、後ろ手でラウールに両腕をつかまれて、海賊船から乗り込んできた二人に付き添われて船室に降りる。
昨日までは、普通に良い人だと思っていた。
ベッドの前で、俺は歩みを止める。
「この、俺のセーフボックスの中の小さな宝箱に入っている」
「よし。じゃあ、お前が開けて見せな」
ラウールが手を離したので、俺はセーフボックスから取り出した宝箱をパカッと開けて、地図を見せる。
「うん、確かに宝の在り処が書かれているな」
ラウールが地図を確認すると、宝箱を俺の手から奪い去ってその中にしまった。
「おうゼロ、宝の地図は手に入れたぜ」
甲板に上がると、ラウールがゼロに宝箱を手渡す。
「おお、よくやったぜ。ラウール」
ひとまず、リブジーさんの安否が気になるが、奴らがこれで引き上げてくれたら探せる。
「おいてめえら。この船には、酒がタップリ積んである。
そいつを全部いただくぜえ!」
ゼロが号令をかけると、俺達を囲む5人ほどを残して船倉に降りていく。
間もなく、酒樽を担いだ海賊たちが、甲板に現れる。
渡し板を渡って、ドンドン酒樽を向こうの船に移し替えていく。
トットットット
リンプーが甲板を走って来て、俺の膝に乗る。
『おい、リンプー。大変な事態だ。
人間の姿に戻って、スージーに命令できないか?』
『それが、戻れないのニャ。
何でだか分からないけど。
もしかしたら、人型に戻りたいという気持ちが足りないせいかもしれないニャ。
きっと、トモヤがセリカばっかり相手にして、アタイに冷たいからだ』
ええっ? 頼みの綱のリンプーも、ねこの姿のままか。
長い銀髪で目つきの悪いひょろ男シウバ・ウオーターが、突然スープラの手を引く。
「お前は、こっちに来い!
お前の料理は美味い。
手放すのは惜しい」
「おう、シウバ。
てめえも、たまにはやるじゃねえか」
ラウールが褒めているが、スープラ君は泣きそうな顔でこっちを見ている。
何か、何か手は無いのか?
俺は色々と考えるが、何も浮かばない。
「おう、そういや忘れてたぜ。
俺の勘が、そのねこを生かしておいちゃいけねえと教えてくれるんだ。
今までどこに隠れてやがったのか知らねえが、ここで殺っとくぜ」
「な、なんだと?
ねこの命なんか奪う必要ないだろ」
言った瞬間、俺は吹っ飛んだ。
ラウールにぶん殴られたようだ。
「てめえは、だまってな!」
グハッ、口の中が切れて、血が出ている。
「フリント、そのねこを海に投げ捨てろ」
ゼロが命令すると、ドラゴンパピーが両足でリンプーをつかんで空高く舞い上がった。




