28.海の嵐
航海10日目に、ギャンブルにイカサマがあったとか無かったとか言って、喧嘩が起きた。
オレンジ色の丸い耳を持ったネズミ獣人のアンヘルさんが、カードを隠し持っていたとかで、2メートルの大男ディエゴさんが怒り出したのだ。
体は大きいけど、いつも大人しいディエゴさんの怒る姿は初めて見たので面食らった。
「いい加減にするんだなあ。
アンヘルは、いつもこうなんだから、今日はもう許せないんだな」
アンヘルさんは、いつも通りだ。
「へっ、証拠はあるのかよ?
バレなきゃあ、イカサマじゃねえんだぜ」
いや、それイカサマしていることを白状しているんじゃあ?
と、ディエゴさんがパンチを繰り出す。
アンヘルさんは吹っ飛んで、壁にぶつかるが、
「てめえ、やりやがったな。
のろまのディエゴのくせによお」
素早く起き上がって、跳躍するようにディエゴさんの後ろに回り込む。
いきなり、腰のあたりに抱きついたと思うと、バックドロップを決める。
脳天から落下したディエゴさんは、
「もう、頭に来たんだな。
許さない。絶対、絶対なんだなあ」
と言って、つかみかかる。
上背で言うと大人と子供の喧嘩だが、アンヘルさんはすばしこく動くので、互角の戦いになっている。
「おいおい、おめえら、やめねえか!」
声のする方を見ると、肩にドラゴンパピーを乗せたゼロさんが、杖を振りかざして威嚇している。
「待てよ、ゼロ。
こいつ、生意気にも俺に一発くれやがったんだぜ」
アンヘルさんが、口から垂れた血を見せる。
それを一瞥すると、ゼロさんが大声で窘める。
「まったく、おめえらは、たった一ヶ月くらい大人しくしておけねえのか?」
いや、一ヵ月って、往復考えたら、2カ月でしょう。
ディエゴさんが、不満そうに口を出す。
「でも、ゼロは10日以内に何とかするって……」
ドラゴンパピーが、ディエゴさんの頭の上に飛び移って、ボボーッと火を吐くような仕草をする。
「おいっ!」
ゼロさんがギロッとにらむと、ディエゴさんは黙った。
「ケッ」
アンヘルさんが、赤いつばを吐いて立ち去る。
俺の方を、凄く睨んでいる。
リブジーさんが、笑いながら言う。
「船医としての初仕事は、喧嘩の怪我の治療か。
なかなか出来ん体験じゃ」
その日を境に、喧嘩が度々起きるようになり、リブジーさんは忙しくなった。
海の男たちが粗暴なのは、別に不思議でも何でもないんだが。
なんだか、マグマが押さえ付けられている感というんだろうか、船員たちの態度に違和感が大きくなっていく。
あと、10日で何とかするっていうのは、どういうことだろうか?
航海10日目という意味なら、とっくに過ぎている。
航海20日を過ぎたあたりで、リンプーが文句を言い出した。
ずっと不機嫌だったのには、気付いていたけど。
『お昼間に、セリカとばっかり仲良くして、気に入らないニャー』
『夜は、リンプーと一緒に寝てるんだから、お昼くらい良いだろ。
大体お前だって、船員さん達に釣った魚とかもらって、仲良くやってるじゃ無いか』
『それとこれとは、話が別だニャー』
『しかし、船一隻、島一つ見えないなんて、本当に広い海なんだな。
これ程の海を、楽々航海できる船があるなんて、この異世界はすごいな!』
『この世界は、キャプテン・ミッドの時代に何故か船がすごく発達して、海を越えた色んな種族が交配したニャ。
そのせいで、地球にはいなかった種族が沢山いるし、航海術や航海用の道具も、下手したらトモヤがいた令和の世界より進んでいるかも知れないニャン』
『まさか、GPSとかもあるのか?』
『さすがに、人工衛星は打ち上げられないニャろ』
『ゼロさんもすごい腕前だよな。
海図に現在位置を書き込んでいくのを見たんだけど、目的の島にグングン近付いているぞ』
『確かに、奴はすごいやつニャ。
でも、チョットすごすぎる。
船員たちもそうニャけど、田舎の港町で一人銀貨10枚の前金で集まるような奴らじゃ無いニャ』
『俺たちの運が良かったんじゃ無いか?
丁度、大漁祭りがあったから、人が集まったって言ってただろ』
『それにしたって、おかしいニャ。
ゼロの奴、ほぼ一直線で島に向かっているニャ。
何度か行ったことが無ければ、こんなに効率的な航路が取れるはずないニャ』
『でも、怪しいと思うなら心を読めば、いいんじゃないか?』
『それが、読めないのニャ。
風水火雷地とか姓に冠するだけのことはあって、6人ともそれぞれのエレメントの魔力を持ってる。
特にゼロの奴は、あのフリントってドラゴンパピーと、間違いなく意思疎通しているニャン』
『俺たちのこの会話は、筒抜けってことは無いのか?』
『その心配は、無いニャ。
さすがにねこの帯域の思考通信が出来るやつは、いなさそうだニャン
ただ、嫌な予感がするのだけは、確かなのニャ』
『何か起きそうってことか。
船に乗って航海する話だと、嵐が来るのが定番だよな』
船員さん達が反乱を起こす方の嵐じゃ無いことを祈る。
翌日、朝から進行方向に灰色の雲が立ち込めているのが見える。
雷の音も遠くに聞こえる。
『ご主人は、一級フラグ建築士なのは、間違いないニャ』
甲板の上で、リンプーに嫌みったらしく言われた。
嵐が来る。
船員たちは、慌ただしく動き回る。
少々仲の悪い所も見聞きしたが、ピンチの時はすごいチームワークだ。
帆をたたんで、収納する。
空になった飲料水や酒の樽に海水を入れて、船底に並べる。
船がひっくり返らないように、喫水線より下を重くしておくのだ。
嵐の中、できるだけ波に直角に当たる様に、ゼロさんは操舵し続ける。
船は何メートルも上下して、何かにつかまっていないと立っていることは不可能な位だ。
船が転覆するんじゃ無いかとドキドキしていたが、冷静にしている人達に囲まれているせいで、特に取り乱すことは無かった。
この天候の中、2時間ごとにマストの見張り台に交代で立つ人がいることにも、頭が下がる思いだった。
本当に、レベルの高い船員たちに当たったみたいでラッキーだ。
ねこをかぶっているとか思っていたことに、少し申し訳ない気分になった。
この時は。




