27.膨れていく違和感
航海6日目の夕食の前に、ゼロさんが俺に話しかけてくる。
「船長さんよお。この船には、タップリ酒を積んでいるよな。
俺達に飲ますためじゃねえのか?
そろそろ、夕飯の時くらい酒をふるまってくれても良いんじゃねえか?」
俺は、椅子にチョコンと座っているねこ姿のリンプーの方を見る。
『船員たちは、だいぶ前から目敏く酒のことは嗅ぎつけていたニャ。
確かに、そろそろ振舞ってやらニャイと不満を持ちそうだニャ』
リンプーの許可が出た。
「分かりました。
おい、スージー。船底の倉庫から酒を一樽持って来てくれないか?」
「私は、トモヤ殿の僕では無い」
返事が、とてもつれない。
「おいディエゴ。スージーさんの代わりに、一樽運んでやれ」
「分かったんだなあ」
ゼロさんに言われて、身長2メートルの大男ディエゴさんが、軽々と酒を運んでくる。
「船長は、あいつのマスターじゃないんだな」
ゼロさんに、分かったようなことを言われる。
港で、船に酒を運び込む時リンプーが、一樽に72リットル入っていると言っていた。
つまり、中身だけで72キロくらいある訳だ。
ディエゴさんは体が大きいだけでなく、すごい力持ちみたいだ。
船員さん6人と船医のリブジーさんが、しっかり飲んだ。
俺も無理を言って、コップ一杯だけもらった。
久しぶりの酒は、実に美味かった。
『13才のくせに、飲酒するニャンて』
文句が頭に響いたので、醤油皿に少しだけ酒をたらしてリンプーにも飲ませてやった。
『ウニャー、美味しいニャー』
どうやら、自分が飲みたかっただけのようだ。
スープラ君は、自分は給仕だけして酒には手を付けない。
スージーは、酒に興味無さそうだ。
武骨なスキンヘッドのアルセさんが、変な踊りを踊り出したりして、その夜は物凄く盛り上がった。
皆そこそこ飲んでいたが、さすが72リットル、一升瓶40本分だ。
ほとんど減っていない。このペースなら、一樽で10日くらい持ちそうだ。
船には10樽積み込んでいるから、往復60日プラス島で10日くらい滞在しても、酒だけは思いっきり余裕だな。
航海7日目の夜あたりから、釣り仲間の4人とゼロさんが、カードを使ったギャンブルをするようになった。
夕食の酒を賭けているらしい。
好きなだけ飲んでもらっていたつもりだが、ゼロさんがちゃんと一人当たりの酒量をコントロールしていたらしい。
たくさん飲みたければ、ギャンブルに勝たないといけないようだ。
船員の酒量まで把握して健康管理するなんて、ゼロさん管理職としてバリ有能だな。
夜は帆をたたんで、船の動きは潮の流れに任せている。
夜明け前に、星の動きを見て現在位置を正確に知ることが出来るので、夜の間に少々流されても問題ないようだ。
夜の船員さん達は、見張り台に立つとき以外は、寝ているかギャンブルをしているかだ。
船員さん達はみんなショートスリーパーみたいで、睡眠時間は俺の半分以下だ。
釣りにもギャンブルにも参加しない、元軍人のラウールさんだけ俺と同じくらいの睡眠をとっている。
俺は結局、船長の仕事をしていない。
何故なら、ゼロさんがバッチリ船の中の采配をしてくれるからだ。
だが、船長の仕事って何なんだろう。
もしかして、これってまずかった気がする。
ゼロさんがいなかったら、航海が上手くいかずに後悔したんじゃ無いだろうか。
『そんな下らないダジャレを考えているのは、誰ニャ?』
夜ベッドの中で、リンプーが頭の中に語り掛けてくる。
『ダハハハ
別に良いじゃ無いか、考えるくらい』
俺は、笑ってごまかす。
航海8日目、特に特筆すべきことは起きなかったが、夕食の用意が早い目に終わった。
朝、甲板に大量に乗り上げて跳ねていたトビウオを塩焼きにしたので、冷蔵庫の出し入れが無く、パントリーでの仕事が早い時間に終わったからだ。
冷蔵庫と冷凍庫内の整理も整ってきた感じで、パントリー内の仕事もグングン減って来ている。
昨日あたりから、船員さん達がみんな、お昼からカードゲームでのギャンブルを始めたからというのもある。
ただ、ギャンブルしながら酒を飲んでいるようなのは、ちょっと気になるが。
必要以上に釣りをする船員がいなくなって、凍らせた魚を出庫するばかりで、出し入れしなくなったことが大きい。
今日は、病人がいなくて仕事のないリブジーさんだけが、釣りをしていた。
仕事が減ったにも関わらず、お昼の間、俺はパントリーにいる。
今の俺は、船長では無くてコックさんの補佐だな。
そうは言っても、包丁が使えるわけでも無く、調理もできない。
スープラ君を手伝って、材料を運ぶのと、魔法の調理器具に魔力を補充するくらいだ。
スープラ君の方は、10人分の夕食を作るので、それなりに忙しい。
彼女、いや彼は、すごく手際が良い。
いい奥さんに、なりそうだな。
ただ、キッチンで休憩する時間が増えてきたのは確かだ。
俺たちはお茶を飲みながら、色んな世間話をしたかったが、8割がた沈黙していた。
少しお話をしても、すぐ話題が途切れてしまうのだ。
それでも、俺はドキドキしながら、この時間を楽しみにしていたけどね。
俺は、この世界についこの間来たばかりだし、スープラ君も身の上話をして、誰かに盗み聞きでもされたら大変だ。
女子だということがバレたら、欲求不満が溜まり気味の船員さん達が何をするか分からない。
最初の頃は、船長が子供という事もあって紳士的に振舞っていたが、ドンドン粗野な部分が目に付くようになってきている。
印象的には、ねこをかぶっていたのが、化けの皮が剝がれてきた感じだ。
そのことに、少し不安を感じ始めていた。




