15.ロブスター・ネバー・ダイ
港の方に行く。
朝早く出かけたのだろう。
漁船が帰って来て、水揚げを始めた。
俺は地方都市に住んではいたが、漁港は初体験だ。
船の水揚げの様子なんて、初めて見る。
この辺では、エビと貝が名物らしい。
見に行くと、大きな伊勢海老が獲れていた。
日本では見たことが無いような、50センチを超える大きさだ。
リンプーによると、地球産の伊勢海老とは少し種類が違うらしい。
ここの伊勢海老は、地球で言う伊勢海老とロブスターの中間の生き物だそうだ。
言われてみれば、長い髭とかついていて伊勢海老だけど、大きなハサミも付いている。
「伊勢海老とロブスターってどこが違うんだ?」
「伊勢海老もスパインロブスターと言われて、一緒くたにされることが多いけどニャ。
厳密には伊勢海老は大きなエビで、ロブスターは大きなザリガニだニャ」
おお、大賢者らしい役に立たない豆知識満載の発言だ。
「それで、味はどうなんだ?」
これが、一番大事なポイントだ。
「味は、どっちも美味しいんニャから、美味しいに決まってるニャ」
「それなら、どっちでも良いんじゃないか?」
「味だけで言うと、そうかもしれニャイけど。
伊勢海老は寿命30年と言われるけど、ロブスターは死なないとか言われるくらい長生きで、100年以上生きる個体もいるニャ。
こっちの伊勢海老は地球のやつより長生きで、そのせいで大きく育つから食べ応えがあるニャン」
「フーン、美味しくて大きいなんて、素晴らしいな」
「まあ、100才以上のロブスターは、美味しくないらしいけどニャ」
そんなこと聞いたら、食べたくなっちゃったぜ。
猟師さんに譲ってもらえないか聞いてみると、一匹銅貨50枚だという。
俺は、4匹もらって、銀貨2枚払った。
「何で、4匹ニャ?
3人なのに、一匹余ったら喧嘩になるニャ。
あ、そーか、アタイとトモヤで2匹ずつかニャ?」
「ちげーよ。
宿に帰って、晩御飯はこれを料理してもらおうと思ったんだ。
俺たちだけ、こんな美味しそうなの食べてたら感じ悪いだろ。
多分今晩は、俺たちの他はお爺さんだけだろうから、その分を合わせて4匹だよ」
「そこまで気をつかうのに、セリカたちには買ってやらないのニャ?」
リンプーがニヤケながら聞いてくる。
俺は、漁師さんに頼んで、もう2匹もらった。
大きな木製のトロ箱を3つ、スージーは肩に担いで楽々と運ぶ。
「しかし、こんな立派な伊勢海老が一匹500円だなんて、すごく得した気分だな」
「トモヤ、それは違うニャ」
「何が?」
「貴金属ニャンて、金だ、銀だと言ったって、本物かどうか分からないニャ。
でも、帝国の貨幣は帝国が価値を保証してくれるニャ。
帝国の信用は絶大だから、みんな信用して品物と交換してくれる」
「だから一定の価値になって、日本円とも比較できるんだろ」
「帝国は、ここから遥か北に位置するニャ。
ここまで来る貨幣は、流通する貨幣のほんの一部ニャ。
ここでの取引の量に比べて、貨幣は圧倒的に不足しているからすごく貴重」
「帝国から離れると、貨幣の価値が上がる、つまり物価が下がるってことか」
「そうニャ。
帝国銀貨1枚は、確かに都会では千円位の価値だけど、この辺では軽く1万円以上の価値になるニャ」
「フーン、じゃあ一匹5千円位ってことか。
これだけ立派な伊勢海老なら、それでも安いくらいだな。
でも待てよ。
3人部屋で一泊一人1万円だったら、結構高級だぞ。
セリカちゃん、可愛いけど、意外に強かなんだなあ」
「カップラーメンの容器を50万円で売るような業突く張りには、言われたくないと思うニャ」
な、何も言い返せない。
晩御飯は、予想通りお爺さんと俺たちだけだったので、1つのテーブルに4人で座って食べることにした。
よく考えたら、もうすぐお祭りだ。
お昼の間にお客さんが増えていた可能性もあったわけで、増えていなかったことに胸をなでおろした。
「いやあ、すまないねえ。
ワシのような者まで、ご馳走になってしまって」
お爺さんは、恐縮している。
刺身から始まって、様々な伊勢海老料理が運ばれてくる。
「料理は一気に配膳してしまって、セリカちゃんもお父さんも、一緒に食べませんか?」
提案してみる。
「本当はダメなんだが、今日は2組だけだし、じゃあセリカ、ご相伴にあずかろうか?」
「ええっ? 本当に良いの?」
セリカちゃんが、すごく嬉しそうだ。
自慢じゃないけど、今まで俺に色んな表情を見せてくれる女の子は、皆無だったんだぜ。
この世界に来て分かったけど、可愛い子は悲しそうな顔でも、嬉しそうな顔でも、可愛いな。
途端にリンプーが、反応する。
「ええっ? そうかニャ? えへへー」
「いや、リンプーのことじゃないから」
「トモヤは本当にイケズニャ。プンスカ」
まあ本当は、リンプーもすごく可愛いんだけどな。
これは、心を読まれない帯域で思った。
テーブルの上には、夕食用に元々用意されていた料理に加えて数々のエビ料理が並んでいて、すごく豪華だ。
テーブルの向こう側に、お爺さんとセリカちゃんのお父さんが座って、話をしている。
こちら側は、俺と美女3人だ。
30年間ずっと女性に無縁だった俺が、こんな幸せな食事をして良いのだろうか。
あっ、全ては夢とか?
でも、痛みで目が覚めたら嫌なので、俺は自分の頬をつねったりは、しなかった。
しかし、何を話せばいいんだろう?
3人とも、蒸したエビのハサミの身をほじくり出して食べるのに熱中しているようだ。
ここで、女性の気を引くような会話が出来ない所。
これが、俺だ。




