13.当面の住まいは、『トラねこの憩い亭』
「ん-、ニャハハハ、アタイは、アタイは、あなたが思うより健康でーす」
リンプーは、完全に出来上がってしまったようだ。
上機嫌で寝言を言っている。
これは、寝床まで運んでやるしかないな。
そんなに重いはずは無いんだが、俺の体が子供になっているせいだろうか?
リンプーが重くて、持ち上がらない。
「おーい、スージーさん、手を貸してくれませんか?」
無視された。
「おい、スージー、手を貸せよ!」
全然ダメだ。
マスターの言う事しか聞かないのか?
「スージー、護衛の任務はどうした?」
「ちゃんと護衛している」
「護衛というのは、安全を守ることだぞ。
リンプーがこんな所で寝たら、風邪を引いたりして危険だろ。
安全な場所まで移動させないと」
「了解しました」
スージーが、持ち上げようと手をかけると、リンプーが寝ぼけている。
「トモヤー」
「私は、トモヤ殿ではありません」
「あーん、イケズにゃなー。
お姫様抱っこしてくれニャー」
「了解いたしました。マスター」
さすが、オートマタ。
楽々と、リンプーをお姫様抱っこした。
「ニャフー」
リンプーは、目をつぶったまま幸せそうだ。
セリカちゃんを呼んで、用意した部屋に案内してもらう。
3階建ての3階で、宿屋で一番見晴らしが良いのが分かる。
そして、港の見える窓があるから、確かに海の上の花火が良く見えそうだ。
ベッドもちゃんと3つあった。
リンプーは絶対、一番窓に近いベッドだと言うだろうから、最初からそこに寝かせた。
スージーは護衛なんだから、入り口に近いベッドだな。
俺は、必然的に真ん中のベッドになる。
荷物を置くと、部屋を出て下の階に降りる。
セリカちゃんが、食事の後片付けをしていた。
「セリカちゃん。お奨めに従って、6泊するよ。
これ前払いで、銀貨18枚。
それと、リンプーが飲んだお酒代。
銀貨1枚くらいでどうかな?」
「あ、ありがとうございます。
本当に助かります。
でも、お酒代に銀貨1枚は、もらい過ぎです」
銀貨を19枚渡そうとすると、1枚返そうとする。
「まあ、酔っ払いが騒がしかったから、迷惑料ということで納めておいてよ」
「本当にありがとうございます。
グスッ」
ずっと笑顔だったセリカちゃんが、泣き顔だ。
今まで、作り笑顔だったんだな。
「ど、ど、ど、ど、どぼじたの?」
うおっ?
リンプーがいたら、『ど、ど、ど』の時点で、ツッコミが入っただろう。
リンプーがいないと、想定外の事態に対応できない。
「これだけのお金があればと思ったら、色んな思いがこみ上げてきて……
ごめんなさい。
混乱させてしまいました」
お母さんが病気だって、他のお客が言っていたな。
ずっとお金に困っていたんだな。可哀そうに。
俺の持ち金、全部あげるよと言いたい衝動に駆られる。
どうせ、あぶく銭だし。
本当にあげてしまった場合のリンプーの怒り顔が、頭に浮かぶ。
厨房から、ひげのお父さんがやって来る。
「おいおい、色男さんよー。
娘を泣かすのは止めてくれよ」
「い、い、いえいえ、こ、これは、あの、その……」
ひえー、コミュ障爆発だー。
セリカちゃんが、慌ててフォローしてくれる。
「お父さん、違います。
トモヤさんは、私がお願いした通りの3人で6泊を決めて下さって、お金を前金で払って下さったんです。
これでお母さんの薬代が払えると思うと、涙が出てきてしまって……
グスッ」
「いや、ワシも冗談のつもりで声をかけたんだが……
そ、そんな、そこまで良い人だったなんて。
オーイオイオイ」
お父さんまで、変わった泣き声で泣き出した。
「あ、あの、特にリンプーがうるさいかも知れませんが、明日からよろしくお願いします」
あいさつだけして、逃げるように部屋に帰った。
ドアを開けても、部屋の灯りは消えていて、何の反応もない。
真っ暗だが、スージーさんの影だけは見える。
スージーさんは、寝る必要が無いのか、ベッドに腰掛けて無言だ。
ただ、コート掛けにあのボロボロのローブが、掛けてある。
ちょっと、今日は色々あり過ぎた。
俺は、ベッドに横になると、一瞬で眠りに落ちた。
★☆★☆★
「うえー、昨日は飲み過ぎたニャー。
二度と酒は飲まないニャー」
どうやら二日酔いのリンプーが騒ぐ声で、目が覚めた。
反対側を見ると、スージーさんは昨日眠りに落ちる前に、チラッと見えた姿勢そのままだ。
しかし、ビックリなことにナイスバディだ。
出るべきところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる。
ローブの下は、下着だけだったんだ。
本当に機械人形なのだろうか?
肌がキレイで、人間にしか見えない。
人間のように柔らかいんだろうか?
機械らしく、固いんだろうか?
触ってみたい衝動に駆られる。
あくまで、オートマタの造形に興味があるだけだからな。
ローブのフードで隠れていたが、髪の毛は長いプラチナブロンドだ。
顔の半分は、黒いマスクで見えない。
さらに黒いアイパッチで片目を隠しているので、顔の露出はほとんど無いが、端正な顔の形と切れ長の片目の感じから考えて、すごい美人かも知れない。
でも機械人形と言われると、機械がむき出しとかも有り得るし、中身は見ない方が良いのかも。
「下着姿の女性を、注視するものじゃないニャ」
後ろから脳天にチョップを食らった。
「いってえー。
いや、マスクの下はどんな感じかなとか、気になっただけだよ」
「じゃあ、スージーさんに『私キレイ?』って聞かれたら何て答えるニャ?」
「ポマード、ポマード、ポマード」
「平成生まれのくせに、どうしてそんな古いことを知ってるニャ?
怪しいニャ」
「ネットで見たんだよ」
こっちの世界に来る前は、ずっと一人で誰とも話すことが無い日が多かったんだが、騒がしいリンプーがいると、朝から大変だ。
なんだか、この世界もなかなか良いものだと、感傷に浸りそうになってしまう。
昭和末期から平成にかけて、夜に大きなマスクを付けた女に、「私、キレイ?」と聞かれて、「キレイ」と答えると、マスクを外して「これでも、キレイ?」と聞かれるという話が流行りました。
マスクの下の顔は、口が耳の下まで裂けていたという事ですが、派生して、「ポマード、ポマード、ポマード」と答えたら助かるなど、数々の都市伝説が生まれたのです。




