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断章1A. リンプーの苦悩

リンプー視点です。


 トモヤが28才になったばかりの頃。

 アタイは、トモヤに拾われて、この家に住みつくようになった。




 ある雨の日だった。その時点では、曇り空だったけど。


 少し前に縄張り争いで、完膚かんぷなきまでにやっつけてやった黒ねこのマイケルが、仲間を連れて復讐に来やがった。


 孤独に暮らすねこが群れるなんて、誇り高きねこ族の風上にも置けない奴らだ。

 まあ、ライオンも群れるか?


 アタイは、雑魚が何匹来ようが問題ないと思って油断していた。

 でも、この時来た奴らは全員体の大きなオスねこばかりで、何とか撃退したけどギリギリだった。

 雨は、突然降り出して、土砂降りになった。

 怪我もしてたし、雨で濡れてドンドン体力が削られていく。


 気を失いそうなとき、通りかかったトモヤが傘を差しかけてくれた。

 アタイは、人間の世話になる気は無かったから、それまで普通の人間の家の中に入ったことは無かった。


 そんなアタイを抱っこして、連れて帰って、いきなり熱いお湯をかけられた。

『コ、コラ。ねこは、お水が苦手なんだぞ!

 いきなり何をしやがる』


 お湯攻めの後は、熱風をかけられて、柔らかいタオルで拭きまくられた。

 トモヤは、暖かい部屋で抱っこして、アタイの冷えた体を温めてくれた。


『やめろ!』

 って、いつもならねこパンチをかまして、逃げてやる所なんだが、その気力も無いくらい弱っていた。


 本当に体力が無くなっていて、2,3日トモヤの部屋のベッドの上で寝かせてもらった。

 その頃のトモヤは、毎日朝早くと夜遅くにしかいなかったので、ご飯は朝晩の2食だった。

 トモヤは、ご飯の間隔が長いことを謝っていたけど、ずっと野良ねこだったアタイには、何もしなくても食事が食べられるだけで、ありがたかった。


 一宿一飯の恩がある。

 アタイは飼いねこになる気は無かったけど、トモヤを守ってやるために、こいつの部屋に住むことにした。


 あとは、トモヤの撫で方が気に入ったのもある。

 アタイの毛をモフモフするのは気持ちいいと思うけど、こいつはアタイの反応をすごくよく見ているみたいなんだよね。


 ただ撫でるんじゃなくて、すごく愛情を感じるんだよ。

 アタイも野良猫生活が長かった。

 心も、ささくれ立ってた。

 なんかトモヤに撫でられていると、乾いた砂に少しずつ水分が沁み込んでいくように、心のカサカサが無くなっていくみたいな気がしたんだ。




 アタイが、トモヤの部屋の警備を始めてやってから、一月が経った。

 こいつの生命力は、弱っていく一方だ。


 今日もトモヤは、ヘトヘトで返って来た。

 毎日毎日夜遅くまで働いて、朝は早くから出かけて行く。

 ほとんど寝れてないんじゃないかな。

 体が心配だ。


「そういや、お前の名前を決めていなかったな。

 トラねこだから、トラかな?」

 トモヤが、おかしな名前を付けそうだ。


 アタイは、トモヤの部屋の中に置いてあったリンスインシャンプーを咥えて、トモヤの前に置いた。

 その入れ物を、タンタン叩いてアピールする。


「なんだ?

 お前の名前は、シャンプーって言いたいのか?」


『違う、違う!』

 アタイは、激しくタンタン叩く。


「リンスインシャンプー?」


『だから、違うって』


「言い難いから、リンプーで良いか?」


『おお、さすがアタイの警備対象。

 分かってくれたか』


 アタイが、ゴロニャーゴとばかりに、座っているトモヤの体に頭をこすりつけると、トモヤは嬉しそうだ。

「お前、頭いいんだな。

 自分の名前を主張するねこなんて、聞いたこと無いぞ」


『それは、アタイが特別だからだよ』

 エッヘンとばかりに言うけど、分かってくれて無いみたいだ。

 やっぱり、人間にはねこの言葉は通じないか。



 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 日に日に、トモヤの顔から表情が消え失せていく。


『トモヤ、無理すんな。

 お前がいないと、一宿一飯の恩義が返せないだろ』

 残念ながら、アタイの言葉は届かないみたいだ。


 こいつは、アタイのエサを用意するために、無理して家に帰ってきているらしい。

 同僚のなんとか君は、会社の近くのカプセルホテルに泊まって睡眠時間を稼いでいるとか言ってた。


『アタイは、一日くらい食べなくたって平気なんだから、泊って来いよ。

 それから、わざわざそんなキャットフード買って来なくていいから。

 アタイは、残飯でもなんでも平気なんだから、自分の飯だけ買ってきて少しでも寝ろよ』


 今日も、アタイが食べ終わるまでニコニコしながら眺めてた。

 だんだん、ニコニコが満面の笑みだったのが、ほとんど無表情に変わってきているけど。




 ある日、珍しく家にいたトモヤの膝の上で寝ていたら、水滴がポタリと落ちてきた。

『なんだ?』

 と見上げると、あごの下をモフモフされた。

『フニャー、その攻撃には弱いニャ。

 アタイのこのポーズは、トモヤにしか見せないんだからね』




 トモヤが、何となく泣き声で話しかけてくる。

「リンプー、明日から毎日お前と一緒にいれるかもな」


『おお、それは良いことだ』


「俺、会社辞めちゃったんだ。

 ホント、何やっても長続きしない。

 俺って駄目な奴だよな」


『そんなことない。

 トモヤは、とっても良いやつだ。

 アタイが心を許せる人間は、お前だけなんだぜ』


「そうか。リンプーもそう思うよな。

 ホント、ダメだよな」


『だから、違うって。トモヤほどイケてるやつは、いないから』


「こんな最低な奴、生きていたってしょうがないよな」


『クソッ、言葉が通じない!』

 アタイは、トモヤの膝にカプッと嚙みついた。


「いてっ、お前だけは生きろって言ってくれてるのか?」




 言葉が通じない以上、アタイはトモヤの目を必死で直視する。


「そうだな。

 こんな最低野郎でも、いなきゃお前もメシがもらえないもんな。

 でも、俺を必要としてくれるやつがいてくれるだけで、う、嬉しいよ」

 トモヤの嗚咽おえつする声が、聞こえてくる。


『バカヤロー、お前は最高野郎なんだよ!

 メシのことなんか、どうでも良いよ。

 アタイは、アンタのことが大好きなのにー!』


 チクショーッ、なんで言葉が通じないんだよ。

 アタイの気持ちを伝えたいのに、伝わらない。


 ポタポタポタポタ、トモヤの顔から水滴が落ちてくる。

 アタイも泣きたいよ。

 アタイが人間の女の子だったら、ひざ枕してヨシヨシって慰めてあげるのに。


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