10.宿屋の娘 セリカ
近くに港町があると聞いて安心した俺は、さっき食べたカップラーメンの容器を回収する。
風に飛ばされず、この辺に転がっていたのはラッキーだったかな?
残して良いのは、足跡だけだ。
プラスチックの容器は、せっかくのこの大自然を破壊するからな、って大袈裟か。
もちろん、ペットボトルも再利用するぞ。
リンプーは、続けて質問する。
「それで、さっき言ってた『トラねこの憩い亭』とやらは、どの辺にあるのかニャ?」
確かに、宿屋の情報は大事だな。
ベッドの上で寝られると思うと、ちょっと眠気を感じてきた。
セリカちゃんは少し考えて、砂浜の砂の上に、落ちていた木の枝で簡単な地図を描いてくれる。
「あの、先ほど助けていただいたお礼もしたいので、ぜひいらしてくださいね」
「お礼というのは、無料飯を食わせてくれるのかニャ?」
うおっ、こいつ調子に乗って何てことを……
「はい。
あなた方がいなければ、私は死んでいたかも知れません。
命の恩人です。
そんな高級な宿ではありませんので、大したものはお出しできませんが、精一杯のお料理を出させていただきます」
「港町で精一杯ってことは、お魚料理もあるニャ?」
リンプーの目がキラーンと輝く。
「はい、もちろんです。
この辺では、ねこ獣人の方には、お刺身が好評です」
「お、お刺身? んにゃー。
ぜひ、ご馳走にありつかさせていただきますニャ」
こいつ、明らかに興奮しているな。
「準備してお待ちしておりますので、トモヤさんとスージーさんも何かリクエストはありますか?」
お刺身がある?
そして、セリカちゃんの東洋人的な顔立ち。
倉木セリカっぽい名前。
きっと、和食に近い食べ物を食べさせてもらえるに違いない。
「お、俺も刺身を食べたいな。
醤油とかワサビも、あるんだよな」
ダメもとで聞いてみる。
思考が伝わるんなら、名前は違っても同じものがあるかどうかは分かるはず。
「もちろん、ございますよ」
セリカちゃんが、ニッコリする。
やったぜ。
ここで、スージーがリクエストを出そうとする。
「私も、その刺身というのを……」
「ダメニャ!」
スージーの言葉を、リンプーが突然ピシャリと止める。
「スージーには、お米を思いっきり薄く伸ばしただけのお粥を用意するのニャ。
しっかり注意しておくニャ。
お米以外に、何も入れてはダメ。
糊状の有機物があれば良いンニャから、お粥で十分ニャ」
「私も、動物性のたんぱく質が……」
「アタイのカツオ海鮮ミックスを食べた罰ニャ。
食べ物の恨みは、怖いのニャよ」
リンプーの勢いに、スージーが負ける。
「了解いたしました。マスター。
お粥という食べ物をいただきます」
全く抑揚が無い答えなのだが、なんだか寂しそうに感じるのは気のせいだろうか。
「分かれば、良いニャ」
「では、お刺身とお粥を中心に、3人分夕食を準備させていただきます」
俺は、さっき回収したカップラーメンの容器を見せながら質問する。
「あと、港町にはアイテムを買い取ってくれる雑貨屋さんとか、ありますか?」
「その変わった食器を売りたいんですね。
でしたら、街の入り口から……」
セリカちゃんは、さっき描いた地図の上に丁寧に書き足しながら説明してくれる。
「ありがとう。
じゃあ、雑貨屋で食器を売って、買い物をしたらお邪魔するよ。
もしかしたら、宿泊もお願いするかも知れない」
「それでは、3人で泊まれるようなお部屋も用意しておきますね。
気に入ったら、泊って下さいね。
無理強いはしませんから。
あっ、でも、出来れば泊って欲しいです」
何度もお辞儀しながら、セリカちゃんは去って行った。
しかし、よく考えたら、俺はパンツ一丁だ。
リンプーなんか女なのに、ずっと下着姿だ。
まあ、スポーツブラっぽい胸当てもつけているけど、ふくらみが無さそうだから、あんまり意味がな…… ブホッ
俺は、リンプーの回し蹴りを、モロに後頭部に受けたようだ。
しまった。思考の帯域を変えるのを忘れていた。
「全く。トモヤには、デリカシーという言葉の意味をしっかり勉強して欲しいものニャ」
考えるだけでもアウトだなんて、厳し過ぎだろう。
「申し訳ございませんでした」
とりあえず、謝っておく。
まだ日は高い。
俺はご機嫌取りのために、最後のチューブ入りおやつをリンプーに渡す。
なになに、『美味しいささみチキン』だと。
「海鮮ミックスシリーズは、カツオで最後だったニャ。
ささみチキンも食べられて、満足ニャー。
ニャフー」
なんだか、ホントに幸せそうだ。
スージーは何も言わないが、悔しそうだ。
最後の一個だから、諦めてくれ。
俺は、折りたたみ式キャンプマットを木陰の砂の上に敷いて横になった。
「ああーっ、自分だけズルいニャ」
「だってお前、ねこだったじゃん。
人間用のマットは、一人分しか用意してねえよ」
「こういう場合、女の子に譲るもんだニャー」
俺は、仕方なく砂の上で寝ころぶ。
「ハアーッ、おやつを食べて、厚手の柔らかマットで一休み。
最高の幸せニャー」
俺も、一瞬マットを取られて悔しかったけど、この砂、鳴き砂じゃないか。
寝返りを打つだけで、キュッキュッって音がして、寝心地良いーッ。




