9.13才のひそかな欲望
キャーッ
若い女性の悲鳴が聞こえる。
「ご主人は、一級フラグ建築士だニャー」
リンプーが、バカにしたように言ってくる。
でも、人間の声だ。
俺が、普通の人間がいないのかという発言をしたら、すぐにこの事態だ。
しかも、若い女性のようだ。
助けに行かなくちゃ。
俺は、声の聞こえた方に走り始めたが、待てよ。
悲鳴ってことは、何かピンチなんじゃ無いのか?
盗賊やモンスターに襲われているなら、戦いの準備無しの状態の俺も危ないぞ。
今の俺は、パンツ一丁で手ぶらだ。
戦おうにも武器が無いうえに、防御する鎧どころか服も着ていない。
いや、でも困っている人を助けないと。
俺は、逡巡してしまった。
走る速度が少々落ちたが、声のした場所にたどり着いた。
若い女性が地面に転んでいて、ヤマネコの怪物が今にも飛びかかりそうだ。
女性は、何かを採集していたのだろうか。
手提げのカゴが転がっている。
襲い掛かりそうなヤマネコに、会話を試みる。
『もしかして、さっきのヤマネコさんかな?』
『そういうお前は、さっき食料をくれた人間か』
『倒れているのは、俺と同じ人間に見える。
とりあえず、見逃してくれないか?』
『こいつは、突然私の縄張りに入ってきた。
子供たちを守るためにも、タダで帰すわけにはいかない』
『そこを何とか』
『お前には、食料をもらった恩がある。
この人間を立ち去らせてくれるなら、見逃すことにしよう』
『ありがとう、ちゃんと追い払っておくよ』
ヤマネコさんは、威嚇しながら去って行った。
俺は、倒れている女性の方に行って、声をかける。
「大丈夫ですか?
ヤマネコは、立ち去ったみたいなので、もう大丈夫ですよ」
「どなたか存じませんが、ありがとうございます。
でも、あんな怪物を追い払うなんて、すごいですね」
女性は、服の汚れをパンパンと払いながら立ち上がった。
まだ少女のようだ。
黒髪で、おかっぱ頭の可愛い顔だ。
「今のヤマネコは、縄張りを荒らされて怒っていたみたいだ。
すぐに、ここを離れよう」
そう言って、最初に流れ着いた砂浜まで案内した。
ここで最初にヤマネコの怪物に会っているから、縄張りから離れたかどうかは微妙だが、カップラーメンを作るのに1時間以上ここにいて問題なかったんだから、大丈夫だろう。
「私、セリカ・クラッキと言います。
港町の宿屋、『トラねこの憩い亭』の娘です。
宿の食事に使えそうな野草を取りに来たのですが、つい夢中になって、人が足を踏み入れない領域まで来てしまったようです。
助けて下さって、ありがとうございます」
倉木セリカちゃんかな?
ここでは、名前、姓の順番なんだ。
「いえいえ、どういたしまして。
俺は、トモヤ・フタガワ。このねこみみ娘がリンプー、そっちのローブ姿がスージーだ」
ひとまず、こちらも名前だけだが自己紹介する。
「この辺りは、地元では危ないモンスターが出て危険と言われています。
地元の人は、あまり近寄りません。
トモヤさんたちは、旅人なのでしょうか?」
俺たちは、そんな危ない場所にいたのか。
セリカちゃんの質問に答える。
「ま、まあ、旅人なのはその通りかな。
でも、あなたの方こそ、そんな危ない所に来て大丈夫なのですか?」
「はい、この珍しいキノコを見つけてしまって。
一定間隔で生えていたので、次々集めているうちに迷い込んでしまったようです」
セリカちゃんが見せてくれたキノコは、マツタケっぽい。
香りが、俺の知っているマツタケの香りだ。
異世界でも、マツタケは人気なのかな?
香りを知っていると自信をもって言えるほど、食べた経験は豊富じゃないけどな。
「先ほどモンスターを追い払ってくれましたが、皆さんは、こんな所にいても大丈夫なのですね。
特にトモヤさんは、私と同じくらいの年に見えるのですが、お強いのですね?」
セリカちゃんが、遠慮がちに聞いてくる。
「子供に見えるかも知れないが、俺は、さんじゅ……」
『待つニャ』
突然、頭の中にリンプーの声が響く。
『何だよ』
頭の中で答える。
『トモヤは、こっちの世界に来るときに金髪碧眼の美少年になりたいって願ったから、その通りの容姿になっているニャ』
『それは、さっき聞いたぞ』
『その容姿で30才は、怪し過ぎるニャ』
確かにその通りだと思った俺は、言い直す。
「あ、俺は今年さん、さん、えーと、そうだ、13才だ」
「13才、それだと私より年下なんですね。
私実は、14才なんです」
「じゃ、じゃあ、セリカお姉さんかな?
は、ハハハハ」
本当は30才のオッサンなので、少し後ろめたい。
「お、お姉さんだなんて、そんな」
セリカちゃんは、少し頬を染める。
可愛いな、おい。
いてっ。
背中をつねられた。
『デレデレしてんじゃ、ないニャ』
頭の中に、いつもより厳しめの声が響く。
別に良いじゃないか。
やっと、普通の人間に出会えて、普通に会話が出来ることも分かったんだから。
リンプーが、俺たちの和やかな会話を遮って、真顔で尋ねる。
「ところで、セリカはさっき、港町の宿屋の娘だと言ったニャ。
港町は近いのかニャ?」
「はい、ここから30分くらい歩けば、街の入り口に着きます。
木の柵で囲ってありますけど、門を閉めるのは何かあった時だけです。
普段は、誰でも出入り出来ますので安心してください」
どうやら、外敵は人里に近付くことは、それほどないのだろう。
せっかく町に付いたのに、よそ者は入れてもらえないというイベントには、会わずにすみそうだ。
普通に町に入れそうで安心した。




