0.プロローグ:何度も見る夢
俺たちは、薄暗い洞窟の中を一列に進んでいく。
先頭を歩く俺の前方に、フワフワと火の玉が浮いている。
魔法の火の玉か。
これ以外に光源は無い。もし消えたら、真っ暗闇だ。
道は平坦ではない。
登り降りもあるし、岩もゴロゴロしている。
人の手が入っていて、足元が厳しい場所にはロープが張ってあったりして、進めないほどでは無い。
とは言え、落ちたら死にそうな底の見えない溝や穴が、そこかしこにある。
足を踏み外さないように、慎重に一歩一歩踏みしめるように歩く。
お約束のように、俺の後ろを歩くねこみみ娘が「おっとっと」と転びそうになる。
「おいリンプー。わざとじゃないだろうな」
「失礼な奴だニャー。わざとに決まっているニャ」
おいおい。
リンプーって俺の飼ってるねこと同じ名前だな。
でも、声がチョー可愛い。
俺の大好きな七色の声を操る声優の佐倉李依ちゃんが、担当しているかのようだ。
しかし、冒険中のはずだ。
どうしてメイド服姿なんだろう?
スカートは、動きにくいように思うんだが。
自然にできた洞窟なのだろう。
壁が、少し濡れた土だ。
風が吹いている訳じゃ無いが、何だか空気がヒンヤリする。
まあ、肌寒いってほどでは無い。
あれ?
俺、なんでこんな洞窟の探検をしてるんだっけ?
磨いたようなピカピカの白骨は、無さそうだ。
そこへ突然頭の上から、動かないサソリや毒グモが襲ってきたりもしない。
しばらく行くと、行き止まりだった。
目的地に着いたようだ。
俺たちの行く手を阻む、頑丈そうな石の扉。
その扉の継ぎ目の近くに、わざとらしく設けられた丸い穴。
「それじゃあ、開けるニャ」
同行するねこみみの女の子が、その穴に、指輪に付いた赤い宝石をはめ込む。
ズズズズ
鈍い音を立てながら、石の扉が両開きの自動ドアのように、ゆっくりと開いていく。
扉の先は、小部屋になっている。
ここが、秘宝の間。
俺達が目指す秘宝が隠された、秘密の区画だ。
やった。ついにやった。
俺は、ついにやったんだ。
キャプ……ザッザザ(雑音)の秘宝を見つけたんだ。
大小の宝箱が並んだ洞窟の区画内で、俺は感動に浸る。
大きな宝箱のフタに手をかける。
力を入れて持ち上げると、パカッとフタが開いた。
沢山の金貨の上に、金色に輝く優勝カップのようなものが乗っかっている。
俺の後ろから手が伸びてくる。
黒髪ショートカットの女の子だ。
「聖杯。これで、お母さんの病気が治る。
ああっ、お母さんが、助かるんだあ」
女の子が、目に涙を浮かべている。
事情が呑み込めないんだが、俺の目にも涙があふれてくる。
正面の宝箱をはさんで、向こう側から声がする。
「やりましたね。トモヤどの」
向こう側は暗がりで、顔はハッキリとは見えないが、雰囲気で分かる。
相当の美人だ。
そのプラチナブロンドのナイスバディ美人が、ニコリともせずに棒読みで褒めたたえてくれた。
ここまで、本当に長い道のりだった。
えっ? そうなのか? 俺は冒険していたのか?
自問自答する。
「本当に何百年もの間、数多くのトレジャーハンターが挑戦しては諦めていった、真の秘宝。
それをとうとう見つけたのですね」
プラチナブロンドの美人は、説明調の長い台詞を、やはり棒読みだ。
「ああ。これで俺も何かを成しとげた男になる訳だ」
「それは、おめでとうございます。
そして、さようなら」
「ありがとう」
えっ? さようなら?
その美人は、右手を前に出して、俺に手のひらを見せる。
パタンと音がして、手首から先が下に落ちる。
いや、落ちていない。つながっている。
手首の切断面には銃口がのぞいている。
切断面じゃない。
単なる部品の継ぎ目、境目?
この美人は、アンドロイド?
ダン、ダン、ダーン
3発の銃声が鳴り響く。
「スージー、ど、どうして?」
俺は、薄れゆく意識の中で彼女の名前を呼ぶ。
あの美人アンドロイドの名前は、スージー?
-------------------
------------
------
俺は、ハッと目覚めた。
夢か。ここのところ毎日同じ夢を見ている気がする。
でも、ほとんど何も覚えていない。
悪夢だったことは、嫌な感じの寝汗をかいていることで分かる。
ただ、最後に3発の銃声が響くことだけが、記憶に残っているだけだ。
同じ夢を見始めたのは、多分、オヤジが亡くなってからだと思う。
ブラック企業に何年も務めて、心が壊れてしまった俺が見る夢は、怒り狂う上司の罵声で目が覚めるパターンが多かった。
最近漸くそんな夢を見なくったんだが、今度は得体の知れない夢だ。
夢魔にでも憑りつかれているんだろうか?
俺の名前は、二川友也。
この世に生を受けて、29年と364日。
今の俺は、自慢できるものが何一つない、ただの無職だ。