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ついに聖歌隊の出番だ。私たちは自分の立ち位置に立つ。
会場はざわめいた。庶民の格好、私の横にみすぼらしい恰好の庶民が並んでいること、わたしが合唱台最後列に並んでいることいろいろあるのだろうが、そのどれ一つも聖歌隊にとってはどうでもよいことだった。
シスターが両腕をあげ構えると、ざっと聖歌隊が一斉に肩幅程度足を開く。
その統率された行動で、会場のざわめきがシン、とおさまる。
きちんと調律されたピアノの美しいイントロが広場に響く。
『主よ、我らを導き給え
荒波も、強風もすべてに打ち勝つ力を与えよ
われらは歩もう、お心とともに』
大聖堂の聖歌では聞けない、子供の無垢な声。
しかし、子供らしくただ歌うだけでなく、隣人を支えともに響きあう歌声は、このグリーン領の大人たちの心も響くだろうか。
『主よ、我らを導き給え
運命も、使命も味方に変える力を与えよ
われらは歩もう、お心とともに』
最後に祈りの言葉を添えて歌い終わると、会場からは割れんばかりの拍手が響いた。貴族の品のある拍手だけではない、指笛の音も入り、それは地球で慣れ親しんだ大歓声だった。
「歌とは、歌う人だけでなく、聞く側の人まで平等にしてしまうのね」
隣のマリアがつぶやく。えぇ、と小さなこえで頷き、聖歌隊全員でシスターに倣って礼をする。
顔を上げると、会場からエリック殿下が舞台に上がった。それは予期していなかった行動のようで、周りの騎士団が止めようとするも、それはかなわなかった。
「素晴らしい歌をありがとう」
「お礼を受けるのはわたくしではありませんわ」
シスターがそう言い、舞台端によける。そして、見送りの花を一輪持ってきた。シスターの顔も聖歌隊全員の顔も私の方を向いている。
私がエリック殿下の元まで行けるように聖歌隊が道を開け、マリアが私の背中を軽く押す。
「歌の前に人々は平等だと教えてくれたのはあなたです。その教えこそ、私たちを強くした根底なのです。この聖歌隊に救世主がいるとしたら、それはあなたでしょう」
さあ行きなさい、とマリアが私を送り出した。
私はエリック殿下の元まで行くと、シスターが私に一輪のマリーゴールドを手渡す。
「どうか幸多き旅路でありますように」
私がそうマリーゴールドを手渡すと、エリック殿下は微笑んだ。
私は頭を下げ後ろに下がる。
聖歌隊が舞台から下がり、いよいよエリック殿下が船に乗り込んだ。
父は、エリック殿下の船の近くでエリック殿下の付き人に何か話しているようだった。父のもとへ行こうと船に近寄ると、船の上から声をかけられた。
見上げるとそれはエリック殿下で、私は慌てて頭を下げる。
「ラウタ嬢、あなたが目覚め、あなたの歌が聞けて良かった」
そういうと、エリック殿下は船内に戻ろうとした。
「エリック殿下!」
思わず声を上げる。
「どうぞ、背後にはお気をつけて」
留学中に暗殺されませんように、と不審がられない程度の忠告を送る。
彼に伝わったのかはわからないが、エリック殿下は大きくうなずいた。
船の出航の汽笛が鳴り、船は錨を上げる。船と桟橋をつなげていたロープが外され、船が徐々に沖へと遠ざかっていく。
船がとても小さくなったころ、父は私に「さて事業の話をしようか」といった。
はじかれた様に父の顔を見上げると、それはとてもうれしそうで、誇らしげな顔だった。
「えぇ! もちろんですわ!」
*~*~*~*~
父との話を終えて、舞台に戻ると、聖歌隊は片づけの準備をしていた。
マリアはその中心で聖歌隊の面々に囲まれている。一週間前の高飛車なお嬢様の姿はなく、もうすっかり人気者だ。
マリアは私の姿を見つけると、こちらに駆け寄ってきた。
「ちがいますのよ!一度着た服は商品になりませんから、返されても困りますの!決して皆さんの思い出の品にしてもらおうなんて思ってませんのよ!」
顔を赤らめてそっぽを向く、マリアの目元が涙で潤んでいる。
「マリア様、この度、この聖歌隊を事業化することになりましたの。だから、ぜひあなたには残ってもらいたいのです。年齢なんて悲しいこと言わず、私のために残ってくださいますわよね」
私がそういうと、マリアがいっぱいに目を開き、その目から涙が零れ落ちる。両の掌で口もとを隠し、瞳からは涙が止まらなくなっている。
胸が詰まって何も言えないのか、マリアにしてはとてもとても小さい声で「もちろんですわ」とそう返事をくれた。
そのあと私は聖歌隊の面々を集めて、今後の事業化の話をした。
まずは、年齢の上限を取り払うこと。今までは12才を上限としていたが、今後はそのような上限をなくし、最終的には大人から子供まで広い年齢層の聖歌隊を作りたい。
次に混声2部から最低でも混声4部までパート数を増やすこと。ピアノにしても合唱にしても重なる音の数が多い方がきれいに聞こえるというもの。実際一週間でここまで成長する、元からセンスのある集団なのだ、きっともっと練習すればきれいなハーモニーを作れるはず。
「でもどうやって収益を得ますの?そもそも私やラウタ様とは違って、普通この歳になれば見習いとして修業に入るのが一般的というもの。練習時間も取れなくなりますわよ」
さすがは商家の娘、マリアはよくわかっている。
この国の平民は12才になると、何かしらの職業見習いとして働くことになっている。聖歌隊が12歳までなのはそういったルールがあるからだ。
「もちろん、聖歌隊として残る方にはお金を払いますわ。普段の練習では職業見習いの平均お給料の6割をお給料として支払います。しかし、日曜日のミサや、ほかに発表の機会がありましたらそのたびに収益の一部を皆さんに特別給金として割り振ります。今決まっているお仕事としては日曜日のミサだけですけれど、将来的には各種お祭りや、出資者であるグリーン家に来賓があった時など幅広く出しゃばっていこうと思っていますの」
実際に教会とは日曜日のミサでの寄付金の2割程度を出演料としてもらう手はずを整えてある。
「もちろん、最初は職業見習いのほうがお給料はいいです。でも、見習いでは年齢でもらえるお給料は決まっているわ。聖歌隊なら、私たちが努力して出番が増えるだけお給料は増えます。もちろん練習も今まで以上に厳しくします。入隊に際して試験も執り行います。さぁ、それでもいい方だけ残ってくださいな」
そういっても誰一人としてその場を動こうとしなかった。
今年で12才を迎える平民の子たちも、瞳を輝かせ今まで以上に頑張ります!とやる気を見せた。
「誰も抜けないそうよ、ラウタ様」
正直、ほとんどが抜けるとおもっていた。なにせ、将来が確約されていないのだ。見習いとして働けば、将来一定の給料は約束される。私やマリアとはわけが違う、12才になれば立派な働き手として家族からもあてにされる。
それなのに。
「何呆けた顔をしてらっしゃるの、ラウタ様」
マリアが私の肩をたたく。
「責任重大ですわよ? これだけの人たちを養わなければならないのだから」
そう微笑むマリアの顔は希望に満ちていた。
*~*~*~*~
それからは聖歌隊の練習スペースとして教会の一部屋を借りる契約をし、ちゃんとピアノの調律師を雇った。一曲だけでは成り立たないと、教会のシスターから曲を聴き追加で4曲も楽譜を作った。練習の合間にみんなで楽譜を紙に写し、日曜日は毎朝必ず聖歌隊として歌を歌った。少しずつ聖歌隊としての体をなし、ようやく2曲目がお披露目できるまでに上達したころだった。
父のもとにエリック殿下が留学先で殺されたという知らせが入る。
それはちょうど、出港式から2か月後のことだった。
お読みいただきありがとうございます。
==============以下言い訳==============
正直生で聖歌を聞いたことがないので歌詞のクオリティについてはひどいです。
いつかは聞いてみたいと思うものの………
しかもシスターについての知識すらも「天使にラブソングを」からです。
「天使にラブソングを」は人生で最も好きな映画の一つですね。