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 マリアが手配した使用人と洋服のおかげで、まるで全員が裕福な子供たちにみえる。

 庶民の子供たちはすっかりマリアと仲良くなったようだ。マリアの取り巻き達も質のいい石鹸を提供したり、腹がすいては何とやらと食料を提供したりしたそうだ。

 

 私はすっかり変わった聖歌隊を茫然と見つめる。横にいたマリアが真剣な顔つきで話す。


「わたくし、見た目って大切だと思いますの。あなたは洋服なんて、と言いましたけれど、きちんと着飾れば勇気が出ますわ。あなたにとって歌とは勇気のいるような行動ではないのかもしれません。でも、きっと彼らにとっては、貴族や裕福な子たちと並んで大きな声を出すのは、きっととても勇気のいることだと思いますの。だから着飾ることもとても重要ですのよ」


 あ、でもちゃんとコルセットは外しましたわよ!と胸を張るマリアにお礼を言う。


「でもマリア様のおかげでみんな同じになれましたわね」

「私ができるのは下準備までですわ。あとはラウタ様に任せますわ」


 マリアはそういうと、合唱台のいつもの位置に戻っていく。

 マリアの見繕った服によって聖歌隊全体に統一感が生まれる。私は昨日書いた楽譜をくばる。コピーなんてないから、朝使用人を集められるだけ集めてみんなに写してもらったものだ。それでも枚数は足りず、二人で一枚がいいところだ。

 

 まずは楽譜の読み方を教え、一音一音をピアノで確認しながら体で音程を覚えてもらう。

 マリアが言った通り、きちんと洋服をきた庶民の子供たちは昨日とは見違えるほどのきれいな声を出した。誰かが突っ走ることもなく、みんなが隣の人の音をきちんと聞いて歌っている。

 いつもなら、お昼になると昼食を取りに帰る庶民の子たちも、今日はマリアたちの用意した昼食をとっている。昨日まで私や令嬢、子息にびくついていた子供たちが嘘のように堂々としていて、どうやらすっかり仲良くなれたようだ。


(洋服は武装ね………)


 商家令嬢として敵は多いのだろう、マリアらしい考えだ。

 そして一緒に食事をとるというのも彼女たちの考えだ。練習だけでなく、同じ時を共有することで、絆は生まれますのよ、とマリアはそういった。きっと、将来は商団を取り締まるリーダーとしてしっかりと教育されているのだろう。食事内容にも気を配り、みんなが食べやすいサンドウィッチを選んだのも、彼女らしい選択だ。


 今日一日ですっかり変わった聖歌隊をぼんやりと眺める。 


「ラウタ様、あなたのおかげで、ずっといい聖歌隊になりましたわ」

 

 マリアがいつもの取り巻き二人を従えて話しかけてきた。


「いいえ、あなたたちのおかげですわ。グリーン家を代表して礼を言うわ」

「わたくしたち、最後にこうしてちゃんと聖歌隊として歌えることがとてもうれしいですわ」

「最後?」

「えぇわたくしたちは今年で12才ですもの」


 聖歌隊は終わりですわ、そういう3人の顔はとてもさみしそうだった。


「歌に年齢があるなんておかしいですわ」


 そういった私の言葉に困ったように笑うと、「決まりですから」とそういった。私がでも、と続けようとしても、「もう午後の練習を始める時間ですわよ」と年上らしく交わされてしまった。




 *~*~*~*~

 練習を終え家に帰ると、真っ先に父の部屋へと向かった。ドアの前で立ち止まりノックをすれば、部屋の中から父の声が聞こえる。

 ラウタです、と名前をつげると、父は快く入室を許可してくれた。

 スカートのすそをつまみあげ、お辞儀をすると、父もそれに返してくれる。父はいつも通り、私にソファを進めたが、私はそれを断った。


「今日はお父様ではなく、領主さまにお願いがございます」


 謁見のお時間でなく申し訳ございません、というと父の顔はにこやかに笑いながらも、領主としての厳しいものになる。

 父に用件は何だ、と促され小さく息を吐きしっかりと父の目を見る。


「聖歌隊を事業として立ち上げたいのです」


 私の言葉に父の眉間にしわが寄る。

 父の言わんとすることは分かる、この国に歌で生計を立てられるのは本の一握りで、まして父はあの聖歌隊の歌の酷さを知っている。思わず顔をしかめるのももっともだ。


「お父様のお気持ちはわかりますわ、今すぐにとは言いません。まずは出港式で聖歌隊をご覧になってください。きっと事業として成り立つことを証明してみせますわ」


 そういうと、私はにこりと笑って部屋から出ていこうとする。

 すると、後ろから父に「待ちなさい」と呼び止められた。


「きちんとどのように収益をあげ、事業の最終目標も決めておきなさい。出港式が終わったら話を聞こう」


(こんな10歳の戯言もしっかりと受け止めてくださるのね、お父様)


 前世でも私のどんな意見も無下にはしなかった父。たった10歳の今のラウタでも、おなじようにふるまってくれる父に胸が熱くなる。


「わかりました、絶対に領主さまのお時間を無駄にはしませんわ」




 *~*~*~*~

 一週間なんてあっという間だった。

 ついに本番の日、出港式には数多くの屋台が立ち並び、朝早くから港はにぎわっていた。船の乗組員は出航に向け荷を詰め、留学に向かうご子息たちは家族との別れを惜しんでいる。


 出港式を境に約10か月、この港は大いに栄える。逆に残りの2か月は港には船をつけることも、船で出ていくこともできない。その2か月は海が荒れやすく、航海には向いていないのだ。そこで、4代前の領主が2か月間は港を締め切り、海が落ち着き、航海の許可を降ろす日を出港式としたのである。

 つまりは地球でいうところの海開きのようだ。

 もちろん漁についても同じ日に解禁されるものが多いため、港は船でひしめき合っている。


 そんな賑わいの中、聖歌隊の準備をしていると、重々しい重装備の騎士団を従えたエリック殿下が見えた。


「いくら王都でないからとはいえ、あの重装備はやりすぎではありませんこと?」


 まるでグリーン領は危険であるといっているようなものですわ、と同じく準備をしていたマリアは、庶民の女の子の髪を結うリボンを選ぶ手をとめ、忌々しそうに騎士団をにらみつけた。 

 一通りにらみつけた後、エリック殿下がこちらに顔を向けると、フンとそっぽを向いた。

 一歩間違えれば不敬罪になりかねないその行為に、マリアもまだ子供なのね、と苦笑いしてしまう。

 本来であれば10歳のラウタはもっと子供なのだけれど。


(あれじゃあ、グリーン領を信用していないというより、「()()()()()()」と言いふらしているよう)


 ふと、父の言葉を思い出す。どうやら『追い出されるように』とは私に向けて言葉を柔らかくしたようだ。実際は城の外で殺すために、留学が計画されたのだろう。


(本当に、なんて醜い)


 父が憂いを持つのも仕方がない、国王が我が子を殺そうというのだ。そんな国王のために仕えなければならない父の気持ちは、なんと悲しくつらいものだろう。


 思わず手に持っていた楽譜を強く握ると、マリアがそっと私の手を握る。

 きっとエリック殿下の前で緊張していると思ったのだろう。マリアは大丈夫よ、と私の手を強く握った。


(そう、今は聖歌隊を成功させることだけ考えよう。かわいそうだけれど、今は憂いてもエリック殿下を救うことはできない。私にできるのは彼女たちを守るので精一杯よ)


 気持ちを入れ替え、もうすっかり聖歌隊の手伝いに慣れたマリアの使用人たちに指示を出す。合唱台をはこび、ピアノをセッティングする。人前に出ることがあまりなく、緊張でがちがちに固まるシスターたちの緊張を緩めるために、一人一人と談笑し、最後にアンナを呼んでピアノの音を調節する。


 出港式は聖歌隊の歌を捧げた後、全員が船に乗りこみ、そのあと船が出航する。今年はエリック殿下がいらっしゃるということで、例年より多くの人が集まっているようだ。


 広場につくられた簡易舞台のそでで聖歌隊は出番を待っていた。

 これだけの大勢の前で歌うのは初めてだ。みんなかなり緊張しているようだ。あのマリアですら笑顔がなく、その手は若干震えて見えた。


「みんないい? あなたたちの歌は見違えるほどうまくなったわ。もう、子供のお遊戯だなんて誰にも言わせないほどに。だから胸を張って、いつも通り歌いましょう。身分や業種にとらわれる大人たちに見せつけてやるのよ。私たち聖歌隊だけは神のもとにみな等しいのだと」


 そういうと、何人かの庶民の子たちは意を決したように、舞台裏、着替え室に戻って行った。私が不思議そうに見ていると、結局マリアとそのとりまき、私を除き全員が舞台裏に行ってしまった。

 そろそろ出番ですわよ! とマリアが慌て始めると、全員が舞台裏から戻ってきた。

 

 マリアが用意した洋服ではなく、いつも自分が来ている服を着て。


「ご厚意を無下にすることをお許しください。でもこのぼろ切れが私たちなのです」


 庶民の子の一人が私の顔をみて言った。私の横でマリアがふと笑った。


「もうあなたたちには仮初の自信はいらないのね」


 そうマリアが言うと、みんなの顔に笑顔が灯る。

 もう、貧富を気にして自信なさげに歌う彼らではない。もう洋服で自分を隠すことはしない。貧しいことを受け入れ、それでも私たちの隣に並ぶ勇気を持ったのだ。彼らは『自信』という、どんな鎧よりもつよい、武装を手に入れたのだ。


 富める者も、貧しい者も、みな等しいと。

 それはこの国に初めて生まれた平等だった。

お読みいただきありがとうございます。


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