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 正直、聖歌隊の出来はひどすぎて神様もしっぽを巻いて逃げ出すほどだ。改善点なんてものじゃない。一からすべて塗り替えるぐらいしないと、とてもじゃないけど人様に見せれるものじゃなかった。


「まずは、ご令嬢の方々。そのコルセットは取っていただけますこと? ここは教会、パーティー会場じゃありませんのよ。そして、そちらのご子息の方々はもう少し周りの音を聞いて歌っていただけます? これじゃああなたたちのコンサートになってしまいますわ。そしてほかの方々は何を歌っていますの? 神様は忙しいので、そんな小さな声じゃ聴いてもらえませんわよ」


 一息にまくしたてると、教会内がシンと静まりかえった。

 その静寂を破ったのは最年長の商家の令嬢だった。


「ラウタ様は初めてだから知らないかもしれませんけれど、聖歌隊は富めるものも貧しい者もともに歌うことに意味がありますのよ。私たちが着飾らなければ、誰が富めるものかわからないじゃありませんの。それに、聖歌隊に求められるのは歌の上手下手ではないと、シスターもおっしゃってましたわ」


 ふふん、と言い負かしたつもりなのだろう。胸を張る令嬢にとりまきらしき令嬢たちもそうですわ、と口々に商家令嬢に賛同する。

 お家が富めても頭は貧相なんですのね、と地球原産の口の悪さが出そうになるが、ぐっとこらえる。悪口を我慢するのはあの王子に鍛えられたので得意技だ。


「あら、そこまで分かってらっしゃるのに、洋服ごときにこだわるなんて自分の魅力は服にしかないと、そうおっしゃっているようですわよ」


 我慢しきれていない部分があるが、まあ10才ということで許してもらおう。


 10歳の子に侮辱されて悔しいのか、令嬢の顔はどんどん赤く染まる。

 ちょっとやりすぎた。


「あなたはさっきの歌もきちんと音も取れていたわ。でもそのコルセットのせいでそれを活かしきれていませんの。それはとてももったいないことよ。そのお隣の方はたまに音は外れていましたけど、その声はとても綺麗よ、しっかり練習すればその洋服よりよっぽど素敵になるはず」


 シスターが驚いたようにこちらを見ている。

 こちとら、地球では有名な歌手だったのだ、たかだか20人程度の合唱を聞き分けるなんて簡単だ。

 この聖歌隊の欠点はまとまっていないこと。一人一人音程はほとんど取れているし、数人パートがあってない人がいるので、それを直して強弱をつければかなりいい線行くだろう。こればかりは私がいくら歌がうまくてもカバーできるものじゃない。そもそも合唱とは誰が一人が卓越するより、全員の技量がそろっている方が美しいのだ。


「まずは正しい音を知りたいですわ。シスター楽譜をくださいな」


 そういうと、キョトンとした顔でシスターは言った。


「ラウタ様、楽譜とは何ですか?」




 *~*~*~*~

「姫様、どうぞ休憩なさってください」


 アンナが心配そうにいい、机にお茶を置いた。

 紅茶のいい匂いがふわりと香り、私は机から顔を上げた。ありがとう、とアンナの紅茶を口に運ぶと、アンナは机の上の楽譜を不思議そうに見た。


「これが楽譜というものですか」

「アンナも楽譜を見たことがないの?」

「えぇ、聞いたことはありますが見たことは………。王宮や大聖堂ではいくつか楽譜があると聞いています」

「そうなの」


 つまりは楽譜はまだ浸透しきっていないということだ。もちろん、楽譜がなくても音楽は成立する。現に私が適当に歌うときはほとんどがそうだ。しかし、それが合唱となってくると話は別だ。

 結局、楽譜がないということで、一番音がしっかりしていたあの商家の令嬢の歌をもとに楽譜を起こしている。改めて伴奏を聞けば、合唱の酷さに気を取られていたが、ピアノの調律もずれていたのだから大変だ。ピアノの調律方法をアンナに説明して、音の指示は私が出して直してもらった。ダメ元で素人のアンナに頼んだのだが、私の侍女は優秀すぎて涙が出る。ピアノを合わせたら、改めてピアノを弾いてもらい、そのコードや商家令嬢の歌をもとに音を決定していく。その音を基準にアルトパートの音を決め、テノールを決める。


(そういえば、男子たちの多くは歌いにくそうだったわね。まあ12才程度じゃきちんとした声変りをしている方が少ないでしょうし、いっそのこと混声2部のほうがきれいよね)


 一通り、楽譜を書き終えたところで時計を見ると、もうとっくに寝る時間を過ぎていた。

 それなのに、アンナはせっせと部屋の隅々まで掃除し、私が使いやすいように部屋の改造に精を出していた。


「ごめんなさい、アンナ。こんな時間まで付き合わせてしまって」


 私がそう謝ると、アンナもわざとらしく「あら気づきませんでした」ととぼけた。


「いつもならもうとっくに下がっている時間でしょう」

「でも楽しそうな姫様を見ていたかったので」


 「楽しそう?」と聞き返すと、アンナは「えぇとても楽しそうでしたよ」とほほ笑んで返した。ふわりとほほ笑むアンナの顔はとても穏やかだ。

 

「確かに、楽しいわ。歌だけでも自分の好きなことができるんだもの」


 私は手元の楽譜をいとおしくなでる。


「ほかに姫様が好きだったことはないのですか?」


 アンナの問いかけに「ほかね………」と考えると、次に浮かんできたのは絵だった。


「絵を、描くのが好きだったわ」


 地球でのアトリエを思い出す。大小さまざまなカンバスに思い思いの色をのせて、日が昇って日が落ちるまで絵を描いていた日々。

 歌に比べて仕事の意味合いが強かったけれど、どうあがいたって大好きなものの一つだった。


「ではきっと、姫様の描く絵もとても綺麗なのでしょうね」


 アンナはまだ見ぬそれを、想像するかのように目を閉じる。


「どうしてそう思うの?」

「だって、姫様があそこまで幸せそうに作るものが美しくないわけないでしょう。あのように幸せな顔をする人が作るものは決まって美しいのですよ。料理番のリックや、庭師のジョンがする顔と同じですから」


 あの二人の顔を思い出すと思わず、笑みがこぼれる。

 確かにアンナの言う通り、リックは本当に楽しそうに料理を作るし、ジョンは土まみれになってこそ輝くのだ。私は二人の作る料理や庭が大好きで、毎日の料理も季節が変わり庭が変わる瞬間をとても楽しみにしている。


「私の歌や、絵も、ここでなら誰かのためになれるのかしら」


 前世では考えられないことだった。音楽なんてできたって意味がないと、そう思っていた。

 しかし、処刑される前に考えていたことはもっと歌も、絵も、やりたいことをやればよかったという後悔だった。気づいたときには長い地下牢生活で声は枯れ、紙とペンさえも手に入らない状況だった。


「えぇ、絶対に。あなたの行動は必ず誰かのためになりますよ」


 アンナは私の顔をしっかりとみつめ、力強くうなづいた。




 *~*~*~*~

 翌日、私はアンナとともに再度教会に向かった。

 道中の馬車の中から外を見ると、いつもより馬車どおりが激しかった。


「なにかあったのかしら」

 

 そうアンナに声をかけると、アンナも不思議そうに窓から外を見ていた。


「みんな同じ方へ向かっていますね。何か荷物を積んでいるようですが」


 そう、アンナの言う通り、馬車は全部私と同じ教会に向かっているのだ。実際に教会の近くにつくと、急ぐように私たちを抜かしていった馬車が教会に集結していた。


 あまりの馬の数に教会に近づけず、仕方がないので少し遠いところで降りて歩くことにした。馬車から降りると、教会の前にはあの商家令嬢が立っていることに気づいた。

 何をしているのかと思えば、何やら大量の箱を教会内に運んでいるようだった。

 

 教会の前でおはようございます、と挨拶をすると、商家令嬢は顔を真っ赤に染めてあたふたと慌てだした。

 

「あらちょっと早いんじゃなくて?まだ始まったばかり………」

「マリア様、お洋服を運び終えました。教会にいるものから見繕ってよろしいでしょうか?」


 慌てる商家令嬢の後ろから、商家の使用人らしき人物が顔を出す。

 何やら不審に思い教会のドアを無理やり開けて入る。後ろで商家令嬢が慌てているようだが、気に留めることはない。

 教会の中に入ると、そこにはたくさんの洋服とたくさんの使用人がいた。教会はところどころパーテーションで仕切られていて、使用人たちがあわただしく水やタオルを運んでいる。

 そして、その使用人たちは庶民の子供たちを洗ったり、服を着せたりしている。商家令嬢の取り巻きも、使用人と一緒になって庶民の子供に服を選んでいる。


「違いますのよ!うちにはたくさん服が余ってますから!全部おさがりですのよ!洗っているのだって、汚いままでしたらお洋服が長持ちしませんでしょう!?」


 昨日までお世辞にもきれいとは言えず、ぼろぼろの服を着ていた子供たちが、商家令嬢のおかげで人前に出ても恥ずかしくないほどきれいで、しっかりとした服をきている。

  

 私は勢いよく振り返り、後ろで「違いますのよ!」を連発している商家令嬢の肩をがっしりと掴んだ。


「私、自分が恥ずかしいですわ。本番だけつくろえばいいなんて!」


 商家令嬢はいきなりのことで、びっくりした顔を見せたが、すぐに今までになく顔を赤く染めた。


「違いますのよ!10歳のラウタ様が聖歌隊のために楽譜を書くと言っているのに、最年長のわたくしが何もしないなんて失礼でしょう!?お父様に聞きましたわ!楽譜とは王宮や大聖堂にしかないものなのでしょう!それを作るなんて並大抵の………」


 私は商家令嬢の言葉が終わる前に思い切り抱き付いた。

 わ!と商家令嬢は驚いたように声をあげるもののしっかりと私を抱き留めた。


「マリア様!大好きですわ!さすがですわ!」


 私がそういうと、耳まで真っ赤に染めたマリア様が「当然ですわ!」と胸を張っている。


 私は昨晩のアンナの言葉を思いだし、鼻の奥がツンとする。

 アンナの顔をちらりと見ると、アンナは今までにないくらい得意顔だ。その顔にはだから言ったでしょうと書いてあった。

読んでいただきありがとうございます。

マリアはラウタにとっては初めての友人です。

ツンデレ令嬢って素晴らしいですのよ。

否定から始まる会話はよくないと言いますが、マリアの「違いますのよ!」は許されると思うのです。


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