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「お父様!」

 

 父の書斎の扉をあけると、父は書類を読むのをやめて、にこりと笑ってこちらを向いた。


「どうしたんだい、グリーン家の愛娘がノックも忘れるなんて」

「ごめんなさい、お父様。私、どうしてもお父様に聞きたいことがありますの」


 私はスカートのすそをつかみ、軽く腰を曲げる。

 父は部屋のソファを私に勧めた。父が机のベルを鳴らすと、部屋にきたメイドにお茶を入れるよう指示をした。

 父の部屋の大きな本棚には壁いっぱいに本が敷き詰められており、天文学から農学、政治学、経済学までなんでもそろっている。


(前世では、よくここの本を借りて勉強したのよね)


「まだ、ラウタには難しい本ばかりかな」

「あら、私はもう立派なレディですのよ。すぐにお父様に追いつきますわ」

「それは楽しみだ」


 なんてことない、親子の会話だ。

 このなんてことない時間を守るために、意を決して口をあける。


「お父様、今度の出航式にエリック王子もご出席なさるのですか」

「………まだ、王族に興味を持つには早すぎだなぁ」


 父の笑顔が変わる。


(さすがにいきなりすぎたかしら。当たり前よね、ラウタは2年も眠っていたなら王子のことだってろくに聞いていないはず)


「何を言ってますの、お父様。私はもし王族の方が来るなら、それはそれは歌の練習しなくては、と思っただけですわ! グリーン家の名誉にかけて!」


 聖歌隊に出ようといったのはお父様でしょう、と子供っぽく頬を膨らませ、前のめりに主張する。

 父はそんな子供じみた私の行動を見て、警戒を緩める。

 ちょうど、メイドがお茶とお菓子を持ってきてくれた。嬉しそうに、おいしそうにお菓子を頬張ると、父の笑顔は愛娘に向けるやさしい笑顔に変わった。

 

「ラウタは、エリック王子に会いたいのかい?」


 私は手に持っていたお菓子をお皿において、父の顔を見る。


「お父様、私はいつでも王族に仕える覚悟はできています。ただ、願わくば、地位もお金も捨てて国民を守れるような、そんな国王に仕えたいですわ」


 前世のジェラードは戦争で負けると分かると、身代わりに私を城において、一人亡命しようとした。結局彼は道中射殺され、首だけが戻ってきた。

 あの時感じたのは、自分がおいていかれた絶望より、こんな王しかいない自国への嫌悪感だった。


(あんな思い、もうたくさんよ)


 父は私の顔をみて、とても優しく、でも少し寂しそうに微笑んだ。


「いつの間にそんなに立派になったんだい」


 そんなに急いで大人にならなくていいのに、そうつぶやいて、父は紅茶を口に運ぶ。

 いつだったか、前世でも同じことを父は言った。同じこの部屋で。

 父はカップを置くと、上着の内ポケットから手紙を出した。そして、それを私に向けて机に置いた。


「昨晩、エリック王子が正式に留学されることが決まったよ。出航式にも出られるそうだ」


 (あの馬はそれを届けに来たのね)


 手紙の印は確かに王族のものだった。

 前世通りいけば、第一王子であるエリック殿下はこの留学中に命を落とし、弟に継承権が渡ってしまう。逆に言えば、エリック殿下さえ生き残ってくれればあの地獄は回避できるかもしれないのだ。

 聖歌隊として出港式に出られれば、エリック王子に危機を伝えるタイミングがあるかもしれない。


「エリック殿下はね、ラウタ」


 父が私の手を握り声をかける。その手はとても暖かく、ところどころできているペンだこが、どれだけ父が働き者なのかを伝えてくれる。


「ラウタが倒れたとき、エリック殿下だけが君を気遣ってくれたんだよ。ほかのヤ………ほかの人たちが、側室にでも新しい子供を産ませればいい、正妻には命がけでもう一人産ませればいい、とそういう中、殿下だけが「ラウタ嬢は必ず目を覚ましますよ」とそう言ってくれたんだよ」


 父の手に力が入るのを感じる。我がグリーン家がほかの貴族と一線を引いているのは知っている。港を守るという使命がありながらも、ほかの貴族たちが側室を迎え、政略結婚するのに対し、グリーン家だけは愛を重んじ、先祖代々一夫一妻を貫いてきた。

 グリーン家は女性も男性も平等に扱い、使用人を家族のように接してきた。それをバカにする貴族は多い。まして今グリーン家には男子はいない。私が嫁げば、グリーン家は途絶える。母は私を生んだ時、一度生死の境をさまよった。そんな母にはもう出産はさせたくないというのが父の考えだ。


(それで、前世の両親は何度も喧嘩していたっけ)


 母は父のため、家のために身ごもると言ってきかなかったけれど、結局、グリーン家は病で滅びた。


『お前の両親もばかだよな! 国民なんて見捨てて逃げてれば、病にかかることもなかったし、死んで森に捨てられることもなかったのにな!』


 ゲラゲラと下品に笑う地下牢の兵士たちの顔を思い出す。

 貴族とは何たるかも知らず、民とともに生き、民のために命を捧げたグリーン家と尊さもわからない愚かさのなんと悲しいことか。

 きっと父も似たような気持ちだったのだろう。

 私は父の手をそっと握り返した。父は握り返した私の手をいとおしそうに見つめる。


「そんなやさしい人が、国王や皇后に追い出されるように留学されるんだ」


 かなしいなぁ、私にだけ聞こえるか聞こえないかのほんの小さな声で父はつぶやいた。

 王宮によく出入りする父はエリック殿下の待遇をよく知っているのだろう。そして、父にとって使えるべき王とは、現国王ではなくエリック殿下なのだ。

 

(まぁ、前世での現国王の性格も控えめにいって屑だったし、よく父の助言をけなしていたものね)


「お父様、私精一杯歌いますわ。私が愛を込めて歌えば、きっとエリック殿下にもお父様の気持ちが伝わります」


 父の立場からして、追い出された殿下に手を貸すことはできないだろう。ましてその待遇が現国王の意志ならば。


「そうだね、私がラウタの歌で元気になれたように」


 父は私の顔をしっかりとみつめて、力を込めてそう断言した。


 


 *~*~*~*~

 そうはいったものの、聖歌隊はかなりひどい出来だった。


 早速練習しなければ、と意気込みアンナを連れて聖歌隊の練習を見に教会に来たのだ。

 どんな歌を歌うのかも知らず、楽譜すらもらえないので教会に乗り込んだ、というのが正しい表現だが。

 せっかくの練習日だということで、まずは今までの練習の成果を見せてもらったのだ。見せてもらったのだが………。


「えっと、アンナ。これを人様にお見せするつもりなの?」

 

 私は思わず、アンナに耳打ちをした。


 もちろんグリーン領の裕福な家庭から庶民までみんな分け隔てなく集まるのだから、貧富の差があって仕方がない。仕方がないにしろだ。服装からやる気まですべてがバラバラなのだ。

 裕福な女子はこれ見よがしにウエストをしっかりコルセットで締めているし、同じく、裕福な男子は目立つのが一番と周りを気にせず声を張り上げる。中には自分の()()に酔いしれて、目をつむって歌う子までいる始末。パート分けは貧富で分けたのだろう、貧困層に見える子たちのパートからは声はほとんど聞こえない。みんなで歌うというよりは裕福家庭の好き勝手パレードだ。


 アンナは私の耳元に口を寄せ、絶対にシスターや、子供達には聞こえないように言った。


「聖歌隊は毎年子供の元気らしさが売りですので………」

「正直なところ?」

「毎年かなりひどいです」


 ちょうど歌が終わり、指揮者がこちらを振り向いた。


「いかがですが、ラウタ様。ラウタ様にはソプラノパートを担当していただきたいと思っております」


(ソプラノっていわゆるお嬢様パートね)


 正直大きなため息をついて、顔を覆ってしまいたくなるほどのがっかりな出来だ。

 

「指揮者はあなたが担当するの?」

「いいえ、指揮者は毎回手の空いているシスターが担当しています、当日も誰が指揮するかまでは………」


 その言葉に思わず絶句する。


(毎回指揮者が変わってたら練習にならないじゃない! 第一パート分けも適当だし、ピアノの調律だってなってないわ! それに歌うたいに着てるのにコルセットって何よ! やる気あんの!)


 とりあえず言いたいこと全てを飲み込んで、にこりと笑って見せた。


「あなた名前は?」

「私はシスラークラレンスです」


 シスターは丁寧にお辞儀をする。私も一応それに習って一礼する。

 

「では、これからはあなたが必ず指揮を担当してください。そしてシスタークラレンス、いくつか口を出させていただきますね」


 お辞儀の後、顔を上げて私はにこりと笑ったつもりだったのに、シスタークラレンスと後ろを子供たちはなぜか顔が引きつっていた。


読んでいただきありがとうございます。

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