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「姫様、あまり私から離れないでください!」
私は足を止めてふり返った。小走りで駆け寄るアンナはいつものメイド服ではなく、動きやすそうなパンツスタイルだ。彼女の長い足が強調されて非常に似合っている。
「ごめんなさい、つい興奮しちゃって」
私がそう謝ると、アンナは小さくため息をついてからすっと右手を出した。彼女の意図が分からず、差し出された右手をじっと見つめていると、アンナはにっこりと笑ってから差し出した手で私の左手をにぎった。
「姫様の『ごめん』はあてになりませんので」
ニコニコと笑顔を絶やさないアンナだったが、内心はちっとも笑ってない。主従関係があろうとも、決して甘やかさないのがアンナだ。私はおとなしく手をつなぐことにした。
セディナ国に来て二日目。今日はハーバー家を出て港町の中心街に来ている。ザシャさんとお父様で聞かれたくない話でもするのだろう。「お外で遊んでおいで」と追い出されてしまった。
しかし、こうして街の探索もしたかったところなので、願ってもみない申し出だ。すんなりと受け入れた私はアンナを連れて町で一番賑わいのある大通りを歩いていた。
町の大通りには見たことない食べ物や花が並び、自国の王都の数倍にぎわっていた。
「素敵な街ね」
私はアンナに手を引かれながらにぎわう大通りを歩く。すれ違う人々は笑顔にあふれ、町全体が活気と希望にあふれていた。その華やかさは、以前王都に召喚されたときの、あの税金に苦しめられていた王都の民たちを思い出させた。
アンナは何も言わなかったが、私はつながれた手が少しだけ窮屈になるのを感じた。
「おやおや! 姉妹で仲良くお買い物かい?」
声のする方を見ると、ある一軒の屋台の店主がニコニコとほほ笑んでいた。
「いいねぇ! 仲良きことは美しきかな。うちのフルーツはこの大通りでは一番鮮度がいいんだ! おひとつどうだい?」
店主は私とアンナを姉妹と勘違いしているらしく、陽気に試食用にカットされたであろうフルーツを進めてくる。
アンナが間違いを正そうとするのに覆いかぶせるように私は店主からフルーツを受け取り、一口かじった。
そのフルーツは見たことないものだったが、味は地球で食べた完熟のマンゴーのように甘く、アイスのように口に入れるとふわっと溶けてなくなった。。
「お姉ちゃん! これすっごくおいしいよ!」
私が満面の笑みでアンナにもフルーツを渡すと、アンナはあきらめたようにため息を一つつくと、私からフルーツを受け取り、口に放り込んだ。
アンナの表情がみるみる輝いていく。私はその表情を見て、店主にこのフルーツを購入する旨を伝えた。
「かわいらしい妹さんだねぇ」
店主は袋にフルーツを詰めながらにこやかに微笑んでそういった。
今度こそアンナは間違いを正すのかと思い、横からアンナの顔を盗み見た。
「えぇ、私の大切な宝物なのです」
私の予想を反してそう返答したアンナの見たことのない穏やかで、愛おしそうな表情に私は思わず赤面してしまう。
慌てて下を向くものの、店主は私の顔が赤らむのをしっかり見ていたようだ。美しき姉妹愛に、と言ってフルーツをいくつかおまけしてくれた。
「珍しいね、私の悪ふざけに乗ってくれるの」
私はまだ熱を感じる顔を隠しながら会計を終えたアンナに問いかけると、アンナはたまにはいいでしょう、と笑った。
その返事がなんだかとてつもなく愛おしく、私はアンナの腕にしがみつくと満面の笑みを浮かべた。それをみたアンナも普段の数倍嬉しそうに微笑んだ。
アンナとの穏やかな時間の中に、誰かの視線を感じて私はハッとあたりを見渡した。
「どうかしましたか?」
私の様子がおかしいと思ったのだろう、アンナもすぐさま私に尋ねる。
今誰か、そう言いかけたものの敵意のある視線にアンナが気づかないはずもない。
(きっと気のせいね)
心配性のアンナに「誰かの視線を感じた」なんていったら、有無を言わさず屋敷に返されて、この穏やかで楽しい時間が切り上げられてしまう。
適当な嘘をついてごまかそうとするものの、納得いかない表情のアンナを、最終的には引っ張って私はその場を離れた。
その時は、物陰から何かが私たちをじっと見つめていることに、私もアンナも気づかなかった。
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