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 ラウタがグリーン領を出た日の夜。

 ラウタたちの聖歌隊がある教会の一室、ただ一室だけがしんと静まった夜の中で明かりがともっていた。


 部屋の中ではリサが淡々と仕事をこなしている。

 室内にはカリカリとペンを走らせる音と蝋燭の火が燃える音だけが静かに響いていた。


 仕事がひと段落ついたのか、帳簿を書く手を休めたリサは胸元のポケットから懐中時計を取り出しだす。懐中時計の短針はもうそろそろ夜中の2時を指そうとしていた。

 リサが懐中時計をしまうと、コンコンと窓をたたく音がした。


 リサが窓に近づくと、窓の外にはテオが立っていた。


「おそい」


 リサの言い方はマリアやラウタに対する態度とは正反対の、不満をそのままぶつけたようだ。

 テオは窓から身をかがめて部屋に入ると、「悪い」と一言だけ詫びた。


「誰にも見つかってないでしょうね」


 リサはテオの肩についた葉を払い落とす。


「当り前だ。こんな夜中に女のところ行っていたなんてグリーン家にばれたら追い出されるからな」


 いつもの二人とはまったくかけ離れた口調だ。ラウタの前では丁寧に話す二人だったが、どちらかというと、こちらの方が素のようだ。


「大丈夫かしら………」


 リサはうつむき、自らの腕をぎゅっと握る。握った腕は少し震えているように見えた。

 その様子を見て、テオはリサが何を心配しているのかわかったようだ。


「俺がついていけたらよかったんだが」


 テオが小さくため息をつくと、リサはテオの頭を勢いよくはたいた。テオは声にならない痛みを主張するが、リサは構うことなく次は胸倉をつかんだ。その表情は見たことがないほど怒りに満ちている。


「あんたがラウタに言いくるめられてるのが悪いのよ。泣き脅してもなんでも使ってついていきなさいよ、この役立たず」


 とてもラウタの知るリサとは程遠い行動も、テオは慌てることなくやれやれと肩をすくめている。


「仕方ないだろう。()()あいつが一度言ったことは曲げないの、よく知っているだろう」


()()あんたがもっとラウタのことしっかり見てるなら、私はあの男の養子になって城に探り入れに行けたのよ」


「何だよ、俺のせいだってのかよ。()()城に探り入れるのは前世で失敗しているだろう」


 さすがのテオも嫌悪感をあらわにし、眉間にしわを寄せるも、リサにはちっとも効いていないようだった。


「あの時はラウタがいたからよ。それにあの子に微笑まれて落ちない男がいる? ただでさえ地球でもモテていたじゃない。当たり前よね、相手の好きなタイプを演じられるんですもの。それにラウタになったらあんなきれいな顔まで手に入れちゃって! そのラウタが本気でジェラードを落としに行ってたのよ、勝てるわけないでしょう! 私が!」


 そうリサは早口でまくし立てると、ようやくテオの胸倉から手を離した。テオは慣れているのか、動じることなく掴まれた衣服を直すと、「大丈夫か」とリサの顔色をうかがう。


「大丈夫にみえる? 見えるならその目玉取り換えた方がいいわよ」


 リサはそういうとテオをきつくにらみつける。


「やっぱりあんたがラウタを落とすなんて作戦にかけるんじゃなかったわ! 何一つうまくいかない! 前世以下よ! 地球でもこじらせていたんだから無理だって気づくべきだった!」


 この世の終わりといわんばかりに頭を抱えるリサを見たらラウタは別人だと思うだろう。それほど、リサは今までになく取り乱していた。

 そんなリサを横目にテオは何かを考えているようだった。


「でもやるしかない。またラウタに同じ目に遭わせるもんですか」


 リサの表情は決意に満ちており、その顔を見たテオはため息をついた。


「こんな愚痴を言うためにわざわざ俺を呼んだわけじゃないだろう」


 用件をせかすテオに、リサは自分の机に近づき引き出しから一枚の紙を取り出した。その紙をテオに押し付けて「読んで」とせかした。


 その紙にはジェラード王子の王都での最近の行動が事細かに書かれていた。

 

「こんな王都の情報、どうやって得たんだ」


「王都にいるナタリー・バルテンを使ったの、彼女を通して王都の情報屋を雇ったのよ。彼女なら夫のバルテン男爵も、そのバルテン男爵を支援するジェラードも大嫌いでしょうし、そこから情報が漏れることはないわ」


 テオは改めてその紙を見つめる。

 マリアの友人であったナタリーの暮らしぶりはあまりよくないと、テオはマリアから聞いていた。バルテン男爵との夫婦仲は歴代夫人の中でもダントツに悪く、周りの侍女もナタリーの扱いがひどいと聞く。


 唯の気まぐれか、ただ話を聞いてほしかっただけなのか、マリアはよくテオを話し相手に選んでいた。

 ラウタに言えばきっとなんとかしようとするだろう、それを見越してなのかマリアはこの話を決してラウタにはしなかった。


「ラウタなら、きっと彼女を助け出しただろうな」


 そのテオの小さなつぶやきにリサは唇を噛んだ。そしてきつくテオをにらみつけた。


「私たちの目的はラウタを助けることよ。ラウタの生き方を尊重したいわけでも、困っている人をむやみやたらと助けることじゃないの。目的を忘れないで、私たちに全員は救えないわ」


 そういうも、リサの表情には確かに後悔の色を含んでいた。彼女にも、ナタリーの憎しみを利用する罪悪感はあるのかもしれない。


 リサのラウタに対する執着心の強さにテオはため息をついた。しかし、その執着心に同意するように「そうだな」と小さくつぶやいた。


「もう二度とあいつを失いたくない」


 テオはそういうと自らの手に力を入れた。テオは窓の外を見つめる。

 憂い気な表情のテオの膝にリサは軽い蹴りを一発お見舞いした。

 

「そう思うなら、ライナー様の好意に胡坐かいてないでラウタとどうこうなりなさいよ」


「そうはいっても、あいつ、俺のこと本当にどうも思ってないんだよ。お前がこっちからアプローチしろとかいうから婚約なんて暴挙に出たのに、あいつ、ことあるごとに俺を置いていくし………」


 どんどんと声が小さくなるテオにリサは大きくため息をつく。正直、周りから見てもテオは努力している、ラウタに好かれるために努力を怠らないし、全身で好意をアピールしているにも関わらず、今回の船旅といいことごとくテオをグリーン領に残そうとするのだ。


「まぁ()()()()()()恋に溺れるタイプでもなかったしね」


 それを聞いたテオはがっくりと肩を落とした。

 しかし、リサは疑問に思っていた。確かに、ラウタはテオと距離を置こうとしているが、決して好意を寄せていないわけではなさそうなのだ。

 リサはそこまで考えて、「まあいいか」と思考を止めてしまった。


「そんなことより、話を戻すとね」


 そんなこととリサにバッサリと切り捨てられてテオはさらに肩を落とす。そんなテオを無視してリサは話をつづけた。


「ジェラードは王都のプレ―ラ地区を気にしているようなのよ」


 「プレーラ地区」と聞いて、テオはラウタと王都に行った時のことを思い出した。王都の道中、賊に襲われ、自らが傷を負った件だ。


「プレーラ? ラウタが王都に行ったとき俺を治療してくれいた医者がいたのもプレーラ地区だったような」


「そこに何かあるわけ?」


 リサにそう問い詰められても、テオには訳が分からなかった。テオが覚えているのは、あの地区だけ税金の影響で異様な雰囲気だったことと、ラウタとライナーが強引に民を助けたことぐらいだ。


 リサはテオが手掛かりにならないことに気づくと、「プレーラ地区にも探りをいれる必要がありそうね」とつぶやいた。

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