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 出航の日はあっという間にやってきた。


「本当にそんな少人数で行かれますの?」


 港には私を見送りに母とテオのほかにリサとマリアそしてステンまでが来ていた。

 まぁ、ステンがいる理由は明らかだが。


 屋敷の使用人たちがせわしなく出航の準備をしているのを横目に、マリアは乗船する使用人の少なさを嘆いていた。


「こんなに豪勢に作りましたのに、奥様もテオ様もお留守番ですの?」


 残念そうに嘆くマリアの隣でテオはまだぐずっていた。


「どうして僕まで留守番なのですか」


 恨めしそうにテオは私をにらむ。

 

「だから、屋敷を空にするわけにはいかないとあれだけ言ったでしょう」

「そうですよ、ですからテオ様は残ってお勉強です」


 テオの肩をがっしりと掴んだステンはとても爽やかに微笑んだ。

 テオの顔はさらに恨めしそうにゆがむ。


「領土を離れている間にテオに抜かされてしまいそうね」


 私は満面の笑みでそう答えると、ステンはきょとんとしたあと先ほど以上ににこやかな表情になった。


「何をおっしゃっているのですか。船の中でも勉強できるようにしっかりと準備させていただきましたとも!」


 そういいながらステンが指さす方を見ると、わたしの背丈ほどに積まれた本がせっせと船に運ばれていた。

 想像していなかった本の山に言葉を失っていると、マリアとリサは楽しそうにくすくすと笑った。


「領主の愛娘として負けられませんわね、ラウタ様」


 マリアは笑いながらそういって私の肩をたたいた。


「ラウタ! 時間だよ」


 船の方から父の呼ぶ声がした。どうやら私の本が最後の積み荷だったようだ。

 

 船に乗るのは船を操縦する船乗りたちとは別に、父の執事モーリッツと私の侍女アンナ、料理人のリックと庭師のジョン、そして父と私だ。

 

 異国の地ということで料理のレパートリーを増やしたいとリックは父に懇願したらしい。庭師のジョンは海の向こうの国、セディナ国の出身らしくセディナ語が流暢に喋れるそうだ。なので通訳として乗船する。

 わたしも父もセディナ語はそれなりに習得しているが、使い慣れているジョンもいた方が安心だ。


 船に乗り込もうと体の向きを変えると、誰かに右手を握られた。


 握った主はテオだった。

 先ほどまでとはうって変わり、とても真剣な表情の彼は私の手をさらにぎゅっと握った。


「何かあったら必ず僕を呼んでください。これから先、どんな時も。」


 「呼んだって助けに来れないじゃない」そう笑って返そうとしたが、テオのその真剣なまなざしに言葉が引っ込んでしまった。


「そうね。その代わり呼んだら必ず来てよ」


 私はそういうとテオの視線が苦しくなって、空いている手でそのおでこにデコピンをお見舞いしてやった。


 その衝撃で手の力が緩まった瞬間、するりとテオの手をほどき船の方へ小走りで逃げた。


 急いで船に乗ると、船の上からみんなに向かって手を振った。


 徐々に船は陸地から離れていく。それでもテオは最後の最後まで、私がテオの姿が見えなくなるまでずっとその場から動くことなく私の方を見つめていた。




 *~*~*~*~

 幸いなことにこの日は波がそれほど高くなく、初日は穏やかな船旅となった。


「船酔い、大丈夫そうですね」


 船のデッキで海を眺めていると、後ろからアンナの声がした。


 いつものメイド服とは異なり、動きやすそうなパンツスタイルのアンナは新鮮だ。

 いつもはメイド服で隠されているが、この服装だとアンナのすらりとした足が強調されてスタイルの良さが際立っている。


「えぇ、波が穏やかでそんなに揺れもひどくなくて、安心したわ」


 私がそう返すと、アンナは「それは良かったです」とにこりと笑った。


 そのあとしばらく私とアンナはデッキで海を眺めていた。

 

 太陽の光をきらきらと反射させる海は美しく、どれだけ見つめていても飽きない。

 見渡しても海しかないその景色は私をいつも以上に冷静にさせてくれた。


 私が父に無茶を言ってまで海を渡りたかったのは、病を広げた原因探すこと、そしていざという時グリーン家を逃がせる土地であるか確認するためだ。


 前世でグリーン領を襲った病は悪魔病であることは間違いないだろう。


 問題はその病がどう運ばれてきたかだ。ステンの話ではネズミが問題の一因であることは間違いないだろうが、港の船にネズミが乗っているのを見たことがない。


 グリーン領の港にネズミはいない。

 不思議におもっていたが、その答えはステンが以前教えてくれた。


『グリーン家の初代当主が大のネズミ嫌いだったのです』

『それだけ?』

『それだけです』


 何とも納得のいかない答えだったが、当主のために港のネズミを一掃させたそうだ。そして、今でも毎月に一回は港にあるすべての倉庫を空っぽにして掃除する。もちろん船は荷物を降ろす前にネズミがいないか入念にチェックするのも欠かさず今まで続いている。


 今はネズミ捕りや殺鼠剤にとってかわってしまったが、少し前までは港にはネズミ退治のために大量の猫が居たそうだ。


 つまりこの港をグリーン家が管理している間は、ネズミによって病が運ばれる可能性は非常に低いということだ。


 しかし、前世ではグリーン家は港の権利を全て隣国に渡している。たかがネズミのためにこんなめんどくさい対策を隣国がとるとは思えない。

 

 もし、万が一、港の権利を隣国に渡すことになったとき、病を防ぐ方法を見つけなければならない。


 そして最悪の場合、家族だけでも海を越えて逃がすことができる土地であるかも確認しなければ。


 私が考え事にふけっていると、いつの間にか隣に来ていた父に頭をなでられた。


「海は気に入ったかい?」


 急に声を掛けられ一瞬戸惑うも私は頷いて答えた。

 考え事をやめ、改めて海を見ると深い深い海の色は母の瞳と同じ色をしていた。私の瞳の色も年を追うごとに深みを増しているものの、この色には到底かなわない。


「いつかラウタの瞳もこの海のようになるんだろうね」


 そうつぶやく父の顔をちらりと見ると、その表情はどこかさみしそうに見えた。

 

「私の瞳はまだまだ浅瀬ですわ」


 私がそう答えると、父は少し笑って私の頬を撫でた。


 波の音と、空をとぶ鳥の声がやけに大きく聞こえた。

 風が少し強く吹き、長い銀色の髪がなびいた。それはまるで風が私の髪を引っ張ったようだった。


 何かに催促されているように感じて、船から身を乗り出す。


 あまりの勢いの良さに私が落ちると思ったのか父が腕をつかんだ。少し後ろでアンナが身構えたのが分かった。


 そんなことにはお構いなしに、前のめりになりながら大きく息を吸った。


(誰かが私を呼んでいる)


『Ah~』


 私は夢中で海に向かってありったけの声を出した。

 それにこたえるように波が船にぶつかる。


 その返事に答えるようにさらに身を乗り出そうとした瞬間、強引に腕をひかれ父の胸の中に納まった。


「何してるんだい! 落ちてしまうよ」


 父の体温を全身で感じてようやく落ち着きを取り戻した。

 

(私、止められなかったら)


 その先を想像してぞくりと背筋を氷が滑るような感覚がした。


 父はちらりと私の顔を見ると、困ったようにやさしく微笑みながら私の頭をなでた。


「部屋に入ろう、風にあたっているうちに少し冷えてしまったね。アンナ、温かい飲み物を」


 父はやさしく私の手を取ると船内へと促した。

 父の手を握りながら船内に歩みを進めると、船内に入る直前、ザバン、と波が強く船に打ち付けられる音がした。


 私はデッキのほうを見つめる。


 しかし父に少し強く手を引かれ、私は船内に入りアンナが扉を閉めた。

 私は何かに酷く後ろ髪惹かれる思いだったが、これ以上父を心配させるわけにはいかずおとなしく父の部屋へと向かった。


お読みいただきありがとうございました。

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