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 ステンの教育はすさまじかった。

 

 ダンスの経験がないテオを1週間で私と踊れるようにしたし、歴史に始まり外国語哲学と学問に明るくないテオを数週間で私と同じ授業を受けられるようにした。


 もちろんそれについていけるテオも十分すごいのだが。


 ステンが来てから半年でテオはすっかり見違えるように所作が美しく、そして博識になった。

 まぁ、最初はすごくやつれていたけれど。


「本日の講義は病、疫病についてです」


 そういうと、ステンは一冊の本をテーブルに置いた。

 

 その本は表紙はところどころ剥げていて、紙にもシミができてしまっている。

 お世辞にも新しいとは言えず、保存方法もよくないそれをステンは慎重に扱った。


「この本は海の向こうの諸外国が医療の教科書として使っているものだそうです。僕が留学していたときに、ある医者からもう古くなって使わないというので譲り受けました」


 ページをめくっていくと、毎年夏に流行る風邪から数年に一度流行すると言われている不治の病まで、その病状が細かく書かれていた。


「すごいですね、海の向こうではこれだけの病が流行っているのですか」


 テオはその病状の多さに驚いているようだった。

 ステンはテオのそのつぶやきに静かに首を振った。


「違います。我が国にもこれと同じだけ、あるいはそれ以上の病があるはずです」


 ステンは今度は比較的新しい我が国の医療本を隣に置いた。

 本の厚さはその3分の1にも満たない。

 中身を見てもその違いは一目瞭然だった。

 最初の本には症状が細かく書かれており、それに対する対処まで書かれているのに対し、我が国のそれはほとんど内容がない。ましてや医療の本だというのに信仰じみたことまで書いてある。


「これが我が国の医療の現状です。私たちには病を治すどころか、それを見分ける力すらないのです。これは多いなる懸念です」


 古ぼけた医療所には隅から隅までメモが書かれている。この本の持ち主は勤勉だったのだろう。


 慎重にページをめくっていくと、ある1ページだけ大きく印がつけられていた。

 そのページには人体がところどころ黒く塗りつぶされており、本には異国の言葉で何か書かれていた。


「あ………あき………違うや、あく………あくまびょう?」


 テオがそれを読み上げる。悪魔病と書かれたその病には大きく太字で不治と書かれていた。


「えぇ、悪魔病。かかったら1週間程度で死に至る、非常に恐ろしい病です」


 そして次のページをめくると、1枚の絵が挟まっていた。

 その絵を手に取るとそれは一人の少女の絵だった。全身を包帯で巻かれ、それでもなお出血が止まらないのか、その目からも血が流れ出ている絵だった。


 ステンはその絵を私から奪い取ると、すっと裏を向けた。

 隣でテオが真っ青な顔をしていることから、とてもショックだったのだろう。


 でも私はその症状に見覚えがあった。

 前世で流行った、グリーン領を滅亡させたあの病。


 かかったものは全身から血があふれ、失血死する。牢獄で聞いた病状と瓜二つだった。


(やっと見つけた、あの病はこれよ)


 私は震える手で、そのページを読んだ。


『悪魔病とは、初期症状は軽微な内出血が全身に発生することから始まる。中期症状は、一度その初期の内出血がおさまった後、体中にこぶのようなできものができる。その症状が治まると、最終的には臓器の使用といった内的作用、軽くこすれるといった外的作用を伴うだけで、内臓および皮膚が破壊され出血が始まる。出血が始まれば、遅くても丸一日、早ければ数時間で失血死で死に至る』


 私は前世で処刑直前に見た血まみれの街を思い出し、胃からこみあげてくるものを必死に我慢した。


 テオは隣で私の異変に気付いたのか、そっとその本を閉じた。


「この病は原因不明とされていますが」


 ステンはそういうと、大きな世界地図を机に広げた。 

 そしてステンはある一か所を指さした。


「我が国からずっと東の国の森の中に、ある民族がいます。アテラと呼ばれる人々です。彼らの言い伝えでは、悪魔に打ち勝った巫女が村を守ってくれるというものがあります。そのため、彼らは村から巫女を選らず際に、村に住み着いているネズミに巫女候補の娘たちを噛ませるそうです。そして、悪魔からの攻撃に打ち勝ったものが巫女になるそうです」


 ネズミ、と聞いてあまり良い予感はしない。

 地球ではげっ歯類が病を運ぶことは良くあるし、何より恐ろしいのはネズミによって運ばれるノミやダニだ。


「その話が病と何の関係が?」


 テオはそう尋ねると、ステンはある一枚の絵画を取り出した。手紙サイズのそれは先ほどの少女の絵と酷似していた。

 テオが息をのむと、ステンは私たちを気遣ってすぐに絵を裏返した。


「これはその村を描いた画家が残したたった一枚の絵です。この絵のほかにその村を描いた絵はすべて焼き払われました、ほかの絵画と画家と共に」


 隣でテオが緊張しているのが伝わる。

 森の奥深くに住む原住民は外界からの干渉を極度に嫌悪する。その画家に悪意があろうがなかろうが、自分たちの生活が外部に漏れるのを恐れたのだろう。そして、その民族は殺人ぐらいなら平気で行えるということ。

 脳裏には嫌でも焼け焦げた家と絵画を想像してしまう。


「先生は、悪魔病はこの村が発生源だと?」


 テオがそう尋ねると、ステンはうなづいた。

 私は十分に根拠のある話だとは思うが、テオはまだ納得いってない表情だった。


 それも仕方ないだろう、まだこの国は細菌やウイルスといった概念があまりない。かぶれや季節的な風邪などはさておき、大きな病や特に不治の病といったものは未だに悪魔が憑りついた、と考える人が多い。


 政治的な背景もある。現国王の兄は国王になるまえから、病には必ず原因がありそれは悪魔や宗教は関係ない、と訴えていたのだが国王就任式の直前、川に身を投げて亡くなった。それを国の司教たちが、悪魔に取りつかれていたからだと吹聴した。おかげで、より一層病に対する宗教観のこじつけが強まったのだ。


「私は懸念しています、いつか、この病が海を渡ってこのグリーン領になってくるのではないかと」


 ステンの言葉に私ははじかれた様に顔を上げた。


「このグリーン領は港を所有しています。その分外部との交流が盛んです。私は貿易が運んでくるのは富だけではないと確信しております」


 ステンはまっすぐ私の顔を見つめる。


「では、お嬢様問題です。このような危機を知って、あなたはどうのような対策をなさいますか」




 *~*~*~*~

「ステンの授業はどうだい? ラウタ」


 父は書類から目を離さずにそういった。

 私も父の書斎にある本を探す手を止めずに答えた。


「毎日素晴らしい授業をしてくださいますわ、テオなんか、この半年であっという間に私に追いついてしまったんですよ」


 それを聞いた父は声を出して笑った。


「ラウタの14年をたった半年とは! ステンも中々きびしいなぁ」


 書類を片づける手を止めて笑う父につられて私も少し笑ってしまう。

 私はお目当ての本がなかったので、本棚に取り付けられていた梯子から降りた。


「厳しいだけではなく、テオも素質があるからですわ」


 スカートをたたいて埃を落とすと、父は「そんなに埃たまっていたかい?」と眉間にしわを寄せて言った。

 私の微妙な微笑みを肯定と受け取ったのか、父はめんどくさそうに「掃除しないとな」とつぶやいた。


「お掃除もですけれど、たまには風通ししないと、せっかくの貴重な本がカビますわよ」


 「貴重な本ばかりなのですから」とつぶやくと、父は不思議そうに首を傾げた。


「その本棚の話をしたことがあったかい?」


 その一言に私はしどろもどろになりながらも笑ってごまかす。


「わざわざお父様が手元に置くぐらいですから貴重な本だとばかり………」


 それを聞いた父はなんとか納得したようだ。


 前世ではもうほとんど自分の物のように読み漁っていたためついうっかりしてしまった。前世の知識のおかげで、この部屋にある本のほとんどは把握している。


 前世の記憶があるとはいえ、今の現状は前世と大きくかけ離れている。

 前世には私たちの聖歌隊はなかったし、テオはここにはいなかった。

 もしかしたら父の本棚も多少は変化しているかもと思い、隅々まで探してみたものの結局前世と何ら変わり映えなかった。


「ステンに聞いたところによると、ラウタも優秀だそうだからね。きっとその本たちもお役御免かな」


 父の顔が少し寂しそうに笑った。

 

 その顔にふと前世の父とのやり取りを思い出す。

 初めて父の書斎で勉強をしたあの日。今思えばここの本を持ち出し禁止にしたのは、父なりに親子の時間を確保したかったのかもしれない。


 勉強していたとはいえ、かけがえのなかった父との時間を思い出して温かい気持ちになる。

 一方で、今目の前にいる父にはその思い出がないことがひどくさみしく感じられた。


 そして、ふと一つの考えが頭をよぎった。


「お父様、私と海を渡りませんこと?」

お読みいただきありがとうございます。


7月までは忙しく、更新速度も落ちますがラウタたちを待ってていただけると嬉しいです。

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