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 リサの件であれこれ悩んでいるうちに、我が家にもジェラード王子の誕生会の招待状が届いた。


「ジェラード王子には興味はないけれど、ラウタのお仕事しているところは見たいかな」


 父は招待状を見るなりそう言い切った。

 誕生会を一か月後に控え、我が家には仕立て屋や宝石商がひっきりなしに父や母のもとを訪れていた。


「この状況で行かないなんて言ったら、仕立て屋も宝石商も泣きますわよ」


 海の向こうから遠路はるばる来ている商人もいるのだ。こういう時にお金をばらまくのも貴族のお仕事だ。

 おかげで私も聖歌隊の練習以外ではドレスの採寸、宝石選び、靴選びと多忙を極めていた。


「それで、今年のラウタのドレスはどうするんだい?」


 父は机の上に手紙を放り投げると、ソファの私の隣に腰かけた。

 ソファの前の机には私がデザインしたドレスの原画が置いてある。


 昨年から自分のドレスは自分でデザインしている。もちろん、お抱えの仕立て屋もいるのでデザイナーの意見も聞きながらではあるが。


 今年の私のドレスはボリュームのあるプリンセスラインのドレスに、肩はボリュームのあるパフスリーブと王道のシルエットでありながらも、上半身と肩の部分にパステルカラーの小さな造花がたくさん縫い付けてあり、くすんだピンク地のドレスがグラデーションのように見えるデザインになっている。アクセサリーは控えめに小さなルビーのネックレスのみ、髪飾りにも造花を使う予定なので、イヤリングは薄いピンクパールを使うことにした。


 それらが事細かに書かれたデザイン画を父が手に取ると、「ドレスの良さはよくわからないな」と顎をさすった。

 

「今年もお父様とお母様のもデザインいたしましたわ、お気に召しましたら」


 そういって父に両親のデザイン画を渡す。

 

「これはちょっと派手すぎないかい?」


 父が指さしたのは母のドレスデザインだった。

 母のドレスは上品なスレンダーラインに母の瞳のような深い藍に近い青色のドレスだ。

 肩はワンショルダーで、何層にも重ねたレースで大きなバラを模したものを付ける。私と同じように上半身から足元に向けて流れるように花を配置する。しかし、母の花は造花ではなく、レースで上品に仕上げる。

 このデザインを見た母は『もう齢ですもの、レースなんて着れないわ』なんて笑っていたけれど、レースは子供の物というこの社会常識を打ち破るにはもってこいのデザインだ。

 親子で同じ花を模したデザインを着たいのだ、と説得すれば最終的には母は頷いてくれた。


 実際にはそれ以外にも目的がある。


「派手なぐらいでちょうどいいですわ。お母様パーティーに出ると必ず『恋愛結婚なのに子供は一人か』と揶揄されるでしょう。グリーン家で一番やさしいお母さまにしか喧嘩を売れないようなコバエ除けには、ちょうど良いですわ」

 

 私がふんと鼻を鳴らすと、父は「ラウタの言うとおりだ」と笑った。

 父は私の頭をやさしくなでる。私や父に喧嘩売る分には必ず買い取ってぶちのめすので問題ないのだが、母はそうはいかない。どれだけ馬鹿にされようが相手に優しく微笑み返すのだ。


「ラウタも、もう立派な騎士だな」

「私はレディーですわよ」


 私は父を見上げて笑う。


「いや、グリーン家を守る立派なナイトさ」




 *~*~*~*~

「みて! ラウタ様とマリア様よ! マリア様はラウタ様の瞳と同じ色のドレスですわ!」

「ラウタ様だってネックレスはマリア様を象徴するルビーですわよ!」


 パーティーの雑踏の中、自分の名前を呼び声がして耳を傾けると、見慣れない令嬢方にひそひそと噂されていた。


「こうなると分かっていて私にルビーを押し付けたのでしょう、マリア様」


 やれやれと言わんばかりにため息をつくと、マリアはあっけらかんと肯定した。


「当り前でしょう、わざわざグリーン領から王都まで足を運んだのですから。ただパーティーに出るだけじゃなくて、話題を残していかないと」


 そういいながら息巻くマリア青色から裾に向けて淡い水色になるドレスを身に着けている。オフショルダーで堂々と露出する姿は、世にいう16歳の行き遅れた令嬢とは真逆の姿だ。


「こういう話題性じゃなくてもよかったのでは?」

「何言ってますの、王都の貴族は歌なんて年中聞いてますわよ。娯楽に飢えた方々にはこういう刺激が一番ですわよ」


 そういうと、マリアは私の頬を撫でた。

 その瞬間周りの小さな悲鳴や息をのむ音が聞こえた気がした。


「王都の方々はもっと別のことに娯楽を見出すべきですわ」


 私が大きなため息をつきながらマリアの手を払いのけると、マリアはくすくすと笑った。

 しばらくして、きょろきょろとあたりを見回すと、不思議そうに尋ねた。


「ところで、今日テオ様はいらしてませんの? いつもならそろそろラウタ様を奪いに来るところですのに」

「テオは今日はお留守番ですわ、念のため」


 ラウタ様を奪いに来る下りはしっかりとスルーする。


「良かったですわね、テオ様も顔がいいですから。ほかの令嬢に目を付けられるところでしたわよ」

「本音は?」

「どれだけ営業活動しても邪魔されないのはうれしいですわ」


 まぶしいほどの笑顔でそう言い切るマリアに私は苦笑いしか出ない。

 テオの有無にかかわらず、そういう営業活動はほどほどにしていただきたいところではあるが、お金や知名度を前にしたマリアを止めることは誰にもできない。


 パーティーが始まってしばらくすると、演奏隊がワルツを奏で始めた。みんなが婚約者同士や夫婦で踊りを始める。

 その中でも一際目立っていたのは両親だった。


「相変わらず、お二人ともダンスが上手でいらっしゃいますわね」


 さすがのマリアもうっとりとした表情で私の両親を目で追っていた。

 大勢の人が両親を見つめているものの、きっと両親はそれに気づいていないだろう。お互いしか眼中にないのだ。


 そんな両親を見ていたマリアの目が何か思いついたようにきらりと光った。


「私も男性パートを踊れるように練習しようかしら」

「何のためかは聞きませんからやめてください」


 私のまじめな顔に、マリアは「冗談ですわよ」と笑った。


「にしても、何も仕掛けてきませんわね」


 マリアがふとまじめな表情をする。

 目線の先には各貴族から祝いの言葉を受けるジェラード王子の姿があった。


「ダンスぐらい誘ってくるかと思いましたのに」

 

 マリアの言う通り「どちらかを嫁に」という割にはジェラード王子はおとなしかった。

 

「何もないならないで構いませんわ。さぁ、そろそろ聖歌隊の準備に行かなくては」


 私はそうマリアに告げると、別室で待機している聖歌隊の方へ誘導した。

 私やマリアを除きほかの聖歌隊のメンバーはパーティーには参加せず、別室で待機することになっていた。マナーも知らない自分たちは別室で待機していた方がいいと、リサの提案だ。

 控室で私とマリアも聖歌隊の新しい衣装に着替えると、王家の執事が出番を伝えに来た。


 聖歌隊の衣装を身にまとい、改めてパーティー会場に出ると、先ほどまでとは違う視線を一心に浴びる。


「あれが噂の」

「大聖堂以外の聖歌なんてたかが知れていますわ」


 ひそひそと聞こえる声には悪意のあるものもある。しかし、今の聖歌隊メンバーにそんなものは聞こえない。

 この4年で聖歌隊が大きく変わったことが一つだけある。それは全員が歌のプロになったことだ。


 すっと息を吸う音と、同時に何層にも折り重なったきれいなハーモニーが会場中に響き渡った。

 マリアのような美しい声と子供らしい声とが重なりあう美しさは、この聖歌隊でしか知ることができない。

 一曲歌い終わると、何人かのメンバーが前に出て聖歌隊独自のアカペラが始まる。一人一人が異なるパートを持ち、それでいてたった6人で奏でられる先ほどとは違うハーモニー。

 テンポの速い曲ではポップに歌い上げ、しっとりとした曲では子供ながらに優しく歌い上げる。

 何グループかアカペラを終えると、また全員での合唱で締める。

 グループ最年少10歳の子がソロパートを歌い上げ、会場中が息をのむ音が聞こえた。


 最後は私とマリア、そして4年前の広場で初めてアカペラを披露したメンバーでの自信作でおわる。


『さみしい夜は 歌を歌うわ

 遠い地のあなたを想って

 たとえお別れでもさみしくないわ

 忘れないで


 目を閉じれば あなたがいるわ

 距離なんて関係ないって

 たとえ離れてていても怖くないわ

 忘れないで』


 最後、ちらりとマリアと目が合う。

 にこりと上がった口角は何かを仕組んでいるサインだ。


『信じ続けるわ』


 マリアが歌詞にはない詩を続ける。会場にマリアの声が美しく響いた。

 確かにそれは歌にはない歌詞だったけど、それは歌を作るときに削除した部分。気に入らないと私は削除したけれど、マリアはこの歌の部分をとても気に入っていた。


 マリアから目で合図が入る。合わせろということだ。マリアが息を吸ったタイミングで私も小さく息を吸った。


『あなたを』


 記憶の音を頼りになんとか4音で美しい音に仕上げた。


 歌い終わった会場からは割れんばかりの拍手が響き、マリアはしてやったりとにやりを口角を上げた。

お読みいただきありがとうございます。

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