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「ってなことがあったわけです」


 教会での練習の合間、テオを不在を不思議に思ったマリアが理由を聞いてきたので、王宮の訪問からすべてを説明した。


「さすがはグリーン家の護衛、とてつもなく強い方でしたのね………」


 そうマリアがつぶやく目線の先はアンナであり、それに気づいたアンナは「恐縮です」と笑顔で一礼した。

 マリアがいるとはいえ、テオはむやみに外に出ない方がいいだろうという父の判断でテオは家の中で父の手助けをしているらしい。

 王から仕向けられた刺客をみすみす森においてきてしまったことを父はそれはそれは悔やんでおり、次こそは絶対に逃がさないと、今も家で計画を練っているに違いない。

 その計画を詰めるまで、父はテオは意地でも外に出さないつもりだ。

 

「でも、その話通りなら、ラウタ様かマリア様、どちらかが王族に嫁ぐということですよね」


 リサはしょんぼりと肩を落とす。

 

「「嫁ぎませんわよ」」


 私とマリアの声が重なる。キョトンとするリサを横目にマリアと「嫁ぎませんわよねぇ」とうなづきあう。

 私はそもそもジェラード王子とは死んでも遠慮したいが、どうやらマリアも王族入りはお気に召さなかったようだ。


「わたくしの一山当てたいってそういうことじゃないのよねぇ………」


 ふざけたようにマリアは困ったわ、と言わんばかりにため息をつく。

 相変わらず一山当てるということへの強いこだわりに思わず笑みがこぼれる。

 

 実際のところ、マリアの企画力は凄まじく、私としてもぜひ()()()()一山当てるまで結婚しないでいただきたいので願ったりかなったりだ。

 

「まぁ本当の狙いはラウタ様でしょうし」


 すっと真剣な面持ちでマリアは言った。


「私はあくまで商家の生まれ。爵位も持っていない私を本当に王家に迎え入れる気なんてないでしょうし」

「え! フロトー家は爵位ないんですか!?」


 リサが驚いて目を見開く。

 あまりの驚き様にマリアは笑った。


「えぇ、領主様のおかげでその辺の男爵位をお持ちの方より裕福にさせていただいておりますけれど、わたくし爵位は持っていませんの」


 そうマリアは言うと「いつも港の治安を守っていただいてありがとうございます」とわざとらしくスカートのすそを持ち上げた。それに私もわざとらしく「どういたしまして」と礼を返した。


「でもじゃあどうしてマリア様の名前を?」


 リサは不思議そうに首を傾げた。

 

「闘争心でも掻き立てたかったのではないですか? 両親が恋愛結婚ですから、私もそういうのが好きだと勘違いされたんだと思いますわ」


 「恋愛結婚を誤解されてるのよ」と大きなため息をついた私に、マリア様は「心中お察ししますわ」と同じようにため息をついた。


「困りますのよねえ、当て馬にされても」


 なる気なんて1mmもないのにマリアのわざとらしさに思わず笑ってしまう。

 それを見たマリアもくすくすと笑って、リサは困ったように「不敬罪になりますわよ」と小さくつぶやいた。




 *~*~*~*~

 聖歌隊はジェラード王子の誕生日パーティーのための練習を重ねていた。

 最近大きな人気を博しているアカペラをベースに何曲か場に合わせて歌えるように、メインメンバーを中心に調整を行っていた。


 練習の合間にはマリア専属の仕立て屋を招いて、全員の採寸を行う。

 今回は全員おそろいの白いワンピースと、その下に黒いスキニーズボンを合わせるつもりだ。


 聖歌隊も有名になったことでちゃんと全員の衣装として仕立て屋を雇えるまでになった。

 メンバーが採寸をされているのをみて、思わず感慨深さに胸が熱くなる。


 ふと、リサにパーティーの件で相談事があることを思い出し、教会にあるリサの部屋に向かった。


 練習室の隣の部屋を自室としているリサは、今も教会でシスター兼聖歌隊の経理として働いている。


 マリアに採寸を任せて私はリサの部屋に向かった。


 ノックをするもリサの部屋から物音はしない。


(練習室にいないからここかと思ったのに)


 いないなら仕方がない、と練習室に戻ろうとしたとき、リサの部屋から何かが倒れるような大きな物音がした。


 もしかしたら、リサが中で下敷きになっているかもしれないと思い、部屋のドアを開けた。


「リサ、入りますわよ」


 そういいながら部屋に入ると、部屋の床には本やノートが散乱していた。

 床に散らばった本をよけながら、床から視線を上げると、部屋の一番大きな窓が開いていた。

 きっとデスクに積み上げられていた本やノートが風で倒れたのだろう。


 見て見ぬ振りもできないので、床に散らばった本やノートを拾いながら、部屋の主が戻ってくるのを待つことにした。


 本の内容の多くが聖歌隊や音楽に関するもので、その勉強熱心さに思わず笑みがこぼれる。


 一冊一冊ページが折れていないか確認し、デスクの上に積み上げていると、一冊のノートが目についた。

 聖歌隊の資金状況がまとまっているノートだろう。


(そういえば、聖歌隊の資金回りを見たことなかったわね)


 ノートといっても分厚いそれは一冊の本のようであった。

 興味本位でノートのページを開くと、最初の頃のかつかつの聖歌隊の資金状況が書かれていた。


(懐かしい、このころは毎日赤字でしたっけ)


 ノートをぱらぱらとめくり続けると、聖歌隊がグリーン領領主の初仕事を境に大きく発展したのが分かる。

 

(このお仕事以降、裕福な商家から普通の一般家庭まで、急に仕事の範囲が増えたのよね)


 やはり、領主御用達、という箔がついたことで聖歌隊も随分と有名になった。

 すべてがすべて大きな仕事ではなかったにせよ、私たちにとっては歌う場所をもらえたのはすごくうれしいことだった。

 グリーン領の領民に認めてもらえたような、そんな気がしたのだ。


 さらにページをめくると、さすがに暗算は厳しくなってきたのか、いくつかメモ書きのようなものがノートのいたるところを走っていた。


 ふとそれに目を凝らすと、そこには『数字』があった。

 

 この世界で使われる数字ではなく、地球にある、アラビア数字。


(なんで、この文字がここに)


 一瞬世界がとまったように感じて、見てはいけない、そう思いながらも消しゴムで消されたその筆跡を折ってしまう。


 積み上げられた数字と、見慣れた懐かしい計算。

 

 地球では慣れ親しんだひっ算がノートには書かれていた。


(この様式のひっ算はこの国では使われていない。そもそも地球で言うところのそろばんのようなものが流通してから、ひっ算はもう使われていないし、これはきっと地球で習ったもの)


「リサも、転生者だってこと………?」


 口からこぼれ出た考えを深める暇もなく、ドアノブが回る音がした。

 私は慌ててノートを閉じた。


「ラウタ様ごめんなさい、私庭で畑仕事をしてました。マリア様から御用があるってきいて」


 そういいながらリサは部屋のドアを開けると、部屋の惨事を見て小さく悲鳴を上げた。


「片づけてくださったのですか! もう放っておいてよかったのに」


 リサは慌てて私の手伝いを始める。


「私こそ勝手に入ってごめんなさいね」


 頭の中は考えがぐるぐると巡って忙しないのに、口からは当たり障りのない言葉が勝手に出ていく。


(ねぇ、あなたも地球からの転生者なの)


 聞きたい言葉を飲み込んで、「相変わらずの部屋ね」なんて笑って見せた。

お読みいただきありがとうございます。

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