15
ふと目を覚ますと、あたりは真っ暗だった。まだ日の出前なのだろう、手探りでカーテンを探し当てる。
カーテンを開けると、太陽こそ上っていなかったが、東の空が白んできている。日の出までもうすぐだろう。
部屋の窓から庭を見ると、そこにはテオがいた。
何をしているのかと思えば、剣の素振りをしているようだ。
(こんな朝早くからご苦労ね)
静かに窓を開け、バルコニーに出る。
バスコニーの柵に肘をついてテオの姿を見つめる。
風が吹いて長い銀髪が風に揺れる。
ぐぅ、とおなかが鳴って昨晩夕食を食べ損ねたことを思いだした。さらには昼食すらも賊に襲われたショックであまり食べていない。
もう誰か起きているから呼べば何か準備してくれるとは思う。でももう少しテオを見ていたくて、部屋のベルは手に取らなかった。
徐々に朝日が昇り、朝日が彼の淡い金色を髪を照らす。
彼の動きに合わせて揺れる髪が、太陽の光を反射させてキラキラと光った。
それはどんな宝石よりもきれいに見えた。
『Honey you're my golden treasure』
地球の有名な曲のワンフレーズを歌う。あまりにぴったりで思わず笑っていると、テオがこちらに気づいて私の顔を凝視している、顔が真っ赤だ。
そんなになるほど鍛錬しているとは、感心だ。
「見ていたんですか」
テオは私の部屋のバルコニーに近づくとこちらを見上げる。
二階の私の部屋にも聞こえるようにテオは声をはった。
「おなかがすいて目が覚めたの」
「それなら誰か呼べばよかったでしょう」
見られていたと知って恥ずかしいのか、テオは目をそらした。
なかなか子供っぽいところもあるものだ、と私は笑う。
そうこうしていると、部屋にアンナが入ってくる。
私はテオに別れを告げ、アンナに挨拶する。
アンナは私の着替えの準備をしながら「何を見ていたんですか?」と聞いた。
「テオが外で鍛錬していたから、それを見ていたの」
それを聞いたアンナはとてもうれしそうに笑った。
何を笑っているのか、私が不思議に思っているとアンナはくすくす笑いながら言った。
「やっぱりテオの取り越し苦労だったようですね」
余計に何のことかわからなくなり、眉間にしわを寄せる。
「昨晩、テオが婚約を破棄すると、ライナー様に申し出たのです」
なぜか胸の奥がきゅっとした。
「なんで?」
なんとか絞り出した声はとても小さかったけれど、アンナはそれに答えてくれた。
「お嬢様にジェラード様からの婚約の話が来たからです」
「私は婚約するつもりはないのに?」
「それでも、相手は王族、身を引くことを選んだのでしょう」
そこまで聞いて大きなため息が出た。
「婚約者として命を狙われる方を心配すべきだわ」
「ライナー様も同じことをおっしゃっていましたよ」
「さすが親子ですね」とアンナは笑う。
「でも、ちゃんとラウタ様の口から伝えるべきです。テオを安心させてあげてください」
「随分お気に入りなのね、テオが」
なんだか自分の一番の理解者がとられたような気がして、むすっと唇をとがらせた。
そういうと、アンナは一瞬キョトンとしたが、すぐに肩を震わせて笑った。
「姫様ほどじゃありません」
*~*~*~*~
朝食を終えて部屋に戻ると、廊下でテオとすれ違った。
『テオを安心させてあげてください』
アンナの顔を思い出し、仕方ないと肩をすくめる。
後ろを振り返り、テオの手を握った。
急に握られたからかテオは驚いていたが、自室に来るよう言うと少し寂しそうない顔をした。
「わかりました」と執事らしく頭を下げるテオに不思議に思いつつも、私は部屋に戻った。
「テオが来るからお茶をお願いね、アンナ」
私がそういうと、アンナは「かしこまりました」と頭を下げて部屋から退出した。
アンナと入れ替わるようにしてテオが来た。
部屋の前で頭を下げるので「入って」と声をかけると、テオはしぶしぶ入室する。
「何か、御用でしょうか」
テオの顔は明らかにしょげていて、いつもは明るい笑顔が今日はちっとも私と目を合わせようとしない。
「アンナから聞いたわ、婚約を取り消そうとしたのですって?」
私は自室のソファに腰かけ、テオにそう尋ねると、テオはピクリと反応したものの、私の顔を見ることはなかった。
私は大きなため息をつく。
「ねえ、テオ。あなた4年間も私の隣で何を見てきたの?」
テオはその問いに答えない。
しばらく沈黙が流れていると、アンナがお茶をもって入室してきた。
テオがお茶を手伝おうとするが、アンナに「姫様とお話し中でしょう」と怒られて明らかに肩を落とした。私がソファを進めるもテオは座ろうとしない。
仕方ないと、私が話を進める。
「テオは私がジェラード王子と婚約すると思ったの?」
あきらめたテオはしぶしぶ口を開けた。
「相手は王族です、いくらあなたが嫌でも断れないでしょう。それに彼は人気者ですよ、あなたはまだ彼を詳しく知らないから」
その返答に私はあまりにも驚きすぎて、口から変な声が出てしまった。
アンナが斜め後ろで笑っているのが分かる。
「あなた、本当に何もわかっていないのね。お父様がなんであなたをここに置いているかわかる? 私がジェラード王子と結婚するなんてことがないようにするためよ。私がジェラード王子を好きになろうもんなら、あの人はありとあらゆる力で私をグリーン領にしばりつけて16であなたと結婚させるわよ。いい? あの人はそういう人なの。恋愛結婚主義っていうのは、私が好きなら誰でもいいわけじゃないの。私がグリーン家として結婚するには、父の要望を満たした人間でないといけないの。それが生まれ持った地位ではないってだけ」
「でもライナー様はそんなこと………」
「いうわけないじゃない。そんなことにも気づけないなら、相手と共にここから追い出されるか、父の決めた人と問答無用で結婚させられるわよ」
そこまで言い切ると、私はアンナの入れたお茶を口に運ぶ。
「でも父は私を信用してくれているし、グリーン家に必要だと思ってくれている。だから王族から婚約願いがきても突っ返せるようにあなたがいるの。あなた父に婚約解消を申し出て断られたのでしょう? 可笑しいと思わない? グリーン家の将来を考えたら、一人娘が王族に嫁ぐ方がよっぽどいいはずなのに。父は私とあなたがグリーン領を継ぐ方がグリーン領のためになると思ってる。私たちは期待されているのよ」
テオは相変わらず私と顔を合わせはしなかった。
「使用人の立場から一つよろしいでしょうか」
アンナがお茶菓子を机に置きながら言った。
「もちろん」と私がクッキーを口に運びながら答えると、わざとらしくコホンと咳払いした。
「ライナー様はとてもテオ様を気に入ってらっしゃいますよ。そして私たちも」
そこまで言うと、テオは深く頭を下げた。
「申し訳ありません、私が浅はかでした」
「分かればよろしい!」
私がそういうと、テオは申し訳なさそうに顔を上げた。
「でも、私はラウタ様を危険にさらしてしまった。僕はラウタ様とは距離を置いた方がいい」
その言葉に私とアンナは顔を見合わせる。
「でも、それは父の判断ミスだしねぇ」
「えぇ、まだテオは若いですし、護衛も今回は外注でしたし………。普段は私がいるから大丈夫だと思いますが」
完全にキョトンとしているテオにアンナは満面の笑みで返した。
「これから姫様には必ず私がつくので大丈夫です。私、姫様が生まれる前はライナー様の護衛でしたし」
「父が港で誘拐されそうになった時もあなたが救ったのよね」
「えぇ、あの時は10人近く敵がいて大変でしたが、一人一人はせいぜい王族直轄の騎士団兵士レベルでしたから。全員海に突き落として差し上げました」
笑顔でそう語るアンナを見て、テオは小さく「もっと精進いたします」とつぶやいた。
お読みいただきありがとうございました。
最近忙しい日が続いているので、少し更新速度が落ちます。
もう少ししたらまた毎日投稿を復活させるので、お待ちいただけましたら幸いです。