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テオの手当てを頼んだ医者のもとへ着くと、しっかりと腕の治療を終えたテオがしょぼくれて椅子に座っていた。
そのキノコでも生えてきそうな落ち込みっぷりに思わず嫌な顔をしてしまう。
「治療してもらっておいてなんですの、その態度は」
私がテオの頭をこつんと小突くと、テオは申し訳なさそうに、破れて血に染まった私のハンカチを取り出した。
「ラウタ様のハンカチが………ぼろぼろに」
泣き出さんばかりにしょぼくれるテオを医者は叱った。
「あったりまえだろう! たかが切り傷だとか言いやがったけどね! そのお嬢ちゃんがしっかり止血してなかったら死んでたかもしれないんだよ! いいかい、人間は血が亡くなったら死ぬんだよ!」
医者の言うとおりだ。私はテオの処置をしてくれた医者に深く頭を下げた。
「いいってことよ、これが仕事だからね。最近は金がないって医者にかかるやつも減っちまったけどさ。小さな傷で死ぬこともあるんだ。金なんて要らないと言ってやりたいが、こっちも奉仕活動ってわけにはいかないからね」
医者は酷く悲しそうにそういった。
「どうしてそんなことにしまったのでしょう」
貴族のお前が聞くのか、と言われてしまうだろうか。
私たちが貴族であることぐらい身なりを見ればわかるだろう。
恐る恐る尋ねると、医者は鼻で笑った。
「オウサマさ、収入にも税金をかけたからね。生きているだけでも税がかけられているのに、今度は働いてもとると言っている。店の売上なんかがごそっと持っていかれるから、この辺の奴らはもうすっかり商売なんてやめちまったさ」
徴収されるだけでその恩恵が民に戻ってきてはいないのだろう。
その話を聞いて父の顔がどんどん冷たくなる。
「売り上げに税金がかけられているのですか?」
「あぁそうだよ、売価の40%を持っていかれるんだ。これじゃ、利益なんて出やしないさ」
「私らは死ぬしかないのかねぇ」と悲しそうに微笑む医者に胸がぎゅっと締め付けられる。
たとえ40%の税金でも利益が出るように値段を設定したら、確実にインフレが起きる。
この町の民は膨大な値段で売るならそもそも売るのをやめてしまおうという考えだ。なぜなら、膨大な値段をつけても買える人がいないことを理解しているからだ。
それに比較すればグリーン領は恵まれている。王都からも距離があることもあるが、何より父は愚かではない。お金とは動かなければただの紙切れにしかならないことを知っているからだ。
売り物にまで膨大な税をかけられたら、たとえ私が物を買い占めても今の彼らにとっては赤字になってしまう。それに、どれだけ私が散財してもその多くが民ではなく王に行くのは癪である。
(でも売り物以外には税はかかっていないとしたら)
「ねぇ! 税はものを売った時にしか発生しないのよね!?」
急に大きな声を出した私に医者が驚く。戸惑いながらも「あぁ、そうだよ」と答えてくれた。
「ってことは、今私が貴方に感謝のしるしとして治療費とは別にお金を渡しても、それは課税対象にはならないわよね?」
キラキラとした私の顔をみて医者の困惑はさらに進む。
「あぁ、たぶんそうだと思うが………」
それを聞いた私が父の方を振り向くと、父はニコニコとほほ笑んでいた。
きっとこの後私が何をするのかわかっているのだろう。
「お父様!経済をぶん回しに行きましょう!」
*~*~*~*~
「国王陛下のお膝元だというのに、活気もへったくれもありませんのね」
大通りの道沿いには多くの店が並ぶものの、ほとんど人がいない。中には完全に店を閉めているものもある。
「以前はここまでひどくなかったが………。これじゃ民は貧しくなる一方だな」
やれやれ、という父の嘆きが静かな大通りに響く。
前世の記憶ではまだこの時はここまで王都は酷くなかったはずだが。
ジェラード王子の婚約といい、全体的に前倒しになってきているようだ。
(あんまり能天気に生きていると、あっという間に足元をすくわれるわね)
大通りを歩きに歩いてようやく一件目お目当てのお店を見つける。
「これ一つくださいな」
そういって一つ商品を取ると、店主はありがとな、と言った
「おいくらですの?」
「いや、もう店を閉めようと思っているんだ。こんなんじゃ商売にならねぇ、そいつはもらってくれ」
こちらとしては買おうが貰おうが関係ないのでどちらでもいいのだが、今まで生業として生きてきた人たちにこんな思いをさせることにいらだちを覚える。
「国王の周りは大層頭が貧相なのね」
そう父に小声で言う。
「14歳でもわかることをわからないなんて、本当に愚かだよねぇ」
どうやら父も同じように思ったらしく、口元は笑っているものの、その目はちっとも笑っていなかった。
店主から商品を受け取ると、父はテーブルの上に大金が入った袋をどんと置いた。
店主は何が何だかわからないといったように父の顔と、袋を交互に見ている。
私の作戦としてはこうだ。買い物をしたときに、売り上げとは別にお金を渡す。いわばチップだ。みんなが代金や賃金とは別にチップとしてお金を渡せば無理やりにだが民にお金がいきわたる。そして、王にも税金として取られずにすむ。
しかし、この作戦の弱点は罰則がないということ。誰かがどこかでお金を止めてしまえばそれまで。チップの額だってルールはない。
それに関しては医者が大丈夫だと言ってくれたが本当だろうか。
店主は父からその話を聞くと、父の手を握り、「すまねぇ、すまねぇ」と涙をこぼした。
父は何も言わずただただ店主の手を握り続けた。
一通り落ち着いたところで、店主は鼻をすすりながら父に名前を聞いた。
しかし、父は静かに頭を振った。
「いや、名乗るほどでもないさ。それに、これはただの罪滅ぼしさ」
そう言い残し店を去った。
私たちは一軒一軒医者から指示を受けた店に行っては同じ事をし、同じように感謝された。
「本来であれば、感謝されるような行いではないでしょうに」
私が泣きながらお礼を言う店主を見てそういうと、テオは「そうですね」と下を向いた。
そしてすべての店を回り終えると、日は傾きあたりは夕焼けで真っ赤に染まっていた。
帰ろうとすると、自分たちの馬車のところに医者が立っていた。
「本当にやってくれるなんて思ってなかったよ」
医者そういってお礼を言った。
医者にもチップは必要だろうと、父を見ると、申し訳なさそうに謝った。
「すまない、計算を間違えてもうすべて配り終わってしまったんだ」
それを聞いて医者は「いいってことよ!」と父の背中をたたいた。
父を誰なのか知らないのだろうか、父にそんなことをしている人を見たことがない。思わず私は笑ってしまった。
それをみて父は少し恥ずかしそうに笑う。
テオの腕を見ると、きれいに処置されたのだろう。服の上からではもうどこに傷があるのかわからないほどだ。動きやすいようにと、厚すぎず、薄すぎず、丁寧にまかれた包帯を思い出し、私は意を決して胸元のブローチをはずした。
そのブローチは母から譲り受けた大切な品だ。
母の瞳のような宝石は夕日の光を反射してキラキラと光る。
「大切な品じゃないのですか」
テオが私に話しかけてきた。きっと、手の中のブローチをみて、私が何をしようとしているのかわかったのだろう。
「とても大切よ」とそう返すと、テオは申し訳なさそうに微笑んだ。
「僕はちっともラウタ様の役には立てないのですね。ラウタ様ががそうして迷っていても、僕は正しい答えを教えてあげることも、代替案を出すこともできない」
テオはそういうとうつむいてしまった。
確かに、まだ見習い執事でしかないテオは私に変わりのブローチを買うことも、自分が代わりの品を差し出すことはできない。
でも私はそんなことテオには望んでいないのだ。
私はテオの頬に手を添えると、強引に自分の顔の方に向けた。
テオは驚いてきょとんとしているが私は構わず進めた。
「失礼ね、私はあなたにでも簡単に答えが分かるようなことで悩まないし、あなたに出せる代替案なら私が自分で考えだせるわよ」
そういう私の顔がテオの薄紫の目に映り込む。
「いいこと? あなたができるのは私と一緒に悩むことよ」
私は言い終わるとパッと手を離した。まだテオは茫然としているが、触れられた頬のあたりが赤くなっている。
強く握ってしまったかと心配になり、罪滅ぼしのようにテオに問いかけた。
「ここでブローチを渡す私と、渡さない私、どっちが好き?」
それを聞いたテオはやさしく微笑みながら「そうですねぇ」と悩むそぶりを見せた。
「どちらのあなたも好きですけれど、僕の知っているラウタ様は悩んだ挙句、渡してしまうでしょうね」
「奇遇ね、私もそう思うわ」
私はそういうと、医者の手のひらにブローチを握らせた。
何か言おうとする医者の口に人差し指を当てる。
「これは私からのお礼なの。テオの手当てをしてくれてありがとう。そして、私たちに贖罪の機会を与えてくれてありがとう」
そう私が言い終わると、医者は今日で一番まじめな顔をした。
「これを見ておもいだすよ、この町の窮地を救った少女のことを」
*~*~*~*~
帰りの馬車での記憶はほとんどない。
目覚めたらもう屋敷の目の前で、門の前では母とリサとマリア、そして屋敷に残してきた使用人たちが大集合していた。
「森に賊が出たって聞きましたわよ、あなたたち怪我は?」
母が心配そうに聞くと、父は大丈夫と言って優しく母を抱きしめた。
母は父に抱きしめられて幸せそうにしているが、私としてはよそでやってほしいところ。
対して私はマリアとリサにこっぴどく怒られた。
「どうして何の連絡もよこさないのですか!」
「そうですわ!連絡のために使用人を1人戻すとか、やりようはあったでしょう」
そんなことは私ではなく父に言ってほしいところだと言い返せば、二人同時に「言い訳は結構です!」と余計に怒られてしまった。
結局はマリアの使用人が彼女を迎えに来るまで延々と説教を受けつづけた。
私が今度は説教で疲れて部屋で寝こけてしまったのは言うまでもない。
お読みいただきありがとうございます。
===========以下王都から帰る直前の小話==============
「あの嬢ちゃんイカすね~、パパとしても気が気じゃないんじゃないかい?」
とある医者がそういうと、とある男は言った。
「あれで無自覚なんだ、かわいいだろう。テオには悪いが、せいぜい振り回されてくれよ」
医者は声をあげて笑った。
男もつられて笑うと、医者は「やっぱり娘ってのは無敵だね」と答えた。
「もちろん。何があっても愛しの娘さ」