13
乗りなれない父の馬車がガタンと揺れる。
私は気乗りしないものの、気を紛らわすために窓から外を見ていた。
「行きたくないかい、ラウタ」
父がそう苦笑いして聞いた。
「私もグリーン家としてしっかりと職務はこなしますわ」
「本音は?」
「今すぐにでも馬車から飛び降りたいぐらいにはいきたくないですわ」
「それは困るなぁ」と父は笑った。
「いつもお優しいお父様に「あのクソ野郎」などとペンを壊させる相手なんて、いくら国王といえども会いたくなんてないですわ」
そうすまして言うと、父は声を出して笑った。
私の口の悪さは地球原産だと思っていたが、実は父親譲りかもしれないと思い始めたのは最近だ。
最近王都は荒れているらしい、その後片付けをグリーン家がしているのだ。現国王とは仲の悪いグリーン家に、面倒事を押し付けているというのが事実だろう。
前世ではまだ王都が荒れるようなことはなかったはずだ。少しずつ前世とも小説とも変わってきているのか。
もう一つ前世と違うことがある、それは父が王家を明らかに毛嫌いしている点だ。
確かに前世でも父は王家を嫌っていたが、ここまで毛嫌いしていたわけではない。というか、私に対しての王家の愚痴がすごいのだ。
「いやいや、ラウタに見られていたとは。もう少しあの王には落ち着いてもらわないとな」
と、このようだ。
私が部屋にいても「早く能なしには立ち退いていただきたいものだ」というぐらいだから驚きだ。
私としても正直賛成しかないので「不敬罪になりますわよ」というのが精いっぱいというところだ。
「にしても、ただでさえ王家の尻ぬぐいで忙しい僕と、その愛娘を呼び出すなんて何を考えているんだろうね」
その顔には私以上に「こっちは忙しいんだ、どうでもいい内容だったら滅びろ」と書いてあるので、私としても毒気が抜ける。
グリーン領をぬけ、深い森に入る。
石畳の道から森特有の砂利道に入ると、馬車が大きく揺れた。何か大きな石をひいたのかと思ったが、馬車は止まった。
窓から外を見ると、馬車が賊に襲われているのが見えた。
「お父様!馬車が賊に!」
そう父の方を見ると、父は私をかばうようにのしかかる。
「しずかに」と父に言われて、口を押えるも、馬車のドアがガチャガチャと音がするのが聞こえる。
「おい、カギがかかってるぞ!」
「ぶち破れ!」
聞いたことない声がする。それが賊の者であることと、馬車に入られると分かるのに時間はかからなかった。
父も領主として一通りの剣術は習っているとはいえ、成人男性二人から私を守りながらでは厳しいだろう。
「大丈夫だよ、ラウタ」
そう上から父の優しい声がする。
(私にも棒一本あれば多少は戦えるのに)
そう思って地球でかじった程度の剣道ももっとやっておけばよかったと後悔する。
ついにドアのカギが開いた音がした。
思わず父の腕を抱きしめるも、聞こえたのは賊にしては軽い足音だった。
「ライナー様、ラウタ様、お怪我はありませんか」
そう聞こえたのはテオの声だった。
その声を聴いて父は安心したのか、私の上から退いて、テオに無事を見せた。
「賊は全員気絶しています、どういたしますか」
「その辺の木にでもしばりつけておけ、後で王都の兵士にでも取りに来させるさ。運んでやるほどの義理はない」
そう答える父の顔は冷たく、自分に言われているわけでないと思っていても思わず身構えてしまう。
そんな私に気づいたのか、テオは私に優しく笑いかけた。
「ラウタ様が無事でよかった」
しかし彼の腕には赤いシミがついていた。
「あなた怪我を!」
私に言われてようやく気付いたのか、あぁ、と何ともないかのように言った。
「あぁじゃない! 早く腕を出しなさい」
私がせめて止血をしようとハンカチを取り出すも、テオはすっと手を引っ込めた。
「これぐらい大丈夫ですよ、ラウタ様のハンカチを汚すほどじゃないですよ」
そう笑顔で答えるテオにいらだちが募る。
私の怒りに気づいたのか、テオの顔から徐々に笑顔が消えていく。
「たかだか執事の分際で私に歯向かうの? たとえあなたが次期領主でもあってもグリーン家の血をひいているのは私よ、その私に逆らうの?」
ダメ押しでにこりと笑うと、父は声を出して笑った後、テオに「いうこと聞いておいた方がいいぞ」と言った。
さすがに二人から言われてはテオも逆らえないのだろう、おとなしく腕を出した。
本当は消毒もした方がいいのだろうけれど、思ったよりも大きな傷ではなかったのでひとまずは安心した。
「申し訳ないが、二人とも。今回は国王のお呼びだからな。私としてはこのまま家に帰りたいところだか、そうはいかない。このまま王都に向かうよ」
父は外に被害を確認しに行った後、私たちにそう告げた。
つまりはこちら側の損害はなかったのだろう。けが人もテオだけのようだ。
テオは「けが人が僕だけとは、恥ずかしいな」と笑ったが、父はテオの頭をポンとなでた。
「一人で5人も相手するなんて、さすがだな」
「うち2人は不意打ちですよ。それに残りの3人は護衛が引きつけてくれましたから。優秀な護衛の方たちの手柄を横取りしたようで気が引けます」
「僕より外の護衛の方たちをねぎらってください」というテオはどこか悔しげだ。
「優秀なうえ、謙遜も兼ね備えているとは。よい領主になれるぞ、どうだラウタ」
「私に心配させるような殿方は、遠慮いたしますわ」
私は手当の終わったテオの腕をそっとなでる。
「大丈夫、ちょっとした切り傷です」
テオはそういうと、服で傷口を隠した。
*~*~*~*~
「ライナー・グリーン命あって参上いたしました」
国王に謁見するなりそうそう父は喧嘩を売った。
命令があったから仕方がなく来た、ともとれるが今回ばかりはそれだけではない。賊に襲われて死んでいたら命はなかったのだから。
父とともに頭を下げていた私も、心の中ではくたばれ爺と思っているので同罪だ。
許可を得て頭を上げると、そこには国王だけではなくジェラード王子もいた。
相変わらず持ち合わせているのはきれいな顔だけなのに、何をそんなに得意げなのか、謁見に来た父と私を見下していた。
「今日よんだのはほかでもない、ジェラードの王妃のことだ」
何を言い出すのかと思えば、と隣で父が小さく鼻で笑ったのが聞こえる。
「お父様、不敬罪」
そう小さく、父にだけ聞こえるようにつぶやくと父はコホンと、咳払いした。
そして、私にだけ聞こえる声で「気を付けるよ」と答えた。
「私はマリア・フロトーかラウタ・グリーンのどちらかにしようと思っておる。それを今度のジェラードの誕生パーティーで決めようと思っておるのだ。しかし、たかだかぽっとでの商家の令嬢と歴史あるグリーン家の令嬢を同じ扱いではそなたも納得しなかろう。だからこうして、先に知らせたということだ」
何言ってんだこのクソじじいと叫びたいところをぐっとこらえる。
しかし、そのあとに「せいぜい励むと良い」などとジェラードに言われれば我慢も解けるというもの。
「うるさい、クソガキ」
思わず小さい声でそう漏らしたのが、父には聞こえたのか肩を震わせて笑いを我慢しているのが視界の隅に見える。
「失礼ですが、娘はもうすでに婚約しておりますので………」
父がそういうと、国王は大きな声で笑った。
「グリーン家は王からの求婚を無下にできるのかね? それにラウタ嬢も、ジェラードの妻になれるとなったら婚約者など捨ててしまうだろうよ」
ひとしきり笑った後、さらに付け加えた。
「それか、ジェラードが決める前に婚約者が亡くなれば問題なかろう」
その言葉に父がすっと冷めるのが伝わる。
「本来なら今日はラウタ嬢の婚約者も連れてくると思ったのに、残念だな」
最初からテオを狙うつもりだったということだ。
テオを連れて王宮を訪れると思っていた。だからこそ森で馬車を襲わせたのだ。
父が隣で怒っているのを感じる。当たり前だ、父はテオのことを気に入っている。
このままでは本当に不敬罪で連れていかれそうだ。私は父に助け舟を出す。
(それに、私、売られた喧嘩は1mmたりとも残さず買うって決めたのよ。ことさらジェラードに関しては)
もう地下牢で恨み続けるのはごめんだ。言いたいことはしっかり言わせてもらう。
私はジェラードの顔をしっかりとみるとにこりと笑った。
その行為にジェラードは頬を赤らめる。
(きもちわるい)
「お言葉ですが、陛下。陛下は夫が死んだあとすぐにほかの男に乗り換えるような娼婦が、殿下の妻にふさわしいとお考えなのですか?」
周りがざわつき、護衛達の鎧がかちゃりと音を立てる。隣で父が慌てているのを感じるが、知ったことじゃない。
わたしは怯むことなく続けた。
「殿下、女性の視点から助言を差し上げても?」
ジェラードを少し見つめてからふんわりとほほ笑む。
(前世でも、この笑い方でイチコロだったのよね)
ジェラード殿下は顔を赤らめたままこくりと頷く。
「愛されたければ、時間をかけることですわ」
(まぁ、あなたからの寵愛なんて100歳になってもいらないけれど)
「なるほど、ラウタ嬢は時間がほしいと。確かに、仮にも婚約者が死んですぐにジェラードと婚約したとなれば、ラウタ嬢にも、ジェラードにもよくない噂が立ちかねんからな」
国王は顎を触りながらふむ、と納得したようだ。
こちらとしても、ジェラードの妻なんて御免こうむるので、時間さえいただければグリーン家を外に逃がすことも、病の原因を探すこともできよう。
「国王様が、カモのような頭脳をお持ちで助かりましたわ」
私がにこやかにそういうと、隣で父が固まるのが視界の隅に映った。
「カモのような頭脳とは何だね?」
「あら、ご存じないのですか。カモは知能が低いと言われがちですが、あれは間違った知識なのです。なのでグリーン領では、ふさわしい評価を受けていない人のことをカモのような頭脳を持った方というのですわ」
私がまくしたてれば、国王はあっさりと納得した。
いわばお前は周りから馬鹿だと思われているぞ、と喧嘩を打ったつもりだったのだが。
(え、まさか嫌味が通じないどころか、こんな嘘に騙されるなんて、この国大丈夫かしら)
もっとあることないこと言ってやろうとしたところを、父の咳払いに止められる。
「今日はラウタも初めての王宮とあって緊張しているので、そろそろ退場させていただきます」
そういい頭をさげる父に倣って私もお辞儀をする。
どうしても最後に悪態をつきたかった私は振り向きざまに一言付け加えた。
「Piss off」
異国の言葉と気付いたのだろう。頭をかしげる二人をよそに私はにこりと微笑んでからドアをくぐった。
国王の謁見の間から退出すると、父は私の頭を小突いた。
「うそつきは地獄行きだぞ」
父にしては珍しく怖い顔をしているが、口角が少しばかり上がっているので本当は怒っていないことなどバレバレだった。
私は父に向かって得意げに微笑んだ。
「ばれなければ嘘になりませんわよ」
お読みいただきありがとうございます。
ジェラード王子のこと嫌いすぎるラウタです。
piss offはくたばれ、出ていけ、うるさい、みたいなスラングらしいですが、
命令形でなければむかつく、みたいな意味になるそうです。
どこかのサイトで、嫌なことを言われたときに言い返すのに使えるとあったので
まぁラウタにはぴったりだったかもしれません。
(ふぁ〇〇ゆーはなんか違う気がしたので)
結構汚い言葉ですので、忘れてください。