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 聖歌隊の初の路上ライブを終えると、マリアは集まったお金を教会に持っていく役をかって出た。


「リサさんに責任をもって渡してきますわ」


 そういう彼女の顔には最初のような焦りはない。

 私は安心してその役目を彼女に託し、自分の屋敷に戻った。

 もちろん、テオも私の屋敷までついてきたけれど、私は何一つ口を利かなかった。

 

 家につくと、父と母が迎えてくれた。それは嬉しそうにテオを紹介しようとしたが、私は疲れているから、と部屋にむかった。

 

「ラウタ!」

「まぁ、ライナー様。今日は聖歌隊にとって大切な日でしたから、ラウタ様もお疲れなのですよ」


 テオはそう私をフォローしてくれたが、私はテオの顔を見ることもせずに部屋に戻った。


 部屋に戻り、おもむろに楽譜を書こうと机に向かう。


(今日のアカペラはいい出来だった。ちゃんとパーカッションもおしえて、リズム隊も作って………)


 頭ではハーモニーが流れていくのに、それを書き起こすことができない。まるで一般の棒になったように、ただ机の前で立ち尽くすしかなかった。


「愛だの恋だの、空しいだけよ」


 私の声は部屋に吸い込まれて消えていく。


「僕はそうは思わないよ」


 扉の向こうから声がして、驚いてふり返る。テオは扉を開けてなかったけれど、扉のすぐ向こうにいることはわかる。

 私は扉に向かい、そっと開けた。

 きっと私が扉を開けると思っていなかったのだろう。少し戸惑った後、「入ってもいいかい?」と聞いた。

 私が部屋に招き入れると、困ったように「男を部屋に入れちゃいけないよ」と笑った。


(たかだか12才が何を言っているのだか)


 私は今度こそ机に向かってペンを握った。


「君は一体何におびえているんだい」


 テオの言葉に、ペンを握る手に力が入る。

 まるで心の中を覗かれているようで気持ちが悪い。しかし、私は図星と思われたくなくて、平然を装って「何のことですの?」と返した。


「僕に何かできることはあるかい?」


 テオの声がやさしく響く。

 

「私は平気ですわ。あなたが思っているようなことはありません。だから、あなたの力を借りることもありませんの」


 かろうじて声は震えていなかったけれど、背を向けていてよかった。今の私はどんな酷い顔をしているだろう。


 今さらだ、今さら過ぎる。テオには何の罪もない。でも、私は今後どうなっていくか知っている。少しずつ未来が変わっても、エリック殿下が亡くなった今、ジェラード王子が18歳の誕生日に国王になることは変わらない。国庫を使いつくしたジェラード陛下に民は反乱を起こして、その隙に隣国に攻め入られこの国は負ける。生き残ったわずかな国民は迫害され、最終的には病で死ぬ。

 私たちには幸せな未来なんてない。


(もうこれ以上、守りたいものなんて要らない、守れなかったことに後悔なんてしたくない)


 私の両手で守れる人間なんてグリーン家だけで精一杯なのだから。


「どうしたら君に伝わるのかな。どうしたら君が抱えているものを分けてもらえる? 僕が生きる意味を見つけられたように、僕にも君を救わせてくれないかい」


(たった12才が生意気ね)


 私がふと笑った。

 彼の顔を振り返ると、かっこいいのは言葉だけで、顔はとても悲しみに歪んでいた。

 彼の長めの前髪を救い上げて、彼の顔を覗き込む。

 彼の両目が少しだけ潤んでいるのに気付く。


「泣いているの」

「誰のせいだと思っているんだい」


 そういうと、テオは前髪をさわる私の手をつかんだ。


「僕はしつこいよ」

「馬鹿な人ね」


 私がそう返すと、テオは知っている、とつぶやいた。


 テオが私の守りたい人になっても、きっと私が彼を好きになる日は来ない。

 

(私が好きになったのはあの人だけ)


 もう何年もあっていない、彼の顔も、彼の声も、もう鮮明には思い出せないけれど。

 地球で愛した、たった一人の人。


(おかしいでしょう陸、今でも私、あなたのことが忘れられないのよ)


 こんなにも絶世の美少年が私のことを好きだと言ってくれるのに、顔も声も思い出せない相手のほうが好きだなんて。こんなにも口説いてくれる相手の前で、過去の添い遂げられなかった男のことを思い出すなんて。


(馬鹿ね、私も)

お読みいただきありがとうございます。


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