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『私は行く この道を

 あなたが愛した声で

 あなたが愛した歌で

 私たちは行く あなたのいない世界を』


 教会の一室にきれいな歌声が響く。その余韻だけでもキラキラと輝く。


「いいんじゃないかしら、マリア様」

「えぇ、これなら広場で披露しても大丈夫ね」


 マリアと最終確認をすると、リサが「お疲れ様です」と寄ってきた。


「広場で歌えば確実に聖歌隊の知名度は上がります、頑張ってください」

 

 そうにこりと笑うリサだが、実際はしっかりと収入を得てきてくださいね、と思っているのだろう。目がぎらついている。

 まぁ実際ここ最近はミサへでも募金額が減っており、聖歌隊は火の車どころの騒ぎではない。何人かの比較的余裕のあるメンバーは、ここ最近の給金を断り続けている。余裕のない子に回してくださいとのことだ。

 商家のマリアにとっては、給料が払えないことほど屈辱的なことはないのだろう。以前の数倍路上ライブへのやる気を見せている。


「当り前ですわ、しっかりと稼いできます」


 そういったマリアの瞳はリサの日じゃないぐらいぎらぎらしていた。




 *~*~*~*~

 広場には聖歌隊メンバーの疲れ果てた姿が並んでいた。


(まぁ、こうなるでしょうね)


 広場で歌うということは、誰一人として私たちの歌を聞きに来たわけではないということ。もちろん数人は足を止めてくれるが、多くが足早に去っていく。

 ミサとは違う誰も聞いてくれない環境に聖歌隊のメンバーの多くは心を折られた。

 マリアもその心折れた一人だ。稼いでくると言ってしまった以上、この現状に焦りを感じているのだろう。

 正直こんな状況じゃ話にならないが、きっとこのまま帰ってもリサは納得しないだろう。ここ最近で学んだことはリサは怒ると怖いということ。


 私はまだ比較的元気そうな男女2人ずつの4人を集めた。

 こんな状況にもへばっていないのだ。きっとついてこられるだろう。


(本当はマリアも入れたかったのだけれど)


「私が歌ったことを覚えて4小節ずつ繰り返してちょうだい」


 私は一人一人に音を教えていく。マリアと同い年で最年長の男の子は最近早めの声変りをして、ベースにぴったりの声質になってくれた。12才でここまで声が低いのは正直ありがたい。


(テナーが限界かと思っていたけど。でもさすがにボイスパーカッションまで仕込むのは無理か)


 私は4人のペースをそろえるために指揮者も兼ねつつ、一人一人の音を調整していく。音がずれていれば隣で歌って、音を合わせる。もともと声を聴くことで音を覚えていた子たちだ。隣で歌ってあげるだけで、あっという間に音をそろえてくれる。


 それぞれ4人が同時に歌えばそれなりのアカペラのコーラス隊になった。

 徐々に出来上がるきれいなコーラスに本人たちも驚いているようだ。

 聖歌隊メンバーはもちろん、道行く人も徐々に歩みを止めて私たちを見ている。


 音とリズムが合わさったとき、私はすっと息を吸った。


『主よ、我らを導き給え

 荒波も、強風もすべてに打ち勝つ力を与えよ

 われらは歩もう、お心とともに』


 出港式で歌った歌がまるで違う歌のように聞こえた。聞きなじみのある歌に通行人の多くが足を止める。

 それはこの国にはないアカペラ隊の誕生だった。

 

『主よ、我らを導き給え

 運命も、使命も味方に変える力を与えよ』


 コーラスの4人も楽しそうだ。 

 気付けば復活したのか、私の隣にマリアが並ぶ。


 『われらは歩もう、お心とともに』

 

 教えてもいないのに、マリアはきれいに私の音にハモって見せた。

 私の合図と同時に全員の声がピタリと止んだ。


 広場には大きな歓声が響いた。合唱とは大人数で歌ってこそ美しいというこの国の常識を、たった6人の子供たちが覆して見せた。


 もちろん、この国にアカペラを広めたかったのもあるが、私の本来の目的は違った。

 私たちの聖歌隊は最初期に比べてうんと上手くなった。その分、忘れてしまったのだ。音を聞き、それに合わせる楽しさを。練習にまじめな彼らだからこそ、もうどこか上の空でもそれなりの歌が歌えてしまう。それでは意味がないと、ずっとそう思っていた。実際、周りが自分たちに興味がないことに気づいてしまうほど、彼らは音楽に集中していなかったわけだ。

 

「歌ってこういうものでしょう?」

 

 私はマリアをみてそういうと、マリアは笑顔で答えた。


「もちろんですわ」


 マリアの表情が先ほどまでとは打って変わって、彼女らしい自信に満ちた顔つきになった。

 ほかの聖歌隊メンバーも、一気に気合が入ったのが分かる。

 次は何の歌を誰に仕込もうかと、思考を巡らせていると、誰かが聖歌隊に近寄ってくるのが見えた。


 その人は淡い金髪に薄い紫がかった瞳をした中性的な人だった。

 隣でマリアが身構えるのが分かる。

 なんやかんや、いつもマリアは年下の私を守ろうとするのだ。

 そのマリアの警戒を察したのか、その人は歩みを止めて、ふわりと笑った。


「とてもきれいな歌でした」


 その人はすっとお辞儀をした。その所作から男性だと分かる。私とマリアもスカートのすそを持ち上げ、深く頭を下げた。

 マリアと同い年ぐらいだろうか。顔立ちがひどく整っているせいか、もっと年上のようにも見えるが、身長から言って11か12才といったところだろう。


「もったいないお言葉ですわ」


 私がそう返すと、彼はすっと歩みを進めて私の近くへと寄った。そしてさらに私に顔を近づけると、より深く笑った。

 私はいったい彼が何をしたいのかよくわからず固まっていると、彼は私の足元に跪いた。

 そして私を見上げると、私の左手を取ってその薬指に口づけた。

 

 その行為に、マリアが「まぁ!」と嬉しそうに両手で口を押える。


「初めまして、こんな天使と婚約できたなんて、僕は幸せ者だ」




 *~*~*~*~

「まぁ! テオ様はそれでラウタ様と婚約を?」

「あぁ、あの出港式で歌っている姿を見て一目ぼれさ」

「まぁ素敵!」

「わたし、そんなの聞いてないですわ」


 聖歌隊の路上ライブは一度休憩し、私たちはフロトー家が運営しているカフェにいる。

 テオといったあの美少年の話にマリアはすっかり夢中になっている。対して私は現実を受け入れられずにいる。


「サプライズかい? 義理父さまは粋なことをなさるね」

「あなたのお父様じゃないですわ、私のですわよ!」

 

 私が思わず立ち上がると、マリア様は眉間にしわを寄せて「レディがはしたないですわよ」といった。


「でもよかったですわ。わたくしこのままではラウタ様が一生を聖歌隊に捧げてしまうのではないかと、気が気じゃなかったですもの」


 マリアは紅茶を飲みながら「安心しましたわ」などとのたまっている。


「グリーン家は先祖代々恋愛結婚主義者ですのよ!」


 私はそういってから、ハッと気づく。


「お父様!お父様は婚約に賛成されているんですの!?」


 あの父親のことだ。そうホイホイと愛娘を嫁がせたりしないはず。「ラウタには跡を継いでほしいからなぁ」とか言ってのらりくらりのかわすはずだ。


「義理父様かい? お父様も快く賛成してくれたよ。「ちょうどよかった、このままじゃ聖歌隊と結婚するのではないかと心配だったのだよ。ラウタに恋とはなにか教えてやってくれ」とおっしゃっていたよ」


(お父様………!)


 私はまさかの裏切りに膝から崩れ落ちる。マリアは「ほら見なさい」と得意げだ。


「そんなひどいですわ、だってまだ10才じゃないですの」


(恋なんてまだ早すぎるわよ………)


「あら、そう思ってらっしゃるのはラウタ様だけですわよ。多くの令嬢は16歳で嫁ぎますわ。嫁ぐ前には1~2年の花嫁修業もありますもの。私にはあと2年しかありませんわ」


 そうつぶやくマリアの表情は暗い。

 私はまだ恵まれている方だ。こうしてテオのような私を好いてくれる人が婚約者なのだから。多くの令嬢が彼女のように、14までに()()()()()を見つけなければならない。

 見つけられなければ行き遅れとして後ろ指をさされ、家族のためにろくでもないやつのところへ嫁がされる(追いやられる)


 ふと、聖歌隊にマリアがいるのはあと2年しかないことに気づかされる。

 私が顔を上げないことを気にしたマリアが私を気遣うように言った。


「まぁ、わたくしは一山当てて両親に養育費をしっかり返済してから嫁ぎますけれど!」


 そういったマリアの顔にはとても悲しい笑顔が張り付いていた。

お読みいただきありがとうございます。


ようやく恋愛要素がでてきました。

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