第六話
───子供達がお寺を尋ねた次の日。
今日はツクモの授業も特に無く、オレは学校の授業を上の空でや
り過ごし。
お昼を美味しく楽しく味わっては午後の授業を何とか乗り切り。
待ちに待った放課後。
帰りの荷物を鞄に突っ込んで席を立ち上がって足元のオウカをチ
ラリ。よし、オウカは何時でも行けそうだな。後は。
「もう行けるか? 白波。」
「うん。大丈夫だよ。」
「よっしゃ!」
隣の白波も準備万端。オレ達は一緒に学校を出て、あの寺を目指
す───
───お寺を目指す道中。
「それで。何とかしようとして『ギリセーフ!』って言ったら母さ
んがすんげぇー怒ってさぁ……。」
「うーん。それは怒られても仕方ない、かな?」
「もっと上手い言い訳が出てくれば何とか───着いたな。」
昨日二人で上ったあの階段の前に到着。見上げた階段は相変わら
ず長い。オレが見上げる階段を“ぴょんっぴょんっ”と軽くオウ
カが上って行く。
白波とオレは昨日と同じく互いに気合を入れては、長い長い階段
へ一歩を踏み出す。
途中。階段の中腹辺りで息の上がり始めた白波に、オレは肩を
貸したりしながらやっとの思いで、山門の下に着いた。
「着いたぞ! 着いたぞ白波ぃ!」
「あり、がとう。御柱く、ん。」
今日は早めに肩を貸したお陰か昨日よりは大丈夫そうな白波。
けどやっぱりその息は荒い。そんな白波を少し気遣いながら山
門の向こう。境内へと進む。
広い境内を見渡した限り、人影は見えない。まああんなざっく
りした約束で誰か待ってるとは思ってない。
取り敢えずは目の前に見えてるデカイ建物で昨日のお坊さんを
探そう。
約束はしてあるんだから、誰かにそれを話せば良いはずだ。
オレが白波を連れてデカイ建物に近付くと、正面の引き戸が行
き成り“バッ”と勢いよく開き。
「良く来た!」
「「!?」」
昨日の人とは違う、もっと年を取った坊主の男性が出て来た。
おっさんは驚いてるオレ達を見ては。
「いやすまんすまん、人の気配がしたものでついな。
驚かせてしまったか? 儂はこの寺の僧で『原水』と
言うんだが……。まあ気軽に和尚さんとでも呼んでくれ。ささ、二
人共此方へ。」
原水と名乗った和尚さんが手招きをしては、開いた戸の奥へと消
える。
オレ達は和尚さんに誘われるがまま。靴を脱いで建物の中へ。引
き戸の向こうは畳が敷き詰められた広間で、奥には何か凄い仏壇
っぽい物が置かれていた。
テレビとかで見た事あるお寺って感じだ。和尚さんは部屋の中央
で正座で座り、オレ達を見据えている。
“ぼーっ”としてたオレと白波は慌てて和尚さんの前で同じ様に
正座。オレはオウカにチラリと視線を送って。オウカが正座した
オレの膝上に乗っては丸くなる。うんうん、コレで良し。
そうしてオレ達が座ると和尚さんが口を開き。
「君達の事は不二崎。ああ、昨日君達が話した坊さ
んね。彼から話を聞いてるよ。何でもツクモについて聞きたいそ
うだね?」
「「はい!」」
「ふむ。“ツクモについて。”と言っても具体的には何を知りに
来たんだ?」
知りたい事、聞きたい事は山ほどあるけど。オレ達が今一番知
りたい事は。
「どうやったらツクモは強くなりますか?」
「!(頭を上下に激しく降る白波)」
やっぱりこれしかないよな。隣の白波も同じ様子。
強く成れば成長するし、成長しなきゃ強くは成れない。だから
強くなる方法を此処に聞きに来たんだ。話を聞いた和尚さんは
顎に手を当てながらオレ達を見据え。
「成る程成る程。いや何とも実に男の子らしい理由だねぇ。
そうさな……。ツクモを強くする方法は数あるが、その前に。
君達は自分のツクモについて何処まで知っている?」
そう言って和尚さんはオレ達を“ジッ”と見詰める。
自分のツクモについて知ってる事かぁ。オレは膝上のオウカ
を見ながら。
「名前は最高に似合ってるオウカで。目の色が桜色で凛々しく、
毛が銀色で超格好良い。後撫でると最高の最高に気持ちが良い。
って事を知ってます。」
「ふ、ふむ?」
和尚さんに凄く疑問気な表情で見られた。おかしい。
オレは今分かっているオウカの魅力を最大限教えたはずなのに。
おっかしいなぁと思いながらオウカを一撫で。お前はこんなに
も魅力的なのにな。
和尚さんはオレから視線を隣、白波へと移す。視線を受けた白
波は。
「えっと。白色で、眼鏡の形で……。
名前はまだ考えてません。」
白波はまだ自分のツクモに名前をつけて無いらしい。まあ眼鏡
型のツクモだと、名前を呼ぶ機会も無さそうだしなぁ。白波の
話を聞き終えると和尚さんは大きく首を曲げては、目を瞑り。
「……最近の子達はこうなのか?」
何て呟いては唸っていた。和尚さんの言った意味が分からなく
て、オレと白波は互いに顔を見合わせては首を傾げた。和尚さ
んは暫く唸った後。
何かを無理矢理納得するかの様に頭を数回頷かせ。
「ま! それはそれとして、だ。」
言いながら立ち上がってずんずんっとオレ達、いや白波の前に
近付いて。正座している白波の前で屈んでは、眼鏡のツクモを
“ジッ”と見詰める。頭を時折左右に傾けた後。
「此奴は装着型のツクモだな?」
「はい。」
和尚さんの言葉に白波が応える。装着型。たしかそれはツクモ
の種類の一つだ。腕時計型だったりベルト型だったりと、身に
着ける、或いは手に持ったりして扱うツクモ達。
特徴としては他に、装着型は大抵ツクモは同士の直接戦闘はし
ないとか出来ないとか。それが装着型だって『週刊ツクモ!』
の大解説編で読んだな。
あれ、月間の方だったかな?オレがどうでも良い事で頭を悩ま
せていると。
「ふむ。これはまた珍しい。」
「そんなに珍しいですか?」
「珍しいな。近年見られるようになった型ってのもあるが、そも
そもが生き物の形であれそうで無くとも。大抵の物はツクモ化
すると
生き物寄りに転ずるもんだ。そんな中で眼鏡のまま時計のまま
って奴らは、中々居るもんじゃない。だから数事態も滅法少ない
しの。」
「そう、ですか……。」
和尚さんの話を聞いた白波が少し落ち込む。オレが何か声をか
けようとするよりも早く、和尚さんが。
「まあツクモに型何てあって無い様なもんだが……。見た所君の
ツクモはまだ半覚醒だな。」
「半覚醒?」
「ああ。まあ簡単に言えばまだ寝てるって事だ。どれ、起こす為
にもツクモに何か問い掛けてみろ。」
「問い掛けるってあの、どうすれば……。」
「そうだなぁ。取り敢えず難しく考えずに、何でも良いから自分
のツクモの事を強く考えてみろ。」
「はい!」
返事と共に白波の体が強張り。『問い掛ける、考える、問い掛
ける───』何て声が途切れなく漏れ聞こえる。
全力でツクモの事を考えているのが伝わって来て、オレも思わ
ず力んで白波を見詰めてしまう。暫くの間全力の白波を見詰め
ていると。
「わわわ!?」
「うお!?」
白波は突然驚きの声を上げた。オレも釣られて驚く。
何事だろうと思えば、白波は自分の顔の前で手を振ってみた
り。
立ち上がっては部屋の中を見渡して見たり。意味不明な行動
を繰り返すばかり。正直ちょっと怖くて話し掛け辛い。根を
詰めすぎたんじゃ……。
オレがビビりながら白波を見詰めていると。部屋の中を見渡
していた白波の顔が“グイッ”とオレへ向けられる。思わず
ビクリと体が震えるオレにも構わずに、白波は近付いて来て
は興奮した様子で。
「みみみみ見て! 見てて見て!」
白波は自分がかけていた眼鏡型のツクモをオレに覗かせよう
とする。
オレは恐怖の余り何を言う事も出来ず、なすがままに白波に
眼鏡型ツクモをかけさせられた。そして。
「名前は?」
白波が呟き。
『───はくあ。』
眼鏡型ツクモをかけたオレの。その視界に文字が浮かび上が
る。
オレは飛ぶように立ち上が───れずに後ろにコケた。
足が痺れて言う事を聞かなかったからだ。仰向けに倒れなが
らもオレは、眼鏡の前に手を振ったりしてみる。浮かんだ文
字は消えずにちゃんと其処にある。すげえ。喋ってるって事
かこれ?
「すげえな白波!」
「うん! うんうんうん!」
オレ達は興奮したまま眼鏡型ツクモを外したりかけたりし。
他にも何か無いかと白波に問い掛けさせるも、『はくあ』
と表示するばかり。
和尚さん曰く『起きたばかり』だかららしい。それにして
も凄い。一頻り白波と一緒に遊んだ後、白波が座り直した所
でオレはふと。
「で。『はくあ』ってなんだろうな?」
レンズ越しに見えた言葉の意味はさっぱり分からない。
凄いって事に驚いて楽しんでたけど、そこが今更ながら気に
なる。オレの質問に眼鏡型ツクモをかけ直した白波が、静か
に応える。
「名前だよ。」
「名前?」
「うん。何かを問いかけようって考えた時に、何時も御柱くん
が自分のツクモを名前で呼んでるのが頭に浮かんで。
もし君に名前があるなら教えて欲しいなって、想ってみたん
だ。その、ぼくも御柱くんみたいに自分のツクモを名前で呼
びたくて……。」
成る程ぉー。浮かんでたあの文字はツクモ自身の名前だった訳
か。白波は自分のツクモに名前を聞けて本当に、本当に嬉しそ
うで。
「白波。」
「?」
「良かったな!」
「うん!」
照れた様に笑う白波。それにしても、自分のツクモと会話出来る
とかすげえし。半覚醒? を見抜いた和尚さんもすげえ。
ただのおっさんじゃなかったんだなぁ。オレは大の字に寝ながら
も頭を上げ。和尚さんに顔を向けて。
「和尚さんもすげぇ!」
「ありがとうございます! 和尚さん!」
「なに。これぐらいは軽い軽い。」
和尚さんは凄く気分が良さそうで『ワッハッハッハ』何て笑っ
ている。この人は凄い人だ。この人にツクモの事を教えてもら
えば、オレ達は強く成れるかも知れない。そう思ったのは白波
も同じ様で。
「和尚さん! ツクモを強くする方法を教えて下さい!」
「お願いします! 和尚さん!」
「うんうん。二人共向上心があって良し。
後そっちの君はいい加減ちゃんと座りなさい。」
転けた時からそのまま大の字で寝転がっていたオレは、膝上から
腹上に移動していたオウカを退かし、正座で座り直す。
すると退かされたオウカが膝上によじ登って来る。正直正座でこ
れはキツイ事を、オレはさっき知った。だから正座ではやめてく
れと手でちょっとオウカを押してみるが、ビックリするほど抵抗さ
れ。
オレは更に力を入れてみるも、今度は四肢に力を入れてこれでも
かと踏ん張るオウカ。一切譲る気はないと言った様子。退かした
いが退かせないッ……。
そっとオウカを退かそうと頑張る最中、和尚さんが話し始めてし
まう。
「そうだなぁ。ツクモを強くするにはまず知る事が大切だ。
今君が自分のツクモの名を知った事で、そのツクモは一つ強く
なったと言える。そして他にも強くなる方法はある。それは…
…。」
「「ゴクリッ」」
何処かの人気司会者よろしく間を溜める和尚さん。オレと白波
は徐々に徐々に前のめりに成って行く。
「それはな───」
「ツクモ同士を戦わせる事。」
後ろ。開いた引き戸の方から此方へ声が届く。
振り向くと其処には、昨日話したお坊さんが立っていた。
お坊さんはそのまま部屋の中へ入りながら。
「ツクモ同士を戦わせ、ツクモと式者双方に経験を積ませる事。
これが最も容易く。また最も難しい方法ですね。」
「不二崎、人の台詞を盗るでない。全く。」
和尚さんが睨み付ける中、不二崎ってお坊さんは気にもせずに和
尚さんの隣へ静かに座る。睨むのをやめた和尚さんが此方に向き
直り。
「今不二崎が言った様に、ツクモ同士を戦わせると何故か
ツクモは強くなりよる。それは経験を積むからかとも、戦闘に
よって生じた想いや霊力を食らうからとも言われておる。
ま、ツクモは元々が物だからな。使えば使うほど、と言うやつ
なのかも知れんなぁ。」
和尚さんは感慨深そうに“うんうん”と頷いている。
ツクモ同士を戦わせる事は、子供から大人までかなりの人気
で。それは世界大会が開かれたりする程だ。世界大会もそう
だけど、国内の大きな大会は中継とかも良くやっている。ツ
クモ同士を戦わせるのが人気なのは、楽しいってのもそうだ
けど。
ツクモが強くなるからでもあるのかな?
そんな事を考えていると和尚さんが“ゴホンッ”。なんて一
つ咳払いをし。
「そこでな!そこで! まあ語るよりも、だ。一つこの寺のツ
クモと戦ってみんか?」
「「ええ!?」」
行き成りの事にオレと白波は驚きの声を上げる。そりゃそう
だろう。驚くオレ達に和尚さんは。
「安心せい。向こうは手加減してくれるから大事には成らんだ
ろうて。これも経験の一つ。受けるだけ受けて損は無い
ぞ。」
んんん。んんんん。白波は自分のツクモの名前を聞いた。
この凄い和尚が言う事なら、きっと役に立つ事に違いない。
それに手加減してくれるらしいし。オレは和尚さんに。
「分かった。すげー和尚さんが言う事だもん。オレ戦ってみ
るよ。」
強くなるためと、オレは提案を受け入れた。オレが応えを返すと
何故か不二崎さんが。
「和尚。彼の曇り一つ無い、信頼の眼差し。よーく見て───」
「うぉっほん!うぉっほんうおほん!
そうか!ではついて来い! 此方じゃ!」
「「?」」
和尚さんは不二崎さんの言葉を遮り。立ち上がってはオレ達を急
かす。
オレと白波はお互いに顔を見合わせながらも、和尚の後に続く。
その後を不二崎さんが付いて来て。オレ達は和尚が案内する先へ
と向かう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
和尚さんと不二崎さんに連れられて回廊とか言う場所を回って来た先
は。
「此処は庫裏と言ってね。まあお寺の食事処、だとでも思ってくれれば
良いかな。」
場所の説明をしてくれた不二崎さんは、オレと白波を見据え。
「この引き戸の向こう。其処には今実に厄介なツクモが居てね。
それを二人には捕まえるなりして、大人しくさせて欲しいんだ。」
「「厄介……。」」
オレと白波は不二崎さんの言葉を同時に繰り返す。
少し困った様に笑った不二崎さんは。
「厄介と言ってもそれは我々寺の者にだけだよ。
君達子供にはあのツクモも本気は出さない。本来は大人しく人懐こ
いツクモだからね。だからこそ君達にはチャンスがあると言える。
それにもしも君達が危ない目に合いそうになれば私が助けに入る。
それでも、怖いならやらなくとも良いんだよ? そもそも───」
「こ、こら不二崎。男の子の決意を揺らがせる様な……ッ!」
何かを言い掛けた和尚さんを、不二崎さんが一睨みで大人しくさ
せた。
オレは直感的に、怒らせたら怖いタイプは此方だと察する。
母さんも此方のタイプだからな。うーん。正直ツクモと戦うのは
怖い。でも、きっとこれは避けて通れない道だ。でもその前に。
「どんなツクモか覗いて見てからでも良いですか?」
不二崎さんと和尚さんは頷く。二人の間を通り引き戸を少し開
け、白波と一緒に中をコッソリ覗く。中はそこそこの広さで、
なんか時代劇とかで見る古そうな台所と。部屋の中央に黒いヤ
カンが転がっている。何と無く、何と無くだが不自然だ。
まさかアレ? いやいやいや。違うよなー流石に。
「御柱くん。あの床にあるヤカン、ツクモだよ。」
「うぇ、まじかよ!? てか白波良く分かるなぁ。」
「ううん。ぼくじゃなくて、はくあが教えてくれたんだ。」
「良いなぁ……。」
「えへへ。」
嬉しそうに笑う白波。うん、本当に良かった。
白波を誘って正解だったな。いや、この寺を見付けたのは白
波か。ならオレは、オレ達は。そう考えて足元のオウカを見
れば、オウカは此方を見上げ。やる気満々と行った様子。
よし。オレは和尚さんと不二崎さんに顔を向け。
「あのツクモと戦ってみます。」
白波の為にも、オレ達も強くなろう。その為にもまずはこれを
乗り越える! オレは強く意気込み、戸を開けては庫裏と呼ばれ
た部屋の中へ───
───部屋の中は入ってみると、外から覗いた時よりも少し広
く感じる。
部屋の出入り口に立つオレと白波。そして足元にはやる気満々
のオウカ。ん?あれ? オレは当然の様に隣に立つ白波に。
「何でついて来たんだ?」
これはオレだけで戦うものかとばかりに思っていた。
だから隣に付いて来た白波に疑問を訪ねてみたが。
「えと。それはね───」
「儂が行けと言うたんじゃ。其奴のツクモはどう見てもそれでは
戦えん。だが何、戦っとるもんの側に居ればツクモも成長しよ
うて。戦うは元気な方に任せ、お前さんはサポートでもした
れ。とな。」
何て。和尚さんが引き戸の向こうから小声で答えてくれた。
何で小声なんだ? まあ良いか。
説明に成る程と納得しているオレへ、白波が申し訳なさそう
に。
「ごめんね御柱くん。その、あの……。」
「気にすんな。一人より二人だ。一緒に頑張ろうぜ!」
「……うん!」
戦い方は色々あるし、一緒にそれを考えてくれるだけでも心強
い。
オレと白波は頷き合い。そして部屋の中を一歩進み。
また一歩と部屋の中央、床に転がるヤカンへとオレ達は近付く。
見れば見るほどアレはただの黒いヤカンだ。アレがツクモかぁ…
…。
オレのオウカと同じ大きさか、ちょっとだけ大きいかも知れない
程度。いや、これ楽勝なんじゃないか? そんでもって此奴と何度
も戦えば直ぐに強くれちゃったり? いやでも弱いやつを倒し続け
ても駄目か。
何て、余裕綽々で黒いヤカンへもう一歩近付いた時だった。
『───』
黒いヤカンが“カタカタ……。”と揺れては音を鳴らしたのだ。
風も無いのに独りでに揺れた様をこの目で見ると、やっぱりツク
モ何だと改めて思わされる。隣では音にビビった白波が必死に口
を抑えていた。大丈夫だ、内心オレも超ビビったぜ。
黒いヤカンはオレ達が一歩近付く度に、まるで警告音の様に揺れ
ては音を鳴らす。
音にビビリながらも黒いヤカンに近付き続け。もうこの距離なら
捕まえられるかも知れない。そう思える距離まで来た所で。オレ
は隣の白波へ。
「このまま飛びかかっちゃえば、直ぐにアレを捕まえれるんじゃな
いか?」
「うん。確かに行けそうだけど……。」
よしよし。此処まで散々音でビビらされた恨みだ。
速攻終わらせてやろうと思い、オレはオウカに目配せをした後。
「おりゃー!」
『!』
「えええええ!?」
叫び上げならオレはオウカと一緒に黒いヤカンへ飛びかかる。
後ろの方で白波が驚いて居た気がするが、気の所為だろう。
それに今は此方だ。覚悟しろ黒いヤカン! オレとオウカの経験
値にしたらぁー!
『ピーッ!!!!』
「「うわ!?」」
オレとオウカが飛びかかり捕まえようかと言う時に。黒いヤカ
ンからは凄く聞き覚えのある音が聞こえ、同時に信じられない
勢いで煙が吹き出して来た。吹き付けられる煙に耐えられず、
オレは顔を手で覆う。
暫くして吹き付けられる圧も収まり。
腕を退かして辺りを見渡す。見渡すも何も、見えてるのは真っ
白な煙だけ。右も左も上も下も真っ白な煙。煙しか見えない。
「何だこれ?!」
「御柱くん!」
近くの様な、遠くの様な。何処かで白波の声が聞こえた気が
して振り向いても、やっぱり白い煙しか見えない。
普通の煙より濃いのか、辛うじて見えるのは自分の腹の辺り
位だ。
声がした方に近付きたくともこの煙の所為で足元も見えない
のでは、下手に動くのは危ない。コケて白波にぶつかりでもし
たら怪我をさせるかも知れないし、オレも怪我をしそうだ。
動くに動けない状況にヤキモキしていると。
「うひゃ!」
「白波!?」
煙の中から白波の悲鳴が聞こえた瞬間。間髪入れず。
「ぶえっ!」
オレの顔に水が飛んで来た。冷たひ!
何で急に水?! オレが顔を服の裾で拭っていると。
『ピッピッピ。』
軽い音であのヤカン型ツクモの音?声? の様な物が何処か
らか響き渡る。気の所為じゃなければそれは喜んでいる感
じだ。にゃろぉお!水の飛んで来た方を睨み付けるも。
「ッ?! おーちょくりやがってー!!」
今度は反対側。後頭部に水が掛かってまた冷たい!
怒って周りを必死に見渡しても、見えるのは白い煙だけ。
ぐぎぎ! 試しに手で煙を仰いだが、煙に特に変化はない。
「大丈夫? 御柱くん。」
「ほあー!?」
必死に煙を仰ぐオレの肩に、突然手が置かれ。
オレは思わず甲高い悲鳴を上げてしまう。自分でもビック
リする高音。手を置いたのは白波、だと思う。振り返って
も白い煙でよく見えないけど、声の限りは間違いない。
とは思う、思うが。オレはちょっと情けなくも。
「……白波か?」
「大丈夫、ぼくだよ。
ごめんね驚かしちゃたみたいで。」
「いや大丈夫。ちょっとビビったけど全然大丈夫だから。
それより白波、良くオレの所まで転けずに来れたな。」
ヤカンに突っ込まなかった白波とはオレとは、少し距離が
出来ていたはずだ。それに煙に驚いてオレは、ちょっと後
退りとかして動いてから、お互いの位置は全く分からない
物に成ってたはず。
だが白波は違ったらしい。良く怖くなかったなぁ。ビビっ
たオレとは大違いか。
「この煙の中歩いて来たんだろ? 白波って中々度胸あるん
だな。」
「えっと実はね。はくあ越しに見たら煙の中も見えるん
だ。」
「何だそれマジで凄いな!」
「それだけじゃないよ。はくあが『きけん→』って言うか
ら。矢印の方を見たらあのツクモが水を飛ばそうとする所
で、ぼく咄嗟に屈んで避けたんだよ!」
「すげー! 攻撃を避けるとか、特撮モノみたいじゃん!」
「自分でもびっくり!」
顔の見えない白波だが、きっと嬉しそうな顔で話してい
るに違いない。
興奮した声が物語ってるからな。しかし成る程、最初の
悲鳴は水を避けた時の悲鳴だったのか。あれ? それって
つまりオレが当たったのって……。いや、今それは後に
しよう。
白波のお陰で何とかなりそうだ! オレは白波の手を肩
に乗せたまましゃがみ、片手で足を叩きながら。
「オウカ。」
『!』
名前を呼ぶとオウカの足音が近付き、出したオレの手にオ
ウカの鼻先の感触が伝わってくる。煙の中じゃ無理かもと
思ったが、オウカは何とかオレの下に来てくれた。
途中何かにぶつかったりした音が何度も聞こえたので、頭
撫でて置こう。
オウカを呼んだのは、オレが動くとオウカを蹴るかも知れ
ないからだ。だからオウカの位置を知るためにも呼んでみ
たのだが、見事オウカはオレの下に!
「おー! 偉いぞオウカ!」
『!!』
感触だけでオウカの背中やら何やらを撫で回す。そして、
オウカをその場に座らせて立ち上がり。
「白波。はくあの力でこの煙の中が見えてるんだよな?」
「うん。」
「なら、あのヤカンが何処に居るか教えてくれ。」
肩に置かれた白波の手に自分の手を乗せながら頼む。
「うんわかった。ちょっと待ってね……。」
そう言うと白波は暫く黙り。そして乗せた手を真っ直ぐに
伸ばし。
「彼処に居るよ。それで───」
本当に白波には見えているらしい。
お陰でヤカン型ツクモが居る方向が分かる。よーっし!
「うおおおおおおお!」
「えー!またなの!?」
驚く白波を無視して、方向の分かったオレは全力で突っ込
んで───何かに躓いては全力で転けた。
畳の上でもかなり痛い。そのまま倒れ込んでいると足音が
近付き。
「だだだ大丈夫!?」
「擦りむいてないから多分大丈夫だ。長ズボンで良かった。
それよりもだ、捕まえたぞ!」
倒れ込む間際にオレは手を伸ばし、掴んだんだ!
感触的にはヤカンで間違いない。オレは掴んだヤカンを逃さない
様にに起き上がり。白波へ掲げるようにして報告した。顔が何処
にあるか分からないけど、多分この辺りだろう。暫くして白波が
怖ず怖ずと話し出し。
「えっとね……。」
「ん?」
言い淀む白波。何故だろうかと言う疑問は、直ぐに解消され
る。オレの横顔目掛け。そして多分白波の横顔にもだけど、
何処からか水が勢いよく飛んで来たからだ。
ポタポタと顔から水が滴り落ちる中。あのツクモが鳴らして
いるであろう『ピッピッピ』と言う高い音が部屋に響く。
「それは違うヤカンだよ。」
「みたいだな。」
顔を拭ってもう一度と思っていると何処か遠く、多分入口辺
りから。
「あ、阿呆が! 黙って聞いてれば、なーんでお前さん自身で
ツクモを捕まえようとしとるんだ! 自分のツクモ使わんかツ
クモを!」
叫んだのは和尚さん。いけね、そうだったそうだった。
頭に血が上りすぎて意地に成ってたは。つってもなぁ。
「って言われてもオレ達のツクモは子犬と眼鏡だぜ。それにヤ
カン位なら何とかなりそうな気がするし。うん。」
「ど阿呆! そりゃ見た目だ、見た目! 見た目に騙されるでな
いは! 子犬の様であっても子犬に非ず。眼鏡の様であっても
眼鏡に非ず。
それらはツクモ。お前さん達が連れているのは紛れもないツ
クモだ。
それを自覚せい。と言うか、それすらも自覚しとらんかった
んか!?」
「和尚。それ以前にこの煙の中じゃまともに戦えませんよ。」
「そこはなぁ! ……気合でどうにかするのが男の子だろう
がぁ!」
「今どき根性論ですか? 後そんなに叫ぶと───ああ、遅か
ったみたいですね。」
『ピーッ!!!』
これまで以上に甲高い音が鳴ったかと思うと、遠くの方から
は和尚の悲鳴や何かが打つかる様な音が鳴り始めた。
オレ達が連れているのはツクモ。オレは自分のツクモは、オ
ウカはこのままじゃまともに戦えないと思ってた。それは子
犬の様な見た目で、オレがオウカを子犬の様に思ってたから
かも知れない。でもツクモなら……。
もう打つ手もないし。ここはいっちょ、オウカを信じてみる
っきゃないな。
「白波。」
「御柱くん?」
「オレ達もツクモを信じてみよう。
でな、ものはそうだん何だが───」
白波にオレが思い付いた作戦モドキを伝える。
作戦を聞いた白波は。
「ええ!?」
驚きの声を上げた。そんな白波にオレは自信を込め。
「オレは行けると思う。」
「……分かった。ぼくも、ぼくも信じてみるよ。
もし駄目でも───その時はまた一緒に考えようか。」
「もち!」
白波の声から弱々しさは伝わって来ない。そして、差し出さ
れた手には白波のツクモ。はくあが乗せられていた。
オレは白波からはくあを受け取り、足元で体を擦り付ける感
触のあったオウカの顔へはくあを掛けさせる。ふとオウカの
顔にかけられなかったらと思ったが、不思議な事にはくあは
問題なくオウカの顔にかけさせられた。煙でよく見えない
が、感触的には掛かっているはずだ。準備の出来たオレは、
和尚達に夢中なあのヤカン型ツクモへ。
「ぶちかませ! オウカ!」
『───!!!』
オウカを突撃させる。オレの声を聞くとオウカは何処かへ走
って行く。
煙の中で何も見えない。だけど少しして“ゴガンッ!”っと
言う鈍い音が響き、何かが激しくぶつかり合うような音が聞
こえて暫く。
“カララン……。”と言う音を最後に。部屋の中が静に。
何がどうなったか全く分からない。そんな中、オレは徐々に
煙が薄くなっていくのに気が付いた。気が付けば煙はどんど
んと薄くなり、オレと白波が自分達のツクモを見送った先。
その結果が姿を現す。
煙が晴れた先には地面に転がる黒いヤカン型ツクモ。
そして。ヤカンの横にちょこんと座っているのは、白い眼鏡
をかけたオウカ。
「「ぉ、ぉぉぉおおお!」」
オレと白波は嬉しさ爆発でハイタッチ。そしてオウカ達に駆
け寄り、はくあを白波。オウカをオレが抱き抱えては褒めま
くる。
白波もはくあのレンズを拭きまくっては顔にかけ。何事かを
語りかけていた。そうしてオレ達が喜び合っていると部屋の
入口から。
「おお、おお。よくやった!」
「皆怪我はありませんか?」
和尚さんと不二崎さんが近くに歩み寄って来た。オレと白波
は誰も怪我はないと不二崎さんに伝え。その最中。和尚さん
が床に転がるヤカン型ツクモに近付き“コンコン”っと小突
いては。
「ほれ。何時までそうしておる。」
『───』
黒いヤカンが独りでに起き上がった。
思わずオレと白波は身構えてしまう。さっきの今だしな。
「警戒せんでも大丈夫。此奴も子供と遊べて満足した様子。
のう?」
『───』
黒いヤカンは返事とばかりに“ピッ”と一瞬音を鳴らす。
屈んでいた和尚が立ち上がり。咳払いを一つすると。
「二人共よくやった。」
「和尚さんのアドバイスのお陰で、オレはオウカを信じるっ
て事が出来たよ。」
「ぼくもはくあの名前を聞けましたし。」
「「ありがとうございます。和尚さん!」」
「うんうん。ツクモとの信頼関係は何よりも大事。これから
もそれを忘れるなよ?」
「「はい!」」
そう言う和尚さんの隣では黒いヤカンが浮いていて───
「ううううう浮いてる!?」
「おおう、なんじゃい!」
「あ、そっか御柱くんには見えてなかったんだね。
煙の中に居た時から、あの子は浮いてたんだよ。」
オレの声に驚く和尚さんとは別で、隣の白波は冷静だ。
白波が教えてくれる衝撃的事実。そじゃあ捕まるはずもな
いよなぁ。
オウカが体当りできたのも、和尚達に気を獲られてたから
か。部屋の入口を見れば。扉の高い位置が不自然に凹んで
いるのが分かる。
「浮いとるツクモ位もう見慣れとるんじゃ無いのか?
少し気になっておったのだが、お主ら自分のツクモを持っ
てどの程度だ?」
聞かれたオレと白波は同時に。
「「二日。」です。」
と答えた。返事を聞いた和尚さんと不二崎さんが大きく
驚き。
「なんと!」
「まさか……。」
「「?」」
何で驚いてるか分からなくて気になったけど、オレはそれ
よりも気になる事があった。それは今は大人しく和尚の隣
でふわふわ浮いている黒いヤカン。よく見ると目がある…
…。じゃなくて。
「なんでそいつ暴れてたんだ?」
「そう言えばそうだね。今は凄く大人しいのに……。」
オレの後に白波も続く。二人で疑問な視線を向けていると
和尚が一つ咳をし。
「う、うむ。此奴は古くからこの寺に居るツク
モでな。
普段は若い僧の相手や何やらと色々手伝いをしてくているのだ
が、週に一度。必ず此奴で湯を沸かしてやらねばら
なんのじゃ。」
「湯って。そ大丈夫なのかよそれ?」
オレの頭に浮かんだ映像はどう見ても拷問だ。だけど。『湯を
沸かす』って和尚が言うと同時に、ヤカン型ツクモは嬉しそう
に、和尚さんの周りを“ふわりふわり”と忙しく漂っている。
そんなヤカン型ツクモを見ながら和尚さんは。
「鉄瓶の名残か。此奴はそれがどうにもお気に入り。
しかしそれを誰かが忘れたのだろう。全く許せん話よ。」
和尚さんは憤慨した様子で『きっと若い僧だな。うんうん。』と
呟いては嘆いていた。そんな和尚さんの隣、不二崎さんがオレ達
へ。
「この寺の僧は皆、湯を沸かす時はこの子でって決まりなんだ。
それも当番制でね。ふふ、面白い決まりでしょう? 下は元より
上の上。“全ての僧が”何てね。」
「お、おい不二崎───」
「ええ和尚。和尚のお考えの通りです。後で若い僧を厳しく叱らね
ばなりませんね。他人の行いを軽々しく代わるべからず。代わら
れた者が怠ける事になる。と。事実こうしてその者が“うっか
り”忘れましたからね?」
不二崎さんは話す中で、所々語気が強く成っていた。
和尚の顔には何故か大量の汗が吹き出している。ヤカンみた
い。そんな中で白波が手を上げ。
「あの、今の不二崎さんの話。誰かが当番を変わってもらって、
その後代わってもらった人が番を忘れてた。って事ですか?」
「鋭いねぇ。」
そう言っては不二崎さんが隣の和尚さんを見詰める。
釣られてオレと白波、そしてヤカン型ツクモ。
皆の視線が和尚へ注がれる。成る程、オレにも分かったぜ。
だからオレは思いっきり大きな声で。
「和尚だせぇ!!!」
『ピーッ!』
「だ、駄目だよそんなにハッキリ言っちゃ!」
その後。逃げる和尚をヤカン型ツクモが追い掛けて行き。残され
たオレと白波に不二崎さんが謝り。お詫びと言って『これからも
ツクモの事を知りたければ何時来ても良いし、望むならこの寺で
修行もつけよう。』と誘ってくれた。
オレ達は凄い勢いで首を縦に振っては、誘いを喜んで受けまくっ
た。
不二崎さんは笑って何時でも来てくれて良いと言う。そんな不二
崎さんに見送られながら、オレ達は寺を後にした。帰り道。長い
階段を下りながら。
「何だか凄い事になっちゃたね。」
「だよなー。でも思わず誘いに飛びついちまったけど、修行って一
体何すんだろうな?」
「うーん……。滝に打たれる、とか?」
「いやいや。きっとなこう、気とかの修行だよ。」
「気の修行って。ちょっと大雑把すぎるない?」
笑いながら言う白波に、オレは思い描く気の修行を説明してみた
けど。一層笑われるだけだった。そんな笑える話を、オレ達は別
れるまでずっと話し続けた───
───家に帰ったオレはふと。煙で見えなかったオウカの勇姿を
一目見ようと思い。深く考えず適当な
壁に向かってオウカを突撃を試させてみる。オウカが突撃した家
の壁は“べっこりッ”と凹み。帰って来た母さんにオレも凹まさ
れる事に。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
山門前には、子供達を見送った僧が一人。
その僧へ誰かが近付き隣へ立ち。
「……全く。えらい目にあったわ。」
「若い僧の所為にしようとしたからですよ。和尚。」
和尚は誤魔化すように頭を掻いては。
「しかしのう。まさかツクモ持って二日とは。」
「それは、申し訳ありません。
私も気が付きませんでした……。」
「そりゃ二日でツクモがあれ程“懐く”とは誰も思わんよ。
若い世代ってのは恐ろしいもんだ。」
「ええ本当に。しかしあの二人、実に良い“式者”になりそうだ
とは思いませんか?」
「だから寺に誘ったのか……。面倒見の良い奴じゃな全く。
しかしまあ、儂も見てみたくはあるな。」
二人の僧は笑い合いながら。彼方に見える子供達の姿が
見えなくなるまで、暖かく見守り続けた───
最後までお読みいただきありがとうございます。この物語が少しでも楽しめる物であったのなら
幸いです。
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