第四話
───少年がツクモを貰った翌日。
ベッドの上で健やかな寝息を立てる少年。その少年が眠るベッド
の隣、サイドテーブルに置かれたデジタル時計が“ピピッ! ピ
ピッ!”と。電子音を鳴らしている。否、鳴らし続けていた。電子
音の鳴り響く室内。
「んん~……。」
時計の音が煩い。そう思ったのはこれで何度目の事だっけ?
オレはふわっとした意識でどうでも良さそうな事を考える。いや
考えちゃ駄目か、もう起きないと。んでも後少し、後少しだけ眠
りたい。
そしたら多分気持ち良く起きれると思うんだ。あー……。
時計のボタンまでが遠い。今だけ念力でも使えないかなぁ。考え
のとっ散らかった頭でぼやぼやとしていると、脇腹の辺りで何か
が“もぞもぞ”と動く。何だ何だと思う暇も無く何かが這い上が
って来ている。やがてソレはオレの肩に何かの圧力を掛け。
「ふが?」
『───』
辛うじて開けた左目からは、オレの左肩に両足をピンッと伸ば
し。掛け布団を頭に乗せた子犬型のツクモ。オウカが顔を覗か
せていた。
オウカはそのまま掛け布団から飛び出すと、サイドテーブルに
乗せた時計へ近付き“ガンッ!”っと。時計上部のボタンを嫌
な感じの音を響かせながら押しては、オレの顔の近くに座り込
む。
“フンスッ。”何てデカイ鼻息を顔に浴びせ。尻尾で頭をそよ
ぐ。
『!』
自信満々な凛々しい表情をオレに見せつけて居るのだ。何て
事。オウカはオレの為に憎き時計をやっつけてくれた訳で、
それを誇っている。やべ感動で泣きそう。
でもこれは何時も見てるオレの都合の良い夢だから───じゃ
ない。そうだそうだった。
オレにはもう本当にツクモが、オウカが居るんだ。
これは何時も見てた夢なんかじゃない。あ、また泣きそう。
泣きそうに成りながらもオレは左手を動かし。
「えらいぞオウカー。」
『───』
撫でる左手にオウカが頭を擦り付けてくるのが、最高にこそばゆ
くて気持ちが良い。オウカの背の辺りに手を置くと手の平にじん
わりとした温かさが伝わり、それは何時もの夢には無かった暖か
さだ。ぐす。
「全ッ然偉くないでしょうが。ほら起きなさい!」
言いながら、母さんが掛け布団を勢いよく剥がす。体がさぶい。
でも母さんがオレの部屋に来てたって事は、本当にもう起きない
と大変な時間なんだな。オレは頑張って起き上がり。母さんに顔
を向け。
「お゛あ゛よ゛う゛があさん゛。」
「ちょちょちょちょちょ、どしたの!?
何?どっか痛いの? それとも熱?」
「ううん。オウカがうれじぐで。」
嬉し涙は我慢しない。するなって母さんも言ってたし。
だけど頭がハッキリして来た今はちょっと恥ずかしい。いやかな
り。
だから急いでパジャマの袖で目を拭う。そんな最中にも、ベッド
の上で胡座をかくオレの上にはオウカが乗って来るもんだから。
「うっへっへっへ。」
「……ほんと大丈夫?」
心配した様子で母さんは手の平を自分とオレの頭に着けては一唸
りしている。風邪を疑ってるのかオレの頭の中を疑ってるのかは
分からないけど、母さんをこれ以上心配させる訳にはいかない。
オレは“ギュッ”と一度目を瞑っては開き。
「起きた! おはよう母さん!」
「はいおはようさん。」
オレがそう言うと母さんは少しだけ笑って。片手を手を腰へ引い
ては曲げていた腰を伸ばす。母さんが身を引いた後、オレは両手
を使って思いっきり伸びをして。力を抜く。
よっしこれで完璧に起きた。オレは乗っているオウカをベッド上
に退かし。ベッドから降りる。
と、母さんの足元に何か小さな紙袋が置いてあるのに気が付いた。
オレが紙袋に気がつくと母さんは屈んではそれを片手で拾い上げ。
「昨日明進人を叱ったり、札で火扇呼び戻したりで渡すのをすっ
かり忘れちゃってたわ。」
「なにそれ?」
「入学祝い、まだだったでしょ?」
にーっと笑う母さん。そんな母さんの笑顔はオレの好奇を心滅茶
苦茶に刺激した。逸る気持ちも抑えず思いのままに渡された紙袋
の中身を確認。中には長方形の箱と何かのチラシ。チラシはどう
でもいいや。オレは箱を紙袋から取り出す。
取り出した箱には『札型・鏡面モデル/三式』の文字。ふふふふ札
型だこれ! 興奮しながら箱を開けると。見た目だけはスマホとそ
っくりな長方形の機械。
表はタッチパネルで裏には『鏡面/三式』の文字。オレは意味も
なく表と裏を数回確認した後。本体電源スイッチを押す。
真っ暗な画面に『ミラー』とメーカー名が浮かんで暫く。
よく見るタイプのホーム画面が映し出された。こっから先の操
作は分かんない。だから取り敢えず。
「母さん!」
「うん?」
「ありがとう!」
「はい。どういたしまして。大事にしなさいよ? それ。」
「おお!」
大事にするに決まってるじゃんか。オレは母さんから貰った最高
の贈り物を手に、感動で体が震える。うへへへ。
と、こうしちゃいられない。今から学校なんだから着替えない
と。
オレが札型を抱えてニヤけている間に母さんはもう部屋に居なか
った。だから急いで着替え、鞄と札型。それと札型が入ってた箱
の中から
説明書だけを引っ張りだして。一階のリビング───の前に。
部屋の出入り口で振り返り。
「オウカ!」
「───!」
ベッドの上に居た大切な相棒の名前を呼んで、一階へ向かう。
尻尾を揺らしながら付いて来るオウカと共に下りたリビングで、
母さんが作ってくれた美味しい朝ごはんを皆で一緒に食べる事
に。
床に置かれたオウカの皿には、小さく切られた彩豊な野菜達。
オウカは最初警戒する様に匂いを頻繁に嗅いでは、恐る恐る口
へと運ぶ。
『!!!』
野菜が美味かったのか、オウカは夢中で食べ始めた。
オレも負けじと自分のご飯と向かい合う。今日はふわっとした
スクランブルエッグか。母さんが作ってくれる卵料理はどれも
最高で、間違いない美味しさだ。嫌いな野菜を口に詰め込みなが
ら、そう言えばとふと思う。ツクモはご飯を食べても食べなくて
も平気らしく。
生きて行くために必要なエネルギーとかは霊力がどうのとか
聞いたけど、その辺はちょっと忘れた。習ったのがかなり前で、
まだ自分のツクモを持ってなかった仕方ない。うんうん。
でも食べれるなら食べさせた方が良いってのは、何と無く覚えて
いる。だからか家のツクモ達は皆何かしらを食べる事にしている
のだ。母さんがそう決めたからだけど、多分他の家でもそうだと
思う。
何て事を考えながら食べ進めていたら朝ごはんがもう無い。テ
ーブルの横から頭を覗かせると、オウカの方も食べ終わってい
た様子で。何も無い乗ってない皿を必死に舐め回していた。
オレは居住まいを正し、手を合わせ。
「ごちそうさま!」
「ん。」
向かいで朝ごはんをゆっくり食べている母さんが、頭を小さく頷
かせて応えた。オレは自分の食器とオウカの皿を流しに持って運
び、鞄を持って。
「んじゃ学校行って来ます。」
「……。気を付けてね。」
母さんは口を拭いては見送りの為に立ち上がってはオレと一緒に
玄関へ向かう。
勿論オウカも一緒だ。玄関で靴を履いていると母さんが不意に。
「明進人、火扇連れてく?」
オレの足元、オウカを見ながら聞いて来た。
うーん。見た目だけだとやっぱそう思われるか。多分オレもそ
う思うしな。でもそれも今だけ。今だけだ。オレは母さんに頭
を横に振りながら。
「大丈夫。」
母さんは少し心配そうにしてたけど。
「まあ……。何であれツクモを連れてればこの辺でハグレに寄り
付かれる事も無い、か。治安もそんな悪くないし……。大丈夫
かな? うん。」
呟きながら独り考える様にしては。
「なら十二分に気を付けて行くのよ? 分かった?」
「おお! 何かあったらオウカと一緒に全力で逃げる!」
相手に依るけどね。オウカと一緒に何とか成るなら逃げない。
何とも成らないなら逃げる。逃げれば負けじゃないしな。
母さんはオレの言葉に少しだけ笑っては。
「じゃ、行ってらっしゃい。」
「行って来ます!」
見送られながら、オレはオウカと一緒に学校へと向かう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昨日通った通学路も、今日の方がずっと楽しい。なぜってそれは。
「オウカ。」
『!』
名前を呼ぶと少し前を歩くオウカが顔を此方に上げ、桜色の瞳で見詰
め返してくれる。見詰めてくるオウカに笑顔を見せると。
オウカは“フンス”と鼻を喜びながら鳴らす。こんなやり取りをオレ
は学校に着くまで何度繰り返しただろうか。ふへへ。
最高な気分で学校に着いて、下駄箱で靴を上履きに履き替えている最
中。
何だか周りの生徒が“チラチラ”オレを見ている事に気が付いた。最
初はオウカの魅力かとも思ったけど、何だかそれにしては好意的な感
じじゃない。こう言う時は気にしないのが一番だな。
オレはさっさ靴を履き替え教室へ向かう。
教室に着くまでもすれ違う生徒の何人かが振り返っては、“クスク
ス”と笑っていた気がする。嫌な感じ。
そう、この感じは嫌な感じのヤツだ。だけど原因も分からないので、
どうでもいいと流すしかない。変な視線を向けられながら教室に着
き、中に入って昨日座った席へ座る。隣の席には勿論白波が既に居
て。
「おはよう白波。」
「おはよう御柱くん。」
挨拶しながら席に着く。挨拶を返してくれた白波は元気そうだ。
昨日みたいに落ち込んでなくて良かった良かった。オレがそう思い
ながら鞄を机横に引っ掛け終えると。オウカがオレの膝上に飛び乗
ってはそのまま丸くなる。むふふ。
膝上の温かさが心地良い……。温かさに心和ませながらふと隣を見
れば。白波の机の上にはスマホと───札型!!!
「あ。これね。昨日お母さんとお父さんが買ってくれたんだ。ディー
パ社製の札型だよ。えへへ。」
オレの視線に気が付いた白波が照れ笑いをしながら教えてくれる。
白波はそのまま辺りへと視線を動かし、釣られてオレも教室の中を
見渡す。
他の生徒も札型を見せ合ったりしていて、皆凄く楽しそうだ。視線
を白波に戻し。
「おー。まあ皆そうだよなぁ。ツクモを持ったら札型もセットだよ
な。」
「あはは、みたいだね。」
「まあオレもだけど───な!」
間を作り、ポケットから今朝母さんに貰った札型を取り出し。
白波へと見せる。白波は眼鏡を支えながら顔を近付け。
「へぇー……。御柱くんはミラー社製の札型なんだね。
良いよねぇ、ミラー社。ぼくもミラー社製で悩んだんだよ?
新進気鋭のメーカーミラー社。最新の技術を他社よりも
先に先にと打ち出す社風は凄いよね。その上
初期不良も少ないなんて、もう狂気だよ。でもぼくは確かな
実績のサカキ社も好きなんだ。流行りには乗らず、
今ある物をより良く改善していく姿勢は、多くのユーザーに
支持され続けているのも納得物。その二社で凄く悩んでたんだけ
ど。
実際に店舗巡りをしていたら使い易さと、札型メーカーには珍し
い本体デザインへの力の入れ具合凄いディーパ社が。僕には行き
成りのダークホースで───」
矢継ぎ早に話していた白波が何故か急に固まる。
暫く待っても話の続きは出て来ない。もしかして。
此処まで黙って聞いていたけど、オレの相槌を待ってるのかな?
オレはちゃんと聞いてるぞと伝えるために。
「おお。それで?」
「いやえっと……。その、ぼくの話し詰まらない……。よね?」
「そうでもないな。自分の知らない話は何でも面白い。
オレは人が楽しそうに話してるのを、見てるのも聞くのも嫌いじ
ゃないし。」
「あ───」
「それに詰まらなかったり興味が無かったら、
オレはそっと聞き流せるから安心しろ。」
「あ、うん。そだね。」
妙に納得した様な表情の白波。自分の知らない話は楽しい。
後何かに詳しい誰かが、その事を楽しそうに説明するのを聞くのも
オレは結構好きだ。詰まらなくても聞き流せるし、
此方の事を考えてねー奴の話はそもそも聞かないし。それはそうと。
「机にスマホと札型並べて何してたんだ?」
「これ? これはスマホのデータを札型に移してたんだよ。
ほら、先生がツクモ用のソフトをスマホに入れてくれたでしょ?
あれのデータをね。」
「ほほう?」
「あれと同じ物は札型の中にも勿論入ってるけど、スマホの方で自
分のツクモが登録されてるからね。そのデータを札型の方と同期し
てたんだ。
そうそう。札型って面白いんだよ?」
オレに札型の説明しながら白波は、自分の札型を慣れた様子で難
なく操作していく。もうこんなにも札型を使いこなしているのか。
オレも自分の札型の操作を覚えよう。白波は説明が一段落する
と。
「あ、ごめんね。またぼくが話してばっかりで。」
「いやそれは良いよ。さっきので白波が機械好きだって分かってた
し。」
「あははは……。」
乾いた笑みを浮かべては、白波は恥ずかしそうに俯く。
うん、話は本当に一段落したらしいな。
オレは机横に引っ掛けた鞄の中から、家から持って来た
札型の説明書を取り出す。最初は読まずに弄って、
分かんない所があったら読もう。そう思って出したのだが。
「───」
隣から白波の鋭い視線が、オレが手にした説明書に突き刺さる。
視線は興味津々と言った様子。あれだけ語っていたのだから機械が
好きで、当然札型何かも好きなんだろうなぁ。
そう言えば昨日も『説明書を読むのが好き』とか言ってたっけ?
なら。オレは手にした説明書を白波に差し出し。
「読むか?」
「いいい良いの!?」
「説明書でそんなに喜べるの凄いな……。先読んで良いよ。
んで良かったらさ、オレが分かんない所あったら一緒に悩んでく
れ。」
「うん!」
白波はオレから説明書を受け取り、開いては鼻を近付け。
「───これがミラー社の香り。ハー……。
どれどれ中身は? ふんふん、目次がディーパ社より解り易いと。
ほうほう。」
盛大に息を吸い込んだと思ったら、間髪入れずに独り言を呟きなが
ら、説明書を視線で舐め回す様に読み耽っている。
もしかしたら白波は危ない奴かも知れない。一瞬だけオレはそう考
え、『いや、此処は見なかった事にしよう。』と思い。
自分の札型弄りに勤しむ事に。スマホのデータを札型に移すのは何
と無く出来た。
おお! 自分のツクモの事が見れるのか。どれどれ。
グラフ的な表示のステータスには殆ど何処も伸びてない。いや、魅
力だけがやたら高いな。むむ。札型じゃこんなもんか。
やはりオウカの真の伸びしろは機械には分からないか……。
その後、分からない事を白波に聞いたりして札型を弄っていると。
「おい! 御柱!」
「うん?」
デカイ奴。確か大山大文字とか言ったかな。
そいつが自分の怪獣型ツクモを引き連れ話し掛けて来た。
「悪い大山。今ちょっと忙しいんだけど……。」
「そ、そうかすまん。短い話なんだが、出直した方が良いか?」
「んや短いなら良いよ。」
大山は“んんっ”と咳払いを一つして。
「昨日は逃げられたが、今日はそうは行かないぞ!
今日学校が終わったらおれ様と戦ってもらおう!」
後ろの怪獣型ツクモもやる気満々だ。
相変わらず揃ってデカイ奴らだ。オレは一度視線を落として目
を瞑り、そして“キッ”と見開いては大山を下から睨み付け。
「望む所だぁ! 学校が終わったら校舎裏に来い!」
「よく言った!」
一言だけ言うと大山は満足げに振り返って歩いて行き、途中で
立ち止まる。っち。
そして大きく首を傾げたり、頭を横に振ってみたりとした後。
また此方に戻って来て。
「来るんだよな?」
「ううん行かない。」
顔を真赤にした大山が机を叩きながら。
「バカにしてるのか御柱ぁ!」
「バカにはしてない! ただ、今戦っても勝てそうに無いから、
何とか戦わずに済まそうとしてる。それだけだ!」
そもそも戦う理由も無いのにほいほい戦う気は、オレは無い。
そしてどうせ戦うならオウカを強くしてからが良い。だから
今は逃げの一手に限るな。うん。
「今はだと? ふん。それもどうせ逃げる為だろ。知ってるか御
柱。お前と白波は今学校中で、最弱コンビと皆が言ってるんだ
ぞ。」
「ああ、だから皆見て来てたのか……。何だ大山。お前陰口広
めたのか?」
「そんな卑怯な事をおれ様はやらん!
昨日あれだけの人に見られながらも逃げた、お前の所為だろ
うが!……ふん、もういい。おれ様が間違ってただけだ。」
言い捨てるようにして大山は自分の席へと戻って行った。何
が間違ってたんだ? まあ何だか知らないが、これで大山に付
き纏われる事は無いのだろう。そう思いながら周りを見ると。
他の奴らがオレを、オレと白波を小さく笑っているのに気が
付く。違うな。教室に入った時から彼奴等が隠れて笑っている
のを。オレは分かってた。
「白波。」
オレは自分の札型を弄りながら小さく話す。
「……なに?」
「最弱コンビだってさ。」
「……そうだね。」
今を最高とは言えなくなった。だからこそ。
「絶対に強く成ろう。オレ達。」
「うん。」
白波は昨日みたいに『成れるかな?』とは聞いてこなかった。代
わりに、下がっていた自分の眼鏡型ツクモを“くいっ”と上げて
そう応えてくれる。それからオレ達は特に話さず。
やがてチャイムが鳴り。先生が教室に入って来た───
最後までお読みいただきありがとうございます。この物語が少しでも楽しめる物であったのなら
幸いです。
物語を最後までお読みいただいた貴方様に心からの感謝とお礼を此処に。誠にありがとうございます。