外伝 一
───日も沈み、夜の帳が下りた頃。
周りを鬱蒼とした木々に囲まれた、お寺らしき場所。
其処では酷く慌てた様子の僧侶が一人、境内を早足でぐるりぐる
りと回り歩いて居た。
「どうするか……。どうすべきか……。」
等と呟いては歩き回る頭を丸めた僧侶。年の頃は六十を越えてい
るのだろうか、それなりに深い皺の刻まれた顔には冷や汗が一つ
二つと滲み出て来ていた。
僧侶は歩き疲れたのか。少し息を切らせながら立ち止まり、何事
かを悩み耽っている。すると、悩み耽る僧侶よりも幾分か若い坊
主が本堂から小走りで駆け寄り。
「和尚。凡僧達が何とかしようとしていますが、やはり庫裏から出
すのは……。」
駆け寄って来た坊主は和尚と呼んだ僧侶にとって、余り好ましく
ない報告を持って来た様子だ。言葉を聞いた和尚は口をへの字に
歪め。
「駄目か?」
「はい。凡僧の多くは思う所もあり力が出てない様でしたが、それ
抜きでもやはり難しいかと。」
「お主は?」
「私はそもそも手加減が苦手ですし、其処まで追い詰めたら向こう
も本気で来るでしょうね。今はまだ拗ねた程度の可愛いものです。
ですがアレ、本気で来られたらそれこそ本物の一大事ですよ? や
はり此処は和尚自身に出てもらう他には……。」
「ならん! それはならんぞ!」
和尚は頭を抱える様にしてしゃがみ込む。その和尚の頭上。
坊主が呆れと諦めが混ざりあった様な溜息を一つ吐き。
「全く。このままでは我々皆が困ります。
それに先程もお伝えしましたが、明日はお話を聞きに来る客人
も───」
「それだ! 客人は何時来ると言ったか!?」
「ええと。明日の午後頃かと……。まさか和尚。」
坊主が和尚へ疑いの込もった視線を向ける。
視線を受けた和尚はゆっくりと立ち上がり、坊主の視線に背を
向け。
「邪推は止さんか。これも御仏の導きかも知れんのだぞ?
うむ。そうと決まれば客人の為にも準備をせねばならんな!」
言いたい事だけを言って和尚はそのまま本堂へと駆け込む。
最後まで一度も坊主と視線を合わせず。境内に一人残された
坊主。
彼は和尚の姿が見えなくなるまで“ジッ”と睨み続ける───
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