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6.初めての捜査

 既に調査を始めていた刑事に連れられ、二人は二○七号室の中へと入る。二人を盗み見るような視線が、僅かな恐怖を帯びているのは気のせいではない。その気になれば素手でこの場の人間を鏖殺出来る超人、いいや彼らから見れば得体の知れない力を宿した怪人と言うべき存在が二人もいるのだから多少の恐怖を感じてしまうのも仕方のないことだろう。

 しかし、だからといって恐怖ばかりもしていられない。もしも被害者を殺したのが異能者であった場合、この事件を解決するのは自分たちではなく彼らなのだから。恐ろしい怪人と自分たちの代わりに対峙してくれるのだから、そこには敬意を持たなければならない……と、頭では分かっていても簡単に割り切れるほど賢ければもっと楽なのだろうけれど。

 特注の黒スーツと腰にぶら下げた特殊裁定銃は彼らの象徴であり、対異能の専門家として呼ばれた彼らにまずは現場が引き継がれた。


「それで、どうだ? この男を殺したのは異能者なのか」


 リビングの奥に、トイレや風呂場を除けば部屋が二つ。そのうちの一つに、被害者は倒れていた。

 火純が発見当初の写真を眺めながら薫流に尋ねる。その判断は初めての自分よりも、慣れている彼女に任せた方が良いからだ。彼女曰く、特別機動係の中で最も出撃回数の多い人間は自分だとのことなのだから。

 薫流は裁定銃に手を置きながら、じっと現場を見つめている。きっと、その眼には火純ではまだ見えないものが見えており、それらを判断材料として頭の中で結論を組み立てているのだろう。

 彼はただ、彼女がその結論を導く時を待っていればいい。


「…………うん、わかんないね!」


「おい」


 と思っていたのだが彼女は笑いながら結論を早々に放り投げていた。現場慣れしているという話はどこへ行ったのかと、火純は彼女をじろりとねめつける。十中八九そうだと言っていたのだから、すぐに分かるのではないのか。

 だが彼女は悪びれる様子もなく笑い、火純を手で制する。


「いやそんなのパッと見で分かるわけないじゃん。藤咲はさ、ここで誰がいつ何を食べたのかとか、見ただけで分かったりするの?」


 そんなこと分かるわけがないだろう。彼は過去視の能力など持っていないし、そんな力があれば犯人もすぐ捕まえられる。だが、つまりはそういうことなのだ。

 事前にいくら本人から昨日はカレーを食べたと言われていたとしても、一日経った部屋を見て本当に昨日カレーを食べたのかどうか判断しろと言われたとしても、どう判断すればいいのかという話。だからこそキッチンの鍋の中を見たり、冷蔵庫の中を拝見したり、そういった調査が必要になるのだ。


「そういうこと。人の目で見ただけじゃ分からないものは、当然私が見ても君が見ても分からないってこと。まあ、電撃とか氷結とか、そんなの部屋で発生するわけないじゃんって簡単に分かるような能力だったら見ただけですぐ分かるけどさ」


 例えば炎を吹く異能者がいたとして、それが今回の犯人だったとする。部屋の中で燃えた炎は、果たして犯人が吹いた炎なのかそれとも別の火種を用意したものなのか、それはパッと見ただけでは分からないということ。異能者と言えど人間であり、彼らの感覚器官も常人のそれ程度なら優に上回るもののしかし万能では決してないのだ。目で見るだけではなく、別の視点からそれは確かめなければならない。

 しかし、彼女は何も無責任に「分からない」と結論を投げ捨てたのではなく、そこには理由が確りと存在している。つまり、目で見る以外に判断する方法を有しているということ。


「まあ安心して、一目見ただけじゃわからないって話だから。この銃はさ、特殊裁定なんて名前が付けられている通り異能の痕跡に対してちょっぴり反応を見せるの。要はダウジングみたいなものかな、大きい規模の犯罪だと確り反応してくれるんだけど……ここみたいな小さな部屋の中だとあんまり反応してくれないことも多くてね。とりわけ今回はその中でもかなり反応が薄い方、ぶっちゃけ街の中をぶらぶら歩いててもこのくらいの反応ならするかなーってくらいの薄さだよ」


 彼女はまず特殊裁定銃(ハウンド)を使った判別方法を試していた。それが最も手っ取り早い方法だったからで、これで終わってくれた方が楽だからだ。

 裁定銃に付けられた幾つかの機構、異能が使われたかどうかの判別は彼女が手を置いている部分に取り付けられたパーツがどれほど熱を持っているかで判断する。しかし期待していたほど発熱しなかったので、彼女は一目見ただけで判断するのを諦めたというわけだった。。


「ならどうやって判断する? 部屋の中には、何も怪しいものが無いという話だったが」


「そうだね、何も無いのが怪しいって理由で私たちが呼ばれたんだし……とりあえず、この痕跡は記録しておこっか。まあでも、やっぱり多分すぐ分かると思うよ」


 次に彼女はその場にしゃがみ込み、そこに被害者が倒れていたことを示すアウトラインを見つめる。今度はパッと見るだけではなく、注視することで判断するらしい。


「……背中から一撃、争った形跡は無し……」


 死因は背面から正面へと貫通している風穴、心臓を穿たれていることからそのまま抵抗することなく死亡したと思われる。手や服などには皮膚や血痕など、犯人に繋がるものが何も残っていないことから死亡前に犯人と争ってはいないことがわかっている。被害者は不意を打たれ、攻撃に気づくこともなく殺されたのだろう。

 被害者の傍には仕事帰りであることを証明する鞄があったことから、死亡したのは帰宅した直後。であれば犯人は、彼と一緒に彼の家へと訪問した人物なのか――いいや違う。彼が一人で帰ってきたのはカメラがばっちりと捉えており、誰もこの家を訪れてはいない。


「なら最初から部屋に潜伏していた?」


 誰も訪れていないなら、最初から部屋に隠れ潜んでいたというのはどうか。しかし、これも違うだろう。もしそうだったとしても、犯人は彼を殺した後どうやってここから脱出したというのか。

 窓にも玄関にも鍵がかけられており、誰も出入りすることは出来ない。この小規模マンションだが電子鍵を採用しているのは玄関だけで、窓は昔ながらのクレセント錠で閉められている。ハッキングして窓を開けるようなことは出来ず、ガラスはどこも破られていない。やはり、侵入どころか誰かが脱出した跡すらないのだ。

 この不可解な状況は、十分に異能の仕業だと言ってもいいだろう。元々、裁定銃を使えばたいていの場合は簡単に判断が出来、それこそ火純でも十分に可能な仕事だ。だからもう、異能犯罪だと断定してしまってもいい。

 しかし、根拠として少し弱いのも事実だ。


「こんな小さな部屋から、微弱とはいえ街中(まちなか)と同じくらいの反応が見られるってことは、異能の痕跡そのものはここに残ってるってこと。だから、タイミングはともかく異能がここで使われたのは事実……ということは……」


 薫流は立ち上がると、じっと空中を見つめる。彼女は被害者の倒れ方から、どの位置に立っていた時彼が殺されたのかを脳内で簡単に想像すると、特殊裁定銃を手に取りその心臓と思われる位置に近づける。次に、ゆっくりと銃の位置を後ろに持っていき――するとその位置に辿り着いた診断パーツは、先ほどよりもほんの僅かにだが発熱した。

 異能がどの位置から使われたのか――いや、どの位置で発生したのかがこれではっきりした。あっさりと、彼女はそれを導き出す。


「はーいビンゴ、異能犯罪確定」


 宣言通り、本当にすぐ暴き出して見せた。

 どうやらこれは、極小規模の異能であるようだった。それなら、反応が薄いのも理解出来る。山火事は遠くから見ても燃えていることは分かるが、マッチ程度の火で部屋全体を温めることは不可能だろう。

 だが、反応自体は存在するのだ。ならば後は、どの位置でより強く反応するのかを見抜くだけでいい。それさえ分かれば、この通り判断は容易い。


「けど本当便利だよね裁定銃(これ)異能者(わたしたち)には能力の痕跡を辿る力なんてほとんど無いからこれが無いと判断にもっと時間がかかっちゃうし、科学ってすっごい」


 詳しい原理は省くが、物理法則とは全く違う異端の法則に従い動くのが異能力で、ゆえに通常のエネルギーとは異なるエネルギーをこの銃は検知している……とのことらしい。科学者でない彼らにはその理屈はいまいち分からなかったが、しかし今見たようにこれが便利なものなのだということは分かる。

 確かにこれがあれば、異能の痕跡を辿る手間を大きく省くことが出来るのだから。彼女の口ぶりから、これが無くても辿ることは出来るようだがやはり無いよりは有る方が良いのだろう。

 もっとも、特殊裁定銃も万能というわけではない。あくまで判断にかかる手間を省略することが出来る……かもしれない、彼らを補助するための機能に過ぎないのだから、これに頼り切るわけにはいかない。


「あとは人体からも反応を検出出来ればもっと楽なんだけどね」


 そう、この銃も万能では決してない。人体からは異能力の反応を検知出来ないといった風に、未だ多くの欠点も抱えている。

 更に痕跡を見つけることが出来るということは、つまりそれが無くなってしまえば見つけることは出来なくなってしまうということだ。料理をした直後のフライパンは温かいが、水をかけたり時間を置けば温度は下がって冷めたフライパンに戻ってしまうのと同じこと。

 更に更に言えば痕跡さえ残っていれば、それが一週間や一ヶ月前のものであっても反応してしまう可能性だってあるかもしれず、それが本当に事件と関係のあるものなのかの判断だって必要だ。今回の場合は被害者の傷口を辿った先から見つかった反応ゆえに、その心配は無いのだが。


「さて、と。後は一応部屋の中を探してみるけど、多分何も見つからないだろうなー……。藤咲、とりあえず現場を壊さない程度に色々見て回って、もし何かあったら私に言って。すぐそっちに行くから」


「了解。……なぜ、何も出てこないと分かる?」


 確かに事前の調査では何も無いという結果が出ていたが、まだ見つかっていない可能性は決してゼロではないだろう。その可能性を最初から放棄してから始めるのは、いささか不健全なのではないだろうか。

 しかし火純も分かっている。慣れている彼女がそう判断したのだから、それはそういうことなのだろう。だからこれは、今後の参考に聞いたまでのこと。


「そんなの、その報告を読んだ時点で使われた能力規模はあまり大きくないってことが分かるでしょ? それで、今見た通り反応が薄いってことは、ここは発生源じゃない(・・・・・・・)って可能性が大きいから。ああでも、目印(マーカー)みたいなのはもしかしたら見つかるかな? どうだろなー、七:三ってところかなぁ。いやもっと低いかな」


 特殊裁定銃を腰に付け戻した彼女は数秒間唸っていたが、すぐに唸るのを辞めて火純に例え話をする。

 異能犯罪にも色々とケースはあるが、今回のような場合は証拠が出にくいことが多いのだと。


「例えばね、こんな話があるよ」


 犯罪に異能力というものが使われ始めた、異能犯罪の黎明期。とある殺人事件が起こった。

 被害者は自宅の中で殺害され、腹部に出来た大きな裂傷が原因で死亡したのは明らかだった。警察は逃走している犯人の行方を追った。が、犯人にいつまで経っても追いつけなかったのだ。

 その理由は、犯人に関してあまりにも手がかりというものが無さ過ぎたからである。目撃証言もゼロで、当然凶器の類いも見つからない。犯人はどこに消えたのかと、いつまで経っても進展しない捜査に警察内は大きく慌て始めた。


「その犯人は捕まったのか?」


「うん、警察がメンツにかけて捕まえてやるって張り切って捕まえたよ。当時は異能に対する理解が全然足りなくて、捕まえるのに時間がかかっちゃったけど」


 結論から言うと、犯人の能力は透明になること(・・・・・・・)だった。見つからないはずだ、捕まらないはずだ、何せ消えながら人を殺していたのだから。

 目撃証言が無いのも当然の話だった。犯人は自分の姿を消しつつ、被害者の後をばれないようにピッタリと張り付いて追いかけ、被害者が家に入ると同時に自分もまんまと屋内に侵入したのだから。そこで被害者を殺害後、こっそりと家から脱出。

 犯行当日は雨が降っていたために匂いなどの痕跡も残らず洗い流されて、凶器も見つからない場所に捨てられた。このままでは完全犯罪が成立してしまうという警察の危機に、とある刑事がこう発言した。


 ――もしかして、これは異能力の仕業ではないのか?


 何を言っているのかと一笑に付す者もいたが、しかし物は試しである。今までの捜査からまったく別の視点に切り替えて捜査を行い、苦労の末ようやく、再犯にかかろうとしていた犯人を逮捕。

 目出度く、透明人間殺人事件は解決。警察は面子を保ったが、しかし同時に、これは異能力というものの恐ろしさを警察内部に浸透させた事件でもあった。

 透明人間になれる。服や装飾程度なら、身に着けている物も透明に出来る。というのがこの犯人の能力だったわけだが、これは何も極悪な能力というわけではないだろう。透明になれるというだけで、物を破壊できるような力はないのだから。

 だが透明になるだけの力でも、殺人事件に応用しようとすればこれほど恐ろしいものになるのだ。この認識が段々と広まっていった結果として、今の特別機動係がある。


「刃物を生み出すのが能力だった場合、その刃物で人を殺したとして、能力で作った刃物を消しちゃえば凶器は消滅しちゃう。そんな風に、証拠がないタイプだと思うんだよね今回も」


 だから気負わず気楽にやろうと、そう彼女は言っていた。その場にそれ以上存在しない手掛かりを探すのは、海に落とした宝石を砂漠で探すようなものだ。何の意味もない、非建設的行為。

 無駄足に過ぎないと分かっていることを、わざわざ薫流はしたりしない。


「まあそんなわけだから、何かあったらラッキーくらいの気持ちでも今は大丈夫。そうだね、三十分くらいでいいかな……三十分経ったら、リーダーに連絡するから」


「……分かった。だが俺は妥協などしない、やるからには草の根を分けてでも探し出す。それは俺の自由だろう?」


「いいけど、多分無駄足だよ?」


 そして火純は全力で家探しを始めるものの……しかし何も見つからない。尽くした努力に結果がついてくるとは限らないもので、確かにそう簡単に何かが出てくる気配はなさそうだ。

 何より彼よりも経験の長い彼女がそう判断したのだから、そう簡単に手がかりが見つかるわけもないのだが。けれど、そんなことは関係なく彼は全力を尽くすのみである。


「……」


 しばらくじっと何かを考えていた火純は、そのままキッチンへと向かい、冷蔵庫や戸棚の中なども検めてみるもののの、やはり何も見つからない。


「ね? 言ったでしょ?」


 彼女が言った通り、それらしきものを見つけることは出来なかった。もっと時間をかければ話は違うのかもしれないが、しかし彼女はもう引き揚げるつもりのようだ。腕輪を操作し、(なずな)に連絡を取っている。

 いいやもしかしたら、彼女の目は他に違う何かを捉えていたのかもしれないが。しかし、初出勤である彼が彼女と同じ視点を持つことは出来ない。

 ならば素直に彼女の言う通り、ここは一度引き揚げるのが良いのだろう。別に、もう二度とここへ来れないというわけでもないのだ。


「というわけでリーダー、今回の事件は異能犯罪だと確定しました。一度ここから引き揚げようと思います」


『了解。じゃあ一度こっちに戻ってくる? それとも、参考人に話を聞きに行く? 一応こっちにデータは届けられているけど』


「……それじゃあ、一度話を聞いてから戻ることにします」


『分かったわ。それじゃあお願いね、早いところ決着つけるわよ』


 通話を終了すると、薫流は火純と一緒に部屋を出ていく。話を聞きに向かった先は、被疑者と被害者を共通の友人に持つ男。彼は黒スーツに身を包んだ二人を見てぎょっとするも、警察だと気づいたのかすぐに落ち着いた。

 二人は彼に用件を伝えると、男は「また来たのか?」とでも言いたげな顔をしたが、しかし断る理由も無いため要件を承諾する。

 彼ら以前に来た別の刑事にも、既に話はしてあるのだろう。同じ話をさせるのは二度手間になるだろうが、そんなことを気にしていては捜査など出来はしない。


「話って言ってもなあ……さっき来た刑事さんにも話したことしか言えないんだけどなあ」


「構わない、話してみろ」


 男曰く、被害者である屍人と被疑者――雨羽(あもう) 荒箭(あらや)は、少し前まではごく普通の仲の良い友人同士だったという。それこそ、月に一度は遊びに集まる程度には。もしかしたら親友と言ってもいいほどに、傍から見ていてもまさかこんなことになるとは夢にも思えないほどに。

 しかし現実に殺人は発生し、被疑者である荒箭が第一に疑われているのは事実だった。それはこの男を始めとして、それを裏付ける証言が集まっているからだ。


「まあ、大した話ではないんですけどね? それでも、人を恨むには十分かなとは思いますが。しばらく前……何か月前だったかなぁ。昼涯の奴が金策を始めたんすよ、起業するとか何とか言って」


「ノリだけで生きている大学生のような奴だな」


 当然、親友とも言える仲である荒箭にも彼は金を貸してくれと頼んだ。必ず金は色を付けて返すから、今は自分を信じて貸してくれと。荒箭もまたお前の頼みならと、ある程度纏まった金額を貸してしまったのだそうだ。

 二人の仲が決定的に壊れてしまうのは、これが始まりだった。


「昼涯は失敗して、金を返す当てが無くなって……それで雨羽と喧嘩になって、取っ組み合いになって……このまま相手をぶっ殺しちまうんじゃねえかって雰囲気でしたよ」


「返す当てもなく金を借りていたところに計画性の無さが見て取れる。成功しても長続きはしなかっただろう」


 そして二人はそのまま絶交。大金をドブに捨ててしまった雨羽は、それはそれは屍人を恨んだだろう。思わず、殺人を決意してしまうほどに。どれほどの額を貸したのかにもよるだろうが、金は生活の種である。それを他人のせいで大きく失ってしまったとなれば、その人物を憎むのはおかしな話ではない。

 それは、物を奪われるに等しい行為なのだから。いくら友人だとて、泥棒にどのような感情を抱くかはその人物次第だ。


「馬鹿ねえ。友達にツケ(・・)て良いのは三千円までだって決まってるのに」


「借りているのか、お前も……」


 だが、聞けばその喧嘩とやらは一ヶ月も前に起こったことだという。事件発生までには相応に時間が開いており、人が死んでいるのにこう言うのも何だが、たかが(・・・)金のために人生を棒に振るようなことをするのを躊躇うくらいには、頭を冷静にするための時間があったように思える。

 金で人を憎むのは確かにおかしい話ではないが、しかしそれでも金は金だ。金の価値が命よりも重くなるのは、金さえあれば命が助かるといったような追い詰められた場面に限るのだ。基本的に人生というものは命あっての物種であり、その場の憎しみを優先してしまう方が後々の人生を台無しにしてしまうことだろう。

 何せ異能犯罪は重罪である。通常の殺人よりも断然重い罪が科せられ、死刑になることなど珍しくもない。それは厄介な異能犯罪に対しての抑止力となることを期待してのものであり、異能犯罪者の再犯を防ぐ目的でもある。


「いやいや、今は借りてないよ? 薫流ちゃん借りは返すタイプなので。でも雨羽って人がもし本当に犯人なら、計画殺人になるね。確定したら普通に極刑かなあ」


「借りてたんじゃねえか」


 しかし異能犯は一般人と感性が少し違う。普通ならば躊躇うようなことも、理性を振り切って実行してしまう可能性が非常に高いのだ。

 だからこそ、今も計画殺人を真っ先に疑った。ひと月という間を殺人計画に費やしてしまったのならば、実行しても何もおかしくはないのだと。当の荒箭も現在は音信不通状態にあり、それもまた彼が疑われる理由の一つになっている。


「それで雨羽さんは他に何か言ってなかった? 昼涯さんでも良いけど」


「そうですねえ……変わったことと言えば、これも先に話したことなんですけど、少し様子がおかしかったような、そうでもなかったような……」


 それを聞いて火純は薫流に目配せする。彼女は一度頷いて。


「どう様子がおかしかったの?」


「早く言え。俺たちもお前の話にいつまで付き合えるほど暇ではない」


「あんたさっきから失礼じゃない!?」


 一言話すたびに余計なことを口挟む火純に対して釈然としないものを覚えながら、しかし彼はそれでもまだ話に付き合ってくれるようだ。

 男は云々と唸りながら、どうにか思い出そうとしている。この一ヶ月間、雨羽との交流は薄くなってしまっており彼の姿もあまり記憶に残っていなかったのだろう。


「何だか仕事も休みがちだったみたいで、金に余裕があるわけはないんですが。一度連絡を取った時も冷たく突き放されて、その時はまだ不機嫌なんだな、今はそっとしておこうくらいにしか思ってなかったんですが。今思うと、人が変わったと言えなくもなかったような……」


 どうやらそれらしき兆候はあったようだ。しかしそれだけでは、まだ疑わしいだけな段階に過ぎない。

 動機だけではまだ足りないのだ。罪を確定させるには、やはり確たる証拠が無くてはならないだろう。しかしその証拠こそが問題で、どこから発見するのかという話に立ち戻る。

 少なくとも、被害者の部屋からはそれらしきものは何も発見出来なかったのだから。


「……あの、刑事さん。犯人は本当に雨羽のやつなんでしょうか……?」


「まだ確定したわけではないけど、まあ一番怪しまれてるのはその人だね」


(どうでもいいが、こいつは参考人にも敬語を使わないのか)


 お前もである――自分は棚の上に座りながら、しかしそれを当然のように思っているのだろう。もはや彼に、敬意持つ(ことば)の影すら見えはしない。

 奔放な人間同士が組んでしまえば、しきたりや礼儀などというものは容易く無視されてしまうのだということがよく分かるが、二人ともその部分を省みるということをしないのでそれが改まる様子はない。それは、刑事というより社会人としてどうなのかと問われても仕方のない態度だろうが――。


「あいつは良い奴だった。それが喧嘩をしていたとはいえ人殺しなんて、考えられないんです……他に真犯人がいるのではないでしょうか?」


 そんな二人に男は友人の無実を訴えかける。犯人はあいつじゃない、別の誰かなのだと。今連絡が取れないのも、きっと何か他に事情があるのではないかと。

 友人として、友人が容疑者となっていることに納得がいかないのだろう。何せ彼ら――特別機動係は、敵対する犯罪者に何の容赦もしないことで知られている。もしもそんな彼らが友人を犯人だと断定すればどうなるか、それは火を見るよりも明らかだ。

 その未来を危惧しての発言なのだろうが、しかし情に訴えかけただけで彼らが止まるわけはなく、彼の言葉が薫流の心を動かすことはない。


「……参考にはさせてもらうね。お話しありがとう――それじゃ藤咲、一度戻るよ」


 そして二人は自分たちの根城へと戻るべく立ち上がる。犯人を暴くため、集めた情報を整理するために。

 しかしそこで薫流は足を躓かせ、特殊裁定銃(ハウンド)を落としてしまう。


「おっ……と」


 幸い足を挫かせてはいないようで、彼女はすぐに態勢を戻していた。男も彼女を心配してか、立ち上がって様子を見ている。何もない場所で女が転びかけたのだから、心配するのも無理はないだろう。

 何も心配することは無さそうな彼女の姿を見てほっとしたような表情を浮かべた彼は、慌てず腰を落ち着けた。


「だ、大丈夫ですか」


「大丈夫大丈夫。ご心配をおかけしてすみません~」


 薫流は銃を拾うと腰に装着し直し、今度こそ男に別れと礼を告げて部屋を出ていき、その彼女の背をじっと見つめながら火純も後を追っていく。

 時刻は昼過ぎ、犯人は未だ見つかっていない。

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